Tous les chapitres de : Chapitre 31 - Chapitre 40

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第31話 逆ギレ切り抜き

第31話 逆ギレ切り抜き 切り抜かれる時、人間はだいたい一番嫌な顔をしている。 怒った顔。 焦った顔。 言葉に詰まった顔。 守ろうとして、少しだけ声が荒くなった顔。 自分では、その前後にどれだけ息を殺していたか知っている。 何を飲み込んだか。 何を言わなかったか。 どこで踏みとどまったか。 でも、画面の中には残らない。 残るのは、都合のいい数秒だけだ。 その数秒に、字幕がつく。 タイトルがつく。 意味がつく。 そして、人間はその意味ごと燃やされる。 深夜に上がった動画は、朝になる頃にはかなり広がっていた。「炎上した元実況者クロユウ、月乃こはね疑惑の商店街で逆ギレ」 タイトルだけで、胃が冷たくなる。 動画は三十秒もない。 黒い車が映っているわけではない。 カメラを持った男たちがどう来たかも映っていない。 源三さんが最初に「買う気がないなら帰れ」と言った場面もない。 芽衣が「ここは誰かを探す場所じゃありません」と言ったところもない。 八百屋の親父さんが「トマト買うか?」と訳の分からない営業をしたところもない。 映っているのは、俺が少し声を荒らげたところだけだ。『俺に聞きたいことがあるなら、俺に言ってください。ただし、ここを撮るな。彼女を撮るな。商店街を疑惑の背景にするな』 そこに、赤い字幕。【クロユウ、月乃こはね疑惑の取材に逆ギレ】 さらに、投稿者のコメント。【例の商店街で撮影中に怒鳴られました。やっぱり何か隠してる?】 隠してる。 逆ギレ。 疑惑。
last updateDernière mise à jour : 2026-09-18
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第32話 誰かを守るため、という言葉

第32話 誰かを守るため、という言葉 誰かを守るため。 神谷レンのその言葉は、朝からずっと喫茶こもれびの中に残っていた。 音ではない。 匂いでもない。 けれど、どこにいても目に入る。 カウンターの端。 白湯のカップの横。 将棋盤の歩の上。 こはるの膝に置かれたホワイトボードの余白。 芽衣が持ってきた卵焼きの黄色い断面にまで、その言葉が染みている気がした。 誰かを守るため。 綺麗な言葉だ。 綺麗すぎて、触ると手が切れる。 守るためなら、話すべきだ。 守るためなら、説明すべきだ。 守るためなら、逃げてはいけない。 守るためなら、傷ついても仕方ない。 そうやって、守る側の人間は、いつの間にか逃げ道を失う。 しかも厄介なのは、その言葉を聞いた本人まで、自分で自分の背中を押してしまうことだ。 守らなきゃ。 私が出なきゃ。 俺が話さなきゃ。 そう思ってしまう。 善意に見える言葉ほど、人を縛るのが上手い。 俺はカウンターの中で、真柴さんに言われた通り記録をつけていた。 日時。 投稿。 URL。 内容。 こちらの対応。 地味だ。 ものすごく地味だ。 怒りで手が震えている時に、投稿URLをコピーして、スクリーンショットを保存し、時刻をメモする作業ほど、気持ちと噛み合わないものはない。 だが、真柴さんは言った。『感情的な反論ではなく、事実の積み上げが必要になります』 正しい。 正しいが、腹は立つ。 人間は
last updateDernière mise à jour : 2026-09-19
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第33話 ちゃんと説明しなさい

第33話 ちゃんと説明しなさい ちゃんと説明しなさい。 その言葉は、白瀬こはるのスマホの中にあるはずだった。 母親から届いたメッセージ。 通知画面に表示された数行。 指で消せば見えなくなる文字。 それなのに、喫茶こもれびの空気は、その言葉でいっぱいになっていた。 カウンターの内側。 窓際の席。 白湯のカップの縁。 食べかけの卵焼き。 源三さんが持ってきた将棋盤の上。 どこに目をやっても、そこにある。 ちゃんと説明しなさい。 ちゃんと、とは何なのか。 全部話すことか。 すぐ話すことか。 泣かずに話すことか。 相手が納得するまで話すことか。 相手が欲しがる言葉を、相手が欲しがる順番で並べることか。 俺には、分からない。 分からないが、その言葉が人を追い詰めることだけは、嫌というほど知っている。 昼過ぎのこもれびは、営業中なのに妙に静かだった。 客はいない。 商店街そのものが、昨日から少し息を潜めている。 黒い車。 切り抜き動画。 神谷レンのコメント。 こはるの母親からの連絡。 一つ一つは別々の出来事なのに、全部が同じ手で喉を押さえてくる。 俺はカウンターで記録表を開いていた。 真柴さんに言われた通り、淡々と記録する。 投稿日時。 動画タイトル。 URL。 スクリーンショット保存済み。 神谷レンのコメント確認。 母親からの連絡。 こはる本人による返信一回。 以後、直接返信停止。事務所対応予定。 文字にすると、冷たい。 こはるが
last updateDernière mise à jour : 2026-09-20
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第34話 説明できない夜があります

第34話 説明できない夜があります 朝、喫茶こもれびの窓は少し曇っていた。 雨が降っているわけではない。 外の空は薄く白く、商店街のアーケードには昨日の湿気だけが残っている。 八百屋の前では、親父さんが段ボールを潰している音がした。 日向弁当の方からは油の匂い。 ゲームセンターのシャッターはまだ半分閉まっていて、模型店のガラスケースには、昨日と同じロボットが同じ角度で立っている。 何も変わっていない。 そう思いたかった。 けれど、こもれびのカウンターには木箱がある。 スマホ避難箱。 中には、こはるのスマホと、俺のスマホが入っている。 俺のスマホまで入れる必要はない、と言ったら、芽衣が「一番必要」と即答した。 かなり不本意だ。 だが否定しきれない自分がいる。 木箱の中で、たまにスマホが震える。 こつん、と木に当たる音がする。 通知音を切っていても、震動までは消せない。 火のついたものを素手で持つな。 源三さんの言葉を思い出す。 スマホは火だ。 便利で、暖かくて、夜を照らしてくれる時もある。 でも、近づけすぎると、普通に焼ける。 俺はカウンターで白湯を飲んでいた。 コーヒーではない。 今日は、朝からコーヒーを淹れる気にならなかった。 まずいコーヒーを淹れるには、最低限の体力がいる。 それは喫茶店としてどうなのかと思うが、事実だから仕方ない。 窓際の席で、こはるがメモ帳を見ている。 昨日の夜に書いた文章。『説明できない夜があります。 言いたくないからではなく、まだ言葉にすると壊れてしまうからです。
last updateDernière mise à jour : 2026-09-21
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第35話 古い夜更かしの正体

第35話 古い夜更かしの正体 知りたい、と思った。 それは、かなり危ない気持ちだった。 古い夜更かし。 その名前を見た瞬間、俺の中の何かが、音もなく身を乗り出した。 誰だ。 あの時の誰だ。 クロユウの夜を覚えていると言った人。 切り抜きだけが全部じゃなかったと、今さらでも言葉を送ってくれた人。 昨日は、こはるの投稿にこう書いた。【説明できない時、黙っていてもいい。でも、壊れない場所にいてください】 その一文は、こもれびの空気を少し変えた。 説明しろ。 逃げるな。 守るために出てこい。 ちゃんと話せ。 そんな言葉ばかりが飛んでくる中で、その人だけが「黙っていてもいい」と言った。 黙っていてもいい。 それは、今のこはるにも、昔の俺にも、かなり必要な言葉だった。 だから知りたくなる。 あの人は誰なのか。 昔のリスナーなのか。 俺の炎上の時に黙っていた人なのか。 DMをくれた本人なのか。 違う人なのか。 どの配信を覚えているのか。 どの夜にいたのか。 俺のどの言葉が届いていたのか。 知りたい。 感謝したい。 謝りたい。 確かめたい。 それらは全部、綺麗な気持ちに見える。 でも、結局は探したいということでもある。 名前ではなく、言葉を聞いてください。 俺たちは、そう言った。 なら、俺が最初に守らなければいけない。 そのはずなのに、指は勝手にプロフィールを開きそうになっていた。「悠斗兄
last updateDernière mise à jour : 2026-09-22
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第36話 責任から逃げるな

第36話 責任から逃げるな 責任から逃げるな。 神谷レンのその言葉は、朝になっても消えなかった。 夜の間に何度も誰かに引用され、短くされ、少しずつ別の形に変わっていた。【責任から逃げるなって正論】【クロユウは昔も逃げたよね】【月乃こはね本人なら活動者として説明責任あるでしょ】【昔の思い出で美化するな】【でもレンが言うと圧が強い】【責任って誰の何の責任?】【逃げて生き延びることもあるだろ】【白湯飲め】 最後の一つだけ、少し場違いで、少し救いだった。 だが、救いだけを拾っていられるほど、俺の胃は丈夫ではない。 喫茶こもれびのカウンターで、俺はスマホ避難箱に入れるべきスマホを手に持ったまま固まっていた。 駄目だと分かっている。 火のついたものを素手で持つな。 源三さんの言葉が頭をよぎる。 だが、その火は俺の名前を燃やしている。 クロユウ。 逃げた男。 説明しなかった男。 責任から逃げた男。 昔の俺は、確かに逃げた。 いや、逃げるしかなかった。 けれど、逃げたこと自体は消えない。 俺が配信をやめた後、残された視聴者もいた。 説明が足りないまま、嫌な気持ちを抱えた人もいた。 俺の荒い言葉で傷ついた人もいただろう。 全部が捏造だったわけじゃない。 全部が切り抜きだったわけでもない。 俺は、被害者だった。 でも、きれいな被害者ではなかった。 だから、「責任から逃げるな」は刺さる。 深く。 嫌になるくらい、正確に。「悠斗兄」
last updateDernière mise à jour : 2026-09-23
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第37話 守られるだけは、もう嫌です

第37話 守られるだけは、もう嫌です 守られるだけは、もう嫌です。 こはるがそう言った翌朝、喫茶こもれびの空気は、昨日より少しだけ違っていた。 劇的に明るくなったわけではない。 ネットの火が消えたわけでもない。 神谷レンの「責任から逃げるな」は、まだどこかで伸びている。 逆ギレ切り抜きも消えていない。 月乃こはね疑惑も、クロユウ再燃も、商店街特定の危うさも、全部まだそこにある。 何も終わっていない。 けれど、こはるが自分の声で言った一言は、こもれびの床に小さな杭みたいに刺さっていた。 守られるだけは、もう嫌です。 それは危ない言葉でもあった。 守られるだけが嫌だから、表へ出る。 守られるだけが嫌だから、自分を晒す。 守られるだけが嫌だから、火の中へ歩く。 そうなれば、また神谷レンの思う壺だ。 だが同時に、その言葉をなかったことにもできなかった。 守る側の都合で、こはるをずっと奥のソファに座らせておくことはできない。 それでは、こもれびは彼女の居場所ではなくなる。 保管場所になってしまう。 人間は保管されるものではない。 ……と、朝から妙に真面目なことを考えていたら、コーヒーを淹れる手元が狂った。「あっ」 粉の量を間違えた。 多い。 かなり多い。 今日のブレンドは、たぶん濃すぎる。 源三さんが、入口近くの席から新聞越しに言った。「黒瀬」「はい」「今、豆を責任の量で入れたな」「何ですか、その嫌な単位」「顔に出とる」
last updateDernière mise à jour : 2026-09-24
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第38話 今ここで話している言葉だけ

第38話 今ここで話している言葉だけ 配信を切った後の沈黙は、音がした。 白湯のカップを置く小さな音。 こはるが息を吸う音。 芽衣が鼻をすする音。 源三さんが新聞を畳む音。 俺がマウスから手を離せず、指先だけ震わせている音。 実際には、そんな音はしなかったのかもしれない。 でも、俺には聞こえた。 さっきまで、画面の向こうに何百人もの人間がいた。 その人たちが一斉に、こはるの声を聞いていた。 名前を探しに来た人もいた。 声を検証しに来た人もいた。 心配してくれている人もいた。 ただ白湯という変な合言葉に引き寄せられて来た人もいた。 その全部の前で、こはるは言った。 守られるだけは、苦しいです。 私には、まだ明かせない名前があります。 でも、今ここで言える言葉もあります。 名前ではなく、今ここで話している言葉だけ、少し聞いてください。 十数分にも満たない配信だった。 なのに、店内はまるで一日分の営業を終えた後みたいに疲れていた。「……こはる」 俺が声をかけると、こはるはゆっくり顔を上げた。 白いパーカーの袖で、白湯のカップを包んでいる。 手は震えている。 でも、倒れそうな震えではなかった。 寒さではない。 立った後の震えだ。「喉、大丈夫か」 こはるは少し考えて、ホワイトボードに書いた。【痛いです】「やっぱり」【でも、嫌な痛さではないです】 芽衣が、もう限界みたいな顔で泣き出した。「ごめん、無理。今
last updateDernière mise à jour : 2026-09-25
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第39話 私は、この人に救われました

第39話 私は、この人に救われました 私は、この人に救われました。 ホワイトボードに書かれたその一文を、俺はしばらく見ていた。 文字は細かった。 こはるの手が疲れていたからだろう。 線の端が少し震えている。 けれど、その震えのせいで、逆に嘘がなかった。 私は、この人に救われました。 やめろ。 最初に思ったのは、それだった。 言わないでくれ。 俺のことを話さないでくれ。 俺を守るために、お前の声を使わないでくれ。 そう思った。 同時に、胸の奥で何かがみっともなく揺れた。 聞きたい、と思ってしまった。 最低だ。 俺は、自分が救った人間の口から「救われた」と言われたいのか。 そんなもの、ただの承認欲求じゃないか。 昔、数字に飢えていた頃と何が違う。 俺はカウンターの縁を握った。「こはる」 声が少し低くなった。「それは、やめよう」 こはるは、俺を見る。 目元にはまだ配信後の疲れが残っている。 声を使った喉の痛みもあるはずだ。 なのに、その目は退かなかった。 ホワイトボードに、ゆっくり書く。【どうしてですか】「俺のことを話したら、また切り取られる」【はい】「クロユウが弱った子に庇わせてるって言われる」【はい】「お前の言葉まで疑われる」【はい】「なら」【それでも、私が見たことです】 俺は言葉を失った。 こはるは、文
last updateDernière mise à jour : 2026-09-26
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第40話 誰かに言わされていないか

第40話 誰かに言わされていないか 誰かに言わされていないか。 その言葉は、朝の喫茶こもれびに、昨日の白湯より冷めた温度で置かれていた。 神谷レンの投稿。「彼女がそう言うなら、なおさら心配です。 彼女自身の言葉なのか、誰かに言わされていないか。 僕はそこを、ちゃんと確認したいと思っています」 ちゃんと。 また、その言葉だ。 ちゃんと確認したい。 ちゃんと説明しなさい。 ちゃんと向き合ってほしい。 ちゃんと責任を取れ。 ちゃんと、ちゃんと、ちゃんと。 ちゃんと、という言葉は便利だ。 それを口にした人間を、少しだけ正しい側に置いてくれる。 俺はスマホを見ながら、指先が冷えていくのを感じていた。 昨日、こはるは声を出した。 短い音声投稿だった。 自分の名前を出さずに。 俺の名前も出さずに。 誰かを攻撃せずに。 それでも、はっきりと自分の言葉で言った。 この人は、完璧な人ではありません。 でも、今ここで、白湯を出してくれた人です。 私は、この人に救われました。 だから、この人を燃やすために、私の名前を使わないでください。 それを、神谷レンは疑った。 言わされているのではないか。 その一言で、こはるの声はまた、彼女のものではなくなりかけていた。 いや、違う。 奪おうとしている。 あいつは、心配の顔で、こはるの言葉の持ち主を奪いにきた。「悠斗兄」 芽衣の声がした。 俺はスマホを見たまま答える。
last updateDernière mise à jour : 2026-09-27
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