Tous les chapitres de : Chapitre 41 - Chapitre 50

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第41話 古い夜更かしからの資料

第41話 古い夜更かしからの資料 資料、という言葉は乾いている。 紙の匂いがする。 ファイル名がついていて、日付があって、どこか感情から遠い場所に置かれている気がする。 だが、古い夜更かしから届いたそれは、乾いていなかった。 むしろ逆だった。 開いた瞬間、ずっと昔に燃えたはずの夜が、まだ煙を吐いているのが分かった。 朝の喫茶こもれびは、開店前から重かった。 窓の外では、八百屋の親父さんがトマトの箱を並べている。 日向弁当の方からは、揚げ油の音がかすかに聞こえる。 ゲームセンターのシャッターは半分だけ上がり、いつもの古い筐体の光が、眠そうに床を照らしていた。 世界は普通に朝をやっている。 それなのに、こもれびのカウンターの上には、俺の過去が置かれていた。 スマホの画面。 古い夜更かしからのDM。古い夜更かし:おはようございます。昨日の続きです。資料を送ります。見たくないものもあると思います。すぐに全部見なくても大丈夫です。でも、消さずに残しておいてください。 その後に、いくつかの画像と、テキストファイルが送られていた。 俺は、まだ開けずにいた。 コーヒーも淹れていない。 白湯だけがある。 こはるは窓際の席に座っている。 今日は声を使わない。 昨日も使っていない。 真柴さんの業務指示は継続中だ。 ホワイトボードには、短くこう書かれている。【無理なら、見なくていいです】 芽衣は、開店前の日向弁当から抜けてきた。 手には補給袋。 顔は真剣。 髪は少し跳ねている。
last updateDernière mise à jour : 2026-09-28
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第42話 火を運ぶ人たち

第42話 火を運ぶ人たち 火をつけたのは誰か。 その問いは、思ったより単純ではなかった。 昔の俺は、炎上した時、ずっと犯人を探していた。 誰が最初に切り抜いたのか。 誰が悪意ある字幕をつけたのか。 誰が拡散したのか。 誰が俺を笑ったのか。 誰が、俺の言葉を俺のものではない形にしたのか。 でも、古い夜更かしから届いた資料を見て、少しだけ分かってしまった。 火事は、マッチ一本で起きるわけではない。 乾いた木がある。 風がある。 油を持ってくる人間がいる。 火種を拾う人間がいる。 遠くから「大変だ」と言いながら、その火を見世物にする人間がいる。 そして中には、自分では火をつけないのに、火種を落とさず運ぶのが妙に上手い人間がいる。 神谷レンは、たぶんそういう人間だった。 朝の喫茶こもれびは、昨日より静かだった。 静かというより、みんなが声の出し方を探している感じだった。 カウンターの上には、真柴さんが整理した時系列表が置かれている。 俺の昔の炎上。 神谷レンの発言。 その直後に出る切り抜き。 暴露系配信者の配信。 まとめアカウントの拡散。 神谷レンの「攻撃は望んでいません」。 さらに広がる動画。 そして今。 匿名ラジオ。 月乃こはね疑惑。 黒い車。 逆ギレ切り抜き。 責任から逃げるな。 誰かに言わされていないか。 線を引くと、嫌なほど似ていた。 もちろん、それだけで証拠にはならない。 似ている。 不自然だ。 タイミングが重なっている。 それだけでは、まだ誰かを裁け
last updateDernière mise à jour : 2026-09-29
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第43話 誰かを責めるためではありません

第43話 誰かを責めるためではありません 誰かを責めるためではありません。 その言葉を見た瞬間、俺は思わず笑いそうになった。 笑える状況ではない。 むしろ、胃の奥は冷えている。 手のひらもじっとりしている。 喫茶こもれびのカウンターには、白湯と、資料と、スマホ避難箱がある。 それでも、笑いそうになった。 人間は、本当に嫌なものを見た時、怒る前に笑いそうになることがある。 誰かを責めるためではありません。 便利な前置きだ。 そう言っておけば、その後に何を言っても、自分は責める側ではなくなる。 責めていない。 心配しているだけ。 攻撃していない。 向き合おうとしているだけ。 追い詰めていない。 守ろうとしているだけ。 神谷レンは、そういう場所に立つのが昔から上手かった。 自分は少し高いところに立つ。 優しい顔をする。 悲しそうな声を出す。 そして、周りが勝手に火を運ぶのを待つ。 夜。 こもれびは閉店していた。 札は準備中。 カーテンは半分下ろしてある。 店内の明かりは少し落として、テーブルの上には白湯が人数分。 喫茶店なのに、全員白湯。 もう、この店は何屋なのか分からない。 だが、今日はコーヒーを飲む気にはならなかった。 苦味を増やす余裕がない。 俺たちは神谷レンの配信を直接見ない。 真柴さんが確認し、必要な部分だけ共有する。 そう決めていた。 画面の向こうの真柴さんは、いつもより無表情だった。 無表情というより、表情を消している。 余
last updateDernière mise à jour : 2026-09-30
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第44話 商店街、二度目の防衛会議

第44話 商店街、二度目の防衛会議 商店街の会議というものは、だいたい始まる前から少し揉めている。 椅子が足りない。 誰がどこに座るか分からない。 会議用の机ががたつく。 お茶を出すのか白湯を出すのかで揉める。 八百屋の親父さんが「俺は立ってる方がいい」と言いながら、結局いちばん邪魔な場所に立つ。 日向弁当の母さんが「座ってください、邪魔です」と笑顔で刺す。 模型店の朝比奈さんはなぜか小さな工具箱を持ってきていて、ゲーセンの朝日さんは「会議って何分くらいっすか」と最初から帰りたそうな顔をしている。 そして、源三さんは入口近くで腕を組み、全員を見渡して言った。「今日は遊びじゃない」 その一言で、一瞬だけ空気が締まった。 締まったのだが、八百屋の親父さんがすぐに言う。「じゃあ、この大根は遊びじゃねえな」「何で大根を持ってきたんですか」 俺は思わず聞いた。 昨日の大根とは別の大根だった。 一本ではない。二本。 会議机の端に、白く長く横たわっている。「源さんが昨日、大根を持ってったろ。だったら今日は俺も持ってくるだろ」「その理屈が分からない」「商店街ってのは流れだ」「大根の流れ、要ります?」 芽衣が横から言うと、八百屋の親父さんは真顔で返した。「要る。大根は煮てもおろしても使える」「会議の汎用性みたいに言わないでください」 こはるが、窓際の席でホワイトボードに小さく書いた。【大根は強い】 俺は頭を抱えた。「それ、昨日から残ってるやつだろ」 こはるは少しだけ目をそらした。【記録です】「何で
last updateDernière mise à jour : 2026-10-01
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第45話 久しぶり。ちゃんと話せないかな

第45話 久しぶり。ちゃんと話せないかな 久しぶり。 その四文字が、いちばん嫌だった。 責めたいわけじゃない。 心配している。 誤解を解きたい。 君のためにも、彼女のためにも。 そういう言葉は、まだ構えられる。 来るぞ、と分かる。 優しい顔をした縄だと、こっちも分かっている。 首にかかる前に、少しは身を引ける。 でも。 久しぶり。 その言葉だけは、違った。 昔の扉を、勝手に開けてくる。 喫茶こもれびのカウンターに、俺のスマホが置かれている。 画面には、神谷レンからのDM。神谷レン:久しぶり。ちゃんと話せないかな。いろいろ大変なことになっているみたいで心配してる。昔のことも、今のことも、誤解があるなら解きたいと思ってる。僕は君を責めたいわけじゃない。むしろ、君のためにも、彼女のためにも、ちゃんと向き合いたい。 何度読んでも、文字は変わらない。 優しい。 柔らかい。 乱暴な言葉は一つもない。 だからこそ、吐き気がする。 怒鳴られた方がまだ楽だった。 罵倒された方が、俺はたぶん怒れた。 ブロックもできた。 スクショを保存して、「見ろ、こいつはこういう奴だ」と言えた。 でも、これは違う。 これを他人に見せたら、たぶん半分くらいの人は言う。 話せばいいじゃん。 向こうは心配してるだけじゃん。 責めたいわけじゃないって言ってるじゃん。 逃げてるのはそっちじゃないの? 分かっている。
last updateDernière mise à jour : 2026-10-02
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第46話 連絡はしました

第46話 連絡はしました 神谷レンは、予想通りに言った。 それはもう、腹が立つほど予想通りだった。 翌日の昼前。 喫茶こもれびは営業中だったが、客はいなかった。 正確には、八百屋の親父さんが「コーヒーじゃなくて水くれ」と言って水を飲んでいたし、源三さんは新聞を読んでいたし、芽衣は日向弁当の配達ついでにカウンターへ卵焼きを置いていたので、店内に人はいた。 だが、客かどうかはかなり怪しい。 こはるは窓際の席で、ホワイトボードを膝に置いている。 今日も声は休み。 真柴さんからの業務指示が続いている。 そして俺のスマホは、スマホ避難箱の中。 ……のはずだった。 こつん。 木箱の中で震えた。 全員がそちらを見る。 もう、この音だけで店内の空気が変わるようになってしまった。 木箱の震動音が、火災報知器みたいな扱いになっている。 芽衣が先に言った。「私が見る?」「いや、俺が見る」「顔が駄目そうだったら没収」「顔診断の基準が厳しすぎる」「今日は特別厳戒態勢です」 俺は木箱を開けて、スマホを取り出した。 通知は、匿名ラジオ関連ではない。 神谷レンの配信切り抜きを監視していた真柴さんからだった。『共有します。神谷さんが、昨夜のDMについて配信内で触れました』 俺の胃が、ゆっくり沈んだ。 来た。 分かっていた。 分かっていたのに、来るとやっぱり苦しい。 続けて、真柴さんから要約が送られてくる。
last updateDernière mise à jour : 2026-10-03
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第47話 返事をしない勇気

第47話 返事をしない勇気 返事をしないことに、勇気がいるなんて思わなかった。 昔の俺なら、たぶん笑っていた。 返信ボタンを押さないだけだろ。 既読をつけたまま放っておくだけだろ。 無視すればいい。 ブロックすればいい。 そんなふうに、他人事なら簡単に言えた。 だが、自分のスマホの中に神谷レンからのDMが残っていると、話は違う。 画面を開かなくても、そこにあると分かる。 読んだ。 保存した。 返していない。 それだけの事実が、ずっと胸のあたりに小石みたいに残っている。 痛いわけではない。 でも、動くたびに当たる。 気になる。 忘れたふりをしても、ふとした瞬間に思い出す。 久しぶり。 ちゃんと話せないかな。 僕は君を責めたいわけじゃない。 君のためにも、彼女のためにも。 俺は、朝の喫茶こもれびで、いつもより早く豆を挽いていた。 がりがり、と音がする。 豆を挽く音は、少し乱暴なくらいがいい。 頭の中の言葉を、物理的な音でかき消してくれる。 ただし、乱暴に挽きすぎると、また味がまずくなる。 責任の量で豆を入れた時の失敗を、俺はまだ忘れていない。「黒瀬」 入口近くの席から、源三さんが言った。 いつもの新聞。 いつもの白湯。 足元には、なぜか昨日の大根の残り。 もう大根はこの店の準レギュラーになりつつある。「はい」「豆を恨むな」「恨んでません」「音が恨んどる」
last updateDernière mise à jour : 2026-10-04
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第48話 対話要請を無視

第48話 対話要請を無視 その動画のタイトルを見た時、俺は最初、何も感じなかった。 怒りでもない。 恐怖でもない。 吐き気でもない。 ただ、頭のどこかが一瞬だけ真っ白になった。「クロユウ、神谷レンの対話要請を無視。匿名ラジオ騒動、さらに泥沼へ」 見出しは、よくできていた。 短い。 分かりやすい。 怒りやすい。 そして、ものすごく雑だ。 対話要請。 無視。 泥沼。 それだけで、物語ができる。 神谷レンは歩み寄った。 クロユウは逃げた。 匿名ラジオ側は何かを隠している。 だから騒動は泥沼へ。 たった一行で、俺たちのここ数日の白湯も、会議も、こはるの札も、芽衣の昆布おにぎりも、源三さんの大根も、全部なかったことにされる。 いや、大根は入れなくていいかもしれない。 でも、それすら腹立たしい。 大根を煮るくらい、人間は必死に日常へしがみついていたのに。 動画は、真柴さんが共有してくれたものだった。 直接再生はしない。 内容の要約だけ。 けれど、サムネイル画像だけは見えてしまった。 昔の俺の顔。 黒い背景。 赤い矢印。 神谷レンの柔らかい笑顔。 そして、文字。「また沈黙?」「対話拒否」「彼女を守るため? それとも隠すため?」 うまい。 本当に、嫌になるくらいうまい。 こもれびのカウンターには、白湯が
last updateDernière mise à jour : 2026-10-05
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第49話 こちらの場を作る

第49話 こちらの場を作る 相手の場に乗らない。 そう決めた翌朝、俺はまず、店の床を掃いた。 なぜ床なのか。 自分でも分からない。 だが、スマホを見る前に、配信を見る前に、切り抜きのタイトルを見る前に、何か手を動かしたかった。 喫茶こもれびの床は古い。 木目の間に、どうしても細かい埃が残る。 雨の日には靴の泥も入り込む。 商店街のアーケードは便利だが、風が強い日は紙くずも飛んでくる。 掃いても、掃いても、完璧には綺麗にならない。 それでも、掃かないよりはずっといい。 俺は箒を動かしながら、昨日の動画タイトルを思い出していた。「クロユウ、神谷レンの対話要請を無視。匿名ラジオ騒動、さらに泥沼へ」 泥沼。 足元を見るな、と源三さんは言った。 でも、足元が汚れているなら掃けばいい。 完全には綺麗にならなくても、掃く。 たぶん、今日やることはそれに近い。 神谷レンの場に出ていくのではなく。 向こうの配信に反応するのでもなく。 切り抜き動画のコメント欄で殴り合うのでもなく。 こちらの床を掃く。 こちらの場を作る。 俺が入口付近を掃いていると、店の扉が開いた。 ベルが鳴る。「おはよ。掃除してる」 芽衣だった。 片手に補給袋。 もう片方には、紙の束。 髪は跳ねているが、昨日よりは落ち着いている。 緊急度は中の下。「おはよう。何だ、その紙」「母さんが作った」「日向母さん
last updateDernière mise à jour : 2026-10-06
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第50話 悪意は、優しい顔をしている

第50話 悪意は、優しい顔をしている 悪意は、悪い顔をして来るとは限らない。 むしろ、本当に面倒な悪意ほど、ちゃんと靴を揃えて入ってくる。 笑顔で。 柔らかい声で。 心配しています、という看板を首から下げて。 あなたのために、と言いながら、こちらの玄関に手をかける。 怒鳴られた方が、まだ分かりやすい。 罵られた方が、まだ距離を取れる。 けれど、優しい顔をした悪意は厄介だ。 それは、自分が悪意かどうかすら分からない顔をしている。 その日の朝、神谷レンは、まだ何も言わなかった。 昨日、匿名ラジオから出した声明。『この場所は、誰かの正体を探す場所ではありません。 名前を確認するための場所でもありません。 個人同士の連絡や対話の有無を、動画や配信の材料として扱われることを望みません。 撮影目的、確認目的、詮索目的での来訪や接触はご遠慮ください。 商店街は、働く人、買い物をする人、休む人がいる生活の場所です。 過去の切り抜きや現在の拡散については、記録を保存しています。 必要に応じて、専門家へ相談します。 名前ではなく、今ここにある言葉を大切にします。 白湯はあります。』 投稿後、反応は大きかった。 賛成もあった。 批判もあった。 茶化しもあった。 なぜか「白湯はあります」が妙に広がった。 しかし、神谷レン本人は反応しなかった。 それがまた、不気味だった。 反応しないならしないで、こちらは考えてしまう。 見ていないのか。 様子を見ているのか。 次の言葉を準備しているのか。 それとも、周囲が勝手に火を運ぶのを待っているのか。 喫茶こもれびは、いつも通り開店した。
last updateDernière mise à jour : 2026-10-07
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