All Chapters of 炎上して全てを失った元ゲーム実況者の俺、田舎の寂れた商店街で“推しの中の人”を拾う 〜無口な天才VTuber少女と始める: Chapter 51 - Chapter 60

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第51話 証拠の箱と、名前の箱

第51話 証拠の箱と、名前の箱 証拠は、思ったより場所を取る。 俺は、それを今朝になって知った。 データなら場所を取らないと思っていた。 画像。 ログ。 スクリーンショット。 動画のURL。 投稿時刻。 DMの受信時間。 古い夜更かしから届いた資料。 真柴さんが整理した時系列表。 全部、画面の中に入っている。 だから物理的には場所を取らない。 そう思っていた。 だが、違った。 証拠は、机の上に出てくる。 外付けドライブ。 紙ファイル。 付箋。 日付を書いた封筒。 印刷した一覧表。 記録シート。 ペン。 間違えて置かれた昆布おにぎり。 さらに、なぜか八百屋から届いたトマト。 場所を取る。 かなり取る。 喫茶こもれびのカウンターは、喫茶店というより小さな事務所みたいになっていた。 いや、事務所というより、証拠と白湯と商店街の野菜が共存する謎の作業場だ。「これ、もう喫茶店じゃなくない?」 芽衣が言った。 今日の彼女は、補給袋と一緒にラベルシールを持ってきていた。 日向弁当で使うやつらしい。 白いシールに、太い油性ペンで文字を書いている。「喫茶店です」 俺は答えた。「カウンターに外付けドライブとトマト並んでる喫茶店、なかなか攻めてるよ」「トマトは俺のせいじゃない」「証拠も悠斗兄だけのせいじゃない」「それはそうだけど」「白湯は?」「それは&hell
last updateLast Updated : 2026-10-08
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第52話 お母さんにも隠すの?

第52話 お母さんにも隠すの? 母親からのメッセージは、一行だけでも十分に重かった。「あなたは月乃こはねなの? 違うの? お母さんにも隠すの?」 昨日、通知画面に表示されたその一行を見ただけで、こはるは崩れかけた。 だから俺たちは、それ以上見なかった。 見ないと決めた。 スマホ避難箱に戻した。 こつん、と木の音がして、その日は店を早めに閉めた。 それで全部が終わるなら、どれだけよかったか。 だが、朝になっても、その一行は消えなかった。 むしろ、夜の間に増えていた。 スマホ避難箱は、朝から妙に重く見えた。 木箱なのに、鉄の塊みたいに見える。 俺は開店前のこもれびで、カウンターを拭いていた。 拭くところなんて、もうほとんどない。 昨日も拭いた。 その前も拭いた。 それでも、手を動かさないと落ち着かなかった。 こはるは窓際の席に座っている。 白いパーカーの袖を、指先まで引っ張っている。 ホワイトボードは膝の上。 でも、今日はまだ何も書いていない。 芽衣は日向弁当の朝の仕込みを終えてから来た。 手には補給袋。 もう片方の手には、小さな紙袋。「おはよ」「おはよう」 俺が返すと、芽衣はこはるを見た。「こはるちゃん、おはよう」 こはるは、少し遅れてホワイトボードに書いた。【おはようございます】 字が、いつもより小さかった。 芽衣はそれを見ると、補給袋を静かにカウンターへ置いた。「今日はね、母さんが梅おにぎりにした」
last updateLast Updated : 2026-10-09
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第53話 月乃こはねじゃなかったら、私は何ですか

第53話 月乃こはねじゃなかったら、私は何ですか 月乃こはねじゃなかったら、私は何ですか。 その問いは、夜のうちに消えなかった。 閉店後の喫茶こもれびに残っていた白湯の湯気みたいに、薄くなったようで、いつまでも消えなかった。 朝になっても、俺の頭の中にあった。 豆を量っている時も。 カップを並べている時も。 店先の札を確認した時も。『ここは、対話の会場ではありません。』 その札の下には、昨日のトマトがまだ置いてある。 八百屋の親父さんが朝一番で来て、「昨日のは少し柔らかくなったから持って帰る。今日はこっちだ」と新しいトマトを三つ置いていった。 もはや供物みたいになっている。 火ではない赤。 食べられる赤。 こはるは、そのトマトを見て少しだけ笑った。 けれど、笑いはすぐ消えた。 今日のこはるは、ずっと薄い紙みたいだった。 破れそう、というより、すでに少し破れていて、それを両手で押さえながら座っているような感じだった。 窓際の席。 白いパーカー。 膝の上のホワイトボード。 隣に白湯。 スマホは避難箱の中。 母親からのメッセージは、昨日の時点で真柴さんに預けた。 直接返信はしない。 それは決めた。 だが、決めたからといって心が納得するわけではない。 親の言葉は、返信しなくても体に残る。 スマホを箱に入れても、胸の中の通知は消えない。 芽衣は、日向弁当の朝の仕込みを終えてから来た。 今日の補給袋は少し大きい。 緊急度は、高いようで低い。 彼女自身も、ど
last updateLast Updated : 2026-10-10
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第54話 名前を知らない時から

第54話 名前を知らない時から 雨の日のことは、妙に細かいところまで覚えている。 何月何日だったか、と聞かれると少し迷う。 けれど、雨の音は覚えている。 裏口の鉄のドアに当たる、水の跳ね方。 排水溝に落ちる葉っぱ。 濡れた段ボールの、あの嫌な匂い。 店内に残っていた、古いコーヒー豆の苦い香り。 そして、白いパーカー。 あの日、喫茶こもれびの裏口に、こはるは倒れていた。 白い服は雨を吸って、灰色に近くなっていた。 髪は頬に張りついていた。 指先が、妙に白かった。 スマホを握っていた手だけが、最後の力で何かにしがみつくみたいに固まっていた。 俺は最初、死んでいるのかと思った。 冗談ではなく、本当にそう思った。 元配信者としての俺でもなく。 クロユウでもなく。 こもれびの手伝いでもなく。 ただの人間として、背中が冷たくなった。「……おい」 あの日の俺は、たぶん声がひどく乱れていた。 雨音に負けないように呼んだつもりだったが、自分の声の方が雨より頼りなかった。「大丈夫か。おい、聞こえるか」 返事はなかった。 近づいた時、こはるの唇がわずかに動いた。 かすれた声。 ほとんど雨に消えた言葉。「配信、しなきゃ……」 それが最初だった。 俺が、こはるの声を聞いた最初。 月乃こはねの声に似ている、と思ったのは、たぶん少し後だ。 最初から推しだと気づいたわけじゃない。 そもそも、あの状況で「推しの中の人かもしれない」なんて考える余裕はなかった。
last updateLast Updated : 2026-10-11
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第55話 クロユウじゃなかったら、俺は何だ

第55話 クロユウじゃなかったら、俺は何だ こはるの名前の話をしているうちに、いつの間にか俺の名前の話になっていた。 そういうことは、わりとある。 他人の傷を見ているつもりで、自分の傷口に指が触れる。 触れた瞬間、思っていたより痛くて、変な顔になる。 それを見た周りが「今、痛かったでしょ」と言ってくる。 今日の俺が、それだった。 朝、喫茶こもれびのカウンターで、俺はコーヒー豆を量っていた。 昨日の夫婦客に「懐かしい味」と言われたコーヒー。 あれを褒め言葉と受け取るか、遠回しな酷評と受け取るかは、まだ決めていない。 決めていないが、少なくとも今日の俺は、少しだけ真面目に豆を量っていた。 責任の量ではなく、ちゃんとグラムで。「黒瀬」 入口近くの席から、源三さんが言った。 いつもの新聞。 いつもの白湯。 足元には、今日は何もない。 と思ったら、椅子の下にごぼうが一本あった。 もう見なかったことにした。「はい」「豆を量る顔が重い」「豆を量る顔に重さとかあります?」「ある」「あるんですか」「昨日、まずかったと言われたか」「懐かしい味とは言われました」「それは、まあ、微妙だな」「源さんでも微妙判定なんですね」「懐かしいにも色々ある」 こはるが窓際の席で、ホワイトボードに書いた。【懐かしいまずさ】「そこまで言ってないだろ」【可能性です】「可能性で刺すな」 こはるは少しだけ笑った。 昨日、
last updateLast Updated : 2026-10-12
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第56話 ちゃんと呼びたい名前

第56話 ちゃんと呼びたい名前 名前を呼ぶだけのことが、こんなに大ごとになるとは思わなかった。 いや、正確には、俺は名前を呼ぶ側ではない。 呼ばれる側だ。 だから余計に、どうしていいか分からなかった。 喫茶こもれびのカウンターには、今日も三つの箱が並んでいる。 スマホ避難箱。 証拠の箱。 名前の箱。 最初に見た時は、変な店だと思った。 今も思っている。 白湯があり、トマトがあり、時々大根やこんにゃくやごぼうが流れ着く喫茶店。 そのカウンターの下に、炎上対策の証拠と、傷ついた名前がしまわれている。 もう、喫茶店というより、商店街の避難所だ。 それでも、コーヒーは出している。 たまに「懐かしい味」と言われる。 褒め言葉かどうかは、まだ決めていない。 その日の朝、こはるは名前の箱をじっと見ていた。 白いパーカー。 膝の上にホワイトボード。 今日は声を使わない日。 真柴さんからの業務指示は、もうこちらの生活の一部みたいになっている。 窓の外では、八百屋の親父さんが店先のトマトを並べ直していた。 昨日より一つ増えている。 理由は分からない。 たぶん、火ではない赤が増えたのだ。 こはるは、名前の箱を開ける。 中には、昨日までに入れた札がある。【月乃こはね】【白瀬こはる】【匿名ラジオの人】【こもれびにいる人】【白湯の温度にうるさい人】【何もない、ではないかもしれない人】【名前を知らない時から、いた人】【面倒でも、いらないではない人】 俺の札もある。
last updateLast Updated : 2026-10-13
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第57話 月乃こはね公式、動く

第57話 月乃こはね公式、動く 名前の箱に【悠斗さん】という札が入った翌日、月乃こはね公式アカウントが動いた。 それは、昼過ぎだった。 喫茶こもれびは、珍しく普通の喫茶店らしい時間を過ごしていた。 カウンターでは俺がカップを拭き、窓際ではこはるが白湯を飲み、入口近くでは源三さんが新聞を読み、店先では八百屋の親父さんが勝手にトマトの位置を直していた。 トマトは四つになっていた。 理由は聞いていない。 聞くと、たぶん「四天王だ」とか言われる。 いや、八百屋の親父さんなら言いかねない。 芽衣は日向弁当の昼の波が少し落ち着いてから来る予定だった。 今日はまだ来ていない。 だから店内は、比較的静かだった。 静かで、少しだけ眠くなるような午後。 こういう時間が続けばいいのに、と俺は思った。 思った瞬間、スマホ避難箱が震えた。 こつん。 木の箱の中でスマホが鳴る音は、もう俺たちにとって警報に近い。 こはるの肩が小さく跳ねた。 源三さんが新聞を下ろす。 俺は手に持っていたカップを、そっとカウンターに置いた。「見ます」 俺が言うと、こはるはホワイトボードを握った。【真柴さんですか】「確認する」 スマホ避難箱を開ける。 通知は真柴さんからだった。『月乃こはね公式アカウントから、追加告知が投稿されました。私が先に確認しています。直接見ないでください。通話できますか』 月乃こはね公式。 その文字だけで、こはるの顔から少し血の気が引いた。 名前の箱の中にある【月乃こはね】の札が、箱の中から勝手
last updateLast Updated : 2026-10-14
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第58話 契約上の問題

第58話 契約上の問題 契約上の問題。 その言葉は、朝になっても喫茶こもれびの中に残っていた。 昨日、月乃こはね公式アカウントが動いた。 体調不良による活動休止継続。 憶測には回答しない。 詮索、接触、撮影、確認行為は控えてほしい。 今後の活動については、本人の体調および関係各所との協議を踏まえ、慎重に判断。 外から見れば、無難な文章だったのだと思う。 けれど、こはるには違った。 彼女は書いた。【月乃こはねが、遠くなりました】 そして、夜には名前の箱へ三枚の札を入れた。【月乃こはねは、少し遠くにいる】【声を守る人】【ここにいる白瀬こはる】 それだけで、昨日は閉店できた。 だが、閉店できたことと、問題が消えたことは違う。 朝のこもれびには、まだ「契約上の問題」という冷たい言葉が置かれていた。 俺は、カウンターの上を拭いていた。 拭く必要は、たぶんない。 昨日も拭いた。 一昨日も拭いた。 カウンターだけなら、今のこもれびは王宮の食卓より綺麗かもしれない。 だが、手を動かしていないと落ち着かなかった。 こはるは窓際の席にいた。 白いパーカー。 膝の上のホワイトボード。 隣の白湯。 目の前には名前の箱。 今日は、その箱を開けていない。 箱を見るだけで、月乃こはねという札が大きくなりすぎる気がするのかもしれない。 源三さんは入口近くで新聞を広げている。 今日は足元に何もない。 そう思った瞬間、テーブルの横に白菜が半玉置いてあるのに気づいた。 もう何も聞かない。
last updateLast Updated : 2026-10-15
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第59話 辞めたいと言った夜

第59話 辞めたいと言った夜 その夜、こはるは一度も泣かなかった。 だから、逆に危ないと思った。 泣く時は、まだ外へ出ている。 涙という形で、体の外へ出ている。 けれど、泣かない時のこはるは、内側に水が溜まっていくように見えた。 静かで、薄くて、触れたら冷たい。 昨日、事務所上層部から「本人との直接面談」「契約上の問題」という言葉が来た。 こはるは書いた。【声が出ない私は、損害ですか】 その文字は、俺の中にまだ残っている。 損害。 十九歳の女の子が、自分の喉と自分の存在に対して使うには、あまりにも冷たい言葉だった。 俺は怒った。 真柴さんに止められた。 芽衣はプリンを出した。 源三さんは「紙は人の上に置くな」と言った。 そして、こはるは名前の箱と証拠の箱の横に、方針の札を置いた。【直接会うかどうかは、私の体も一緒に決めます】 それは、昨日の小さな勝ちだった。 けれど、小さな勝ちは、次の日の朝に全部を救ってくれるわけではない。 朝のこもれびで、こはるはいつもの窓際の席に座っていた。 白いパーカー。 膝の上のホワイトボード。 隣に白湯。 スマホは避難箱の中。 証拠の箱と名前の箱は、カウンターの下の棚に並んでいる。 店先には、今日もトマトがある。 四つだったはずのトマトは、五つになっていた。 さすがに聞いた。「八百屋さん、トマト増えてません?」 八百屋の親父さんは、店先で腕を組みながら言った。「五人衆だ」
last updateLast Updated : 2026-10-16
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第60話 推しが、俺の名前を呼んだ日

第60話 推しが、俺の名前を呼んだ日 好きだったものを、嫌いにならないために休む。 その言葉は、朝になってもこもれびのテーブルの上に残っていた。 紙に書いたわけではない。 けれど、そこにある。 白湯のカップの横。 名前の箱のそば。 証拠の箱の上に置かれた、昨日の方針札の隣。【今日の置き場所】 その紙を見るたびに、俺は昨日のこはるの文字を思い出す。【月乃こはねを辞めたいほど苦しい】【月乃こはねを嫌いになりたくない】【嫌いにならないために、離れたい】 矛盾している。 だが、人間の本音なんてだいたい矛盾している。 辞めたい。 でも、捨てたくない。 逃げたい。 でも、嫌いになりたくない。 声を休ませたい。 でも、待ってくれている人に何かを返したい。 その全部を、昨日こはるは箱に入れた。 今日は、それを言葉にする日だった。 喫茶こもれびは、朝から妙に静かだった。 静かすぎて、かえって落ち着かない。 店先には、昨日の五つのトマトが並んでいる。 八百屋の親父さんは、「五人衆は崩すな」と言って帰っていった。 崩すなと言われても、トマトだ。 熟れたら食べるしかない。 源三さんは入口近くで新聞を読んでいる。 今日は足元に何もない。 と思ったら、カウンターの端に小さなザルが置いてあり、中にきゅうりが三本入っていた。 もう誰が置いたのかも分からない。 商店街では、野菜が自然発生する。 こはるは窓際の席にいた。 白いパーカー。
last updateLast Updated : 2026-10-17
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