第31話 逆ギレ切り抜き 切り抜かれる時、人間はだいたい一番嫌な顔をしている。 怒った顔。 焦った顔。 言葉に詰まった顔。 守ろうとして、少しだけ声が荒くなった顔。 自分では、その前後にどれだけ息を殺していたか知っている。 何を飲み込んだか。 何を言わなかったか。 どこで踏みとどまったか。 でも、画面の中には残らない。 残るのは、都合のいい数秒だけだ。 その数秒に、字幕がつく。 タイトルがつく。 意味がつく。 そして、人間はその意味ごと燃やされる。 深夜に上がった動画は、朝になる頃にはかなり広がっていた。「炎上した元実況者クロユウ、月乃こはね疑惑の商店街で逆ギレ」 タイトルだけで、胃が冷たくなる。 動画は三十秒もない。 黒い車が映っているわけではない。 カメラを持った男たちがどう来たかも映っていない。 源三さんが最初に「買う気がないなら帰れ」と言った場面もない。 芽衣が「ここは誰かを探す場所じゃありません」と言ったところもない。 八百屋の親父さんが「トマト買うか?」と訳の分からない営業をしたところもない。 映っているのは、俺が少し声を荒らげたところだけだ。『俺に聞きたいことがあるなら、俺に言ってください。ただし、ここを撮るな。彼女を撮るな。商店街を疑惑の背景にするな』 そこに、赤い字幕。【クロユウ、月乃こはね疑惑の取材に逆ギレ】 さらに、投稿者のコメント。【例の商店街で撮影中に怒鳴られました。やっぱり何か隠してる?】 隠してる。 逆ギレ。 疑惑。
Dernière mise à jour : 2026-09-18 Read More