All Chapters of 友達以上、恋人未満だった私たち: Chapter 1 - Chapter 10

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第1話

隼人の腕の中にいる瑠奈の表情は見えない。ただ、彼女がすすり泣く声だけが聞こえていた。「でも……澪はどうするの?私、澪を傷つけたくない……」「そんなの考えなくていい。あいつは、俺が誰かを大事にするための実験台みたいなもんだ。本当に愛してるわけじゃない。あの時、お前が何も言わずに姿を消したから――もう二度と、お前と一緒にはいられないんだと思った。だから澪と付き合った。瑠奈。お前さえ戻ってきてくれるなら、俺はいつだって澪と別れられる」その言葉が、澪の胸を深く切り裂いた。隼人が昔から自由奔放な人間だったことは、澪が誰よりもよく知っていた。だからこそ、ずっと彼に想いを寄せながらも、その気持ちを口にすることはできなかった。せめて友人として、ずっとそばにいられればいい。そう思っていた。かつて隼人が何気なく口にした30歳の約束だって、本気にしたことなど一度もなかった。それでも、菅野家の会社が倒産したとき、追い詰められていた澪に手を差し伸べ、あの約束を5年も早く果たしたのは、隼人だった。だから澪は信じてしまった。長年、胸の奥に隠し続けてきた恋が――ようやく叶ったのだと。けれど、それは大きな間違いだった。彼女が叶ったと信じていた恋は、隼人が本当に愛する女に自分の想いを証明するための、ただの手段にすぎなかった。隼人は澪を利用した。自分が遊びをやめ、たった一人だけを愛する男になれるのだと――瑠奈に証明するために。その瞬間、澪は悟った。この世に、自分ほど滑稽な女はいないのだと。「だめだよ、隼人。澪はあなたのことが好きなんだもの。彼女と別れたら、私だって罪悪感を感じてしまう」隼人の思いを受け止めようとせず、瑠奈は突然、彼の胸を突き放した。「やっぱり、私じゃあなたにはふさわしくない。隼人と澪こそお似合いだもの」その声には、どこか苦しげな響きがあった。「何言ってるんだよ、瑠奈。俺が愛してるのは、お前だけだ」隼人がそう言った瞬間――瑠奈の身体がぴたりと強張った。彼女の視線が、ふいに隼人の向こうへ向く。その先には、澪がいた。「……澪?」瑠奈は顔色を変えた。「誤解しないで……隼人は酔ってて、私をあなたと間違えてるだけなの」慌てたように取り繕う声は、わずかに震えていた。隼人も瑠奈の視線を追い、その先に立
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第2話

澪は目を伏せ、胸に広がる苦さをひとりで飲み込んだ。――そうだ。どうして自分は、こんな自由奔放な男を好きになってしまったのだろう。「……隼人」気づけば、澪はそう問いかけていた。「瑠奈のことが好きなら……どうして私と、あの30歳の約束をしたの?もし、瑠奈に『自分は誰かを愛せる』、『一人の女性だけを大切にできる』って証明したかっただけなら……私じゃなくてもよかったんじゃないの?」「澪と約束したときは、まだ瑠奈のことが好きじゃなかったんだ」それだけ言って、どこか軽い調子で笑う。「澪は品があるし、しっかりしてる。奥さんにするなら、ピッタリと思ってた。それに、澪は俺の一番の親友だろ。もし瑠奈と一緒になれなかったとしても、澪は俺にとって最高の選択肢だったんだ。それに、菅野家の会社が潰れたあと、澪にとっても俺以上の選択肢はなかっただろ?」あまりにも冷静な分析だった。その言葉を聞いた瞬間、澪は息が詰まり、呼吸さえできなくなる。――そういうことだったのか。自分は最初から、隼人にとっての「一番」ではなかった。愛する相手と結ばれないのなら、その次に選ぶ相手。ただ、それだけ。澪は何も言えないまま、隼人のあとをついていった。向かった先は、隼人と瑠奈がこれから暮らす家だ。玄関に入った瞬間、澪は足を止める。リビングの壁一面に、隼人と瑠奈の写真が飾られていた。肩を寄せ合う2人。昨夜のうちに用意したとは思えないほど、部屋は温かな空気に満ちていた。まるで5年という離れ離れになっていた時間など最初から存在しなかったかのように。まるで、ずっと昔から夫婦だったかのように。「澪、来てくれたのね」2階から、瑠奈が嬉しそうに手を振った。だが、その姿を見た途端、隼人の表情が変わる。慌てて階段を上ると、隼人は彼女を抱き上げ、そのままリビングのソファまで運んだ。そして、ごく自然な仕草でスリッパを手に取る。隼人は瑠奈の前にしゃがみ込み、裸足の足元にそっとそれを履かせた。「そろそろ生理が来る時期だろ。冷えるから、素足で歩き回るな」その言葉に、澪の胸が小さく跳ねた。――もう隼人を愛さない。そう決めたのに、こんな光景を目の前にすると、やはり胸が痛む。「俺、コーヒーを淹れてくるよ」瑠奈を気遣ったあと、隼人はそう言ってキッチンへ向
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第3話

澪は、ひどく力が抜けるような感覚に襲われた。まるで、思いきり拳を振り下ろしたのに、柔らかい綿に受け止められてしまったようだった。怒る気力すら、湧いてこない。「……それで、わざわざ何をしに来たの?瑠奈の芝居を最後まで成立させるために、彼女の前で土下座でもして謝れっていうの?」澪は少しだけ皮肉を込めて言った。「……瑠奈を叩いたことは、水に流す」隼人は言いにくそうに視線をそらした。「でも……俺と瑠奈の恋愛の手助けをしてほしい」澪は、しばらく言葉を失った。だが、隼人は至って真剣な顔で続ける。「瑠奈は、俺たちを試そうとしてるんだ。澪が俺たちのことを見ても何とも思わなかったら、俺たちの間には本当に何もないって、瑠奈も信じてくれるだろう」リビングには、重苦しい沈黙が落ちた。しばらくしてから、澪は小さく笑った。「隼人。私のことを、2人の恋愛のスパイスか何かだと思ってるの?……ごめんだけど、そんなことに付き合う暇はない。瑠奈が、そこまで私の存在を気にするなら、私はあなたたちの前から消えるから……」「消えるって……どこに?」隼人が慌てたように遮った。「澪、俺たち、ずっと友達でいるって約束しただろ」澪は、伝えようと思った言葉を飲み込んだ。――もう退職願を出した。1週間後には、この街を離れる。本当なら、そのことを今ここで伝えてもよかった。けれど、隼人の性格を澪はよく知っていた。彼は時々、妙なところに執着する。今この場で退職のことまで話せば、何を言い出すか分からない。余計な騒ぎは起こしたくなかった。そう思い、澪は何でもないように表情を整えた。「私は、あなたと瑠奈の間に立ちはだかる壁みたいなものなんでしょう?だったら、壊したほうがいいんじゃない?このままでは、邪魔になるだけだから」隼人は、その言葉に一瞬、黙り込んだ。瑠奈が好きだ。けれど、澪を失いたくはない。自分の一番の理解者で、何でも話せる存在まで手放すつもりはなかった。「……澪」隼人は、澪の問いには答えなかった。その代わり、珍しく弱ったような声を出す。「頼むから、俺を助けてくれないか?菅野家の借金を肩代わりして、俺はこの5年間、ずっと澪を守ってきただろ」澪は黙って目を閉じた。しばらくの沈黙のあと、「分かった」とだけ答えた。隼人が、この5年間の恩を口にする
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第4話

「隼人には関係ない」澪はキャリーケースを引き戻そうとした。けれど、びくともしない。隼人はキャリーケースを押さえたまま、澪の目をまっすぐ見つめた。「昨夜のことは……俺が悪かった」一瞬だけ言葉を切ってから、続ける。「でも、お前だって瑠奈を殴っただろ。だから、これでおあいこってことにしないか?」――ああ、やっぱり、まだ覚えていたのか。隼人は昔から身内には甘い。恋人である瑠奈が殴られたのを、何もなかったことにするはずがないと思っていた。あの山で自分を置き去りにしたのも、最初から報復のつもりだったのだろう。澪は自嘲するように口元を歪めた。「おあいこになったなら、私の荷物を放して」澪は冷たく言った。「もう、隼人と瑠奈のことには関わりたくない。今日の食事会に、私が行く理由もない」隼人はわずかに目を見開いた。澪とは、物心ついた頃からの付き合いだった。加賀家の食事会に、澪が顔を出さなかったことは一度もない。そもそも今日、隼人が澪を誘いに来たのも、昨夜のことを許してもらうためだった。澪を山に置き去りにしたのは、さすがにやりすぎた。そう思った隼人は、昨夜、瑠奈を家まで送り届けたあと、菅野家の前で一晩中、澪が出てくるのを待っていた。「……瑠奈は孤児だろ」隼人は何かを思いついたように、すぐに言った。「いきなり家に連れて行ったら、親父たちがどう思うか分からない。瑠奈を紹介するのは、また別の機会にする。だから今日の食事会は、今までどおり俺とお前で行こう」「だから、行かないって――」澪が言い終える前に、隼人は彼女のキャリーケースを庭の中へ押し戻し、彼女の手を取った。澪の言葉を聞く気もないまま、隼人は彼女の手を引いて車へ向かった。……加賀家の食事会でも、隼人の母・加賀裕子(かが ゆうこ)は相変わらず澪を気に入らない様子だった。「澪さん。今のあなたでは、もう隼人とは釣り合わないの。それでも隼人があなたと一緒にいたいって言うから、私たちが許しただけよ。それにしても……5年も一緒にいたのに、どうして子供の一人もできないのかしら」澪は口元に薄い笑みを浮かべた。――できるはずがない。隼人は毎回、きちんと避妊していた。唯一の例外は、瑠奈が同窓会に出席すると知ったあの夜だけだった。その晩の隼人は避妊する余裕
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第5話

澪はその言葉を聞き、思わず隼人へ視線を向けた。加賀家に代々受け継がれてきたブレスレットの存在なら、澪も知っている。けれど、この5年間、隼人がそのブレスレットについて澪に話したことは一度もなかった。澪はずっと、裕子が自分の身分を快く思っていないから、ブレスレットを渡すことを認めなかったのだと思っていた。――だが違った。隼人自身が、最初から自分を一生のパートナーにするつもりなどなかったのだ。澪は自嘲するように、かすかに口元を歪めた。その時、隼人はすでに席を立ち、瑠奈のもとへ歩み寄っていた。けれど瑠奈は、伸ばされた隼人の手を振り払った。泣きそうな声で、彼女は言った。「もういいの。このブレスレットは澪に返すから」そう言って瑠奈は、隼人を見つめた。「隼人も……澪に返すよ」そう言うなり、瑠奈はブレスレットを外した。そして澪のもとへ駆け寄ると、その手をつかみ、無理やりブレスレットをつけようとする。澪は何度も手を引いた。けれど、瑠奈は驚くほど強い力で澪の手首をつかんだまま離さない。このまま押し問答を続ければ、ブレスレットを傷つけてしまうかもしれない。そう思った澪は、仕方なく抵抗をやめた。「隼人」瑠奈は赤くなった目で隼人を見た。「私が孤児だから、あなたとは釣り合わないってことくらい分かってる。でも……だからって、私の気持ちを弄んでいい理由にはならないでしょう?」そして、澪と隼人を見つめた。「どうぞ末永くお幸せに」言い終えると、瑠奈は隼人の言葉など聞くことなく、屋敷の外へ走り去った。隼人が追いかけようとした。しかし、裕子がすぐに執事へ目配せする。「隼人を止めて」隼人の行く手を、執事たちが塞いだ。裕子は、怒りに顔を赤くしながら、隼人を指さした。「隼人、どうしてあんな行儀の悪い女に、加賀家の家宝を渡したの?あんな子、あなたの妻になれるわけないでしょう!」隼人の眉間に深い皺が刻まれた。「母さん。そんな言い方はないだろ」そう言ってから、今度は慎一郎へ視線を向ける。「父さん、はっきり言っておく」その声には、珍しく強い決意があった。「瑠奈は、俺の愛人でも、身元の怪しい女でもない。彼女は、俺が結婚したいと思っている相手だ!」「……じゃあ、澪さんはどうなるんだ?」「澪とは、そもそも入籍してない」
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第6話

隼人は、最初こそ苛立ったような顔をしていた。けれど、ふと澪の体から血が滲み出しているのが目に入ると、表情を変え、咄嗟に彼女を抱き起こそうとした。しかし、澪の肩に触れた指先は、すぐに弾かれたように離れていく。「……だめだ。俺が抱き上げたら、瑠奈が嫉妬してしまう」額に冷や汗を浮かべ、苦痛に顔を歪める澪を前に、隼人は救急車を呼んだ。電話を切ると、澪に向かって言った。「救急車は呼んだから、ここで待っていてくれ。俺は瑠奈を探しに行かないと」澪にはもう、隼人が何を言っているのか、はっきりとは聞き取れなかった。ただ、目の前で彼の唇だけが動いている。やがて視界がゆっくりと暗くなり――澪はそのまま意識を失った。次に目を覚ましたとき、誰かの話し声が聞こえた。「……もう少し早く搬送されていれば、赤ちゃんは助かった可能性がありました」医師の声には、深い悔恨が滲んでいた。「澪が無事なら、それでいいです」聞き慣れた隼人の声だった。澪はゆっくりと目を開けた。医師を見送った隼人が振り返り、目を覚ました澪と視線がぶつかる。「今の話……聞いてたんだな」どこか後ろめたそうに言うと、隼人はそっと目を逸らした。その様子を見て、澪はかすかに笑った。「赤ちゃんがいなくなって、かえってよかったのかもね。どうせ……産んでいいなんて、あなたは言わなかったでしょう?」隼人は答えられなかった。澪との子。もし、あの子が無事だったら――自分は産ませていただろうか。そんなことを、これまで一度も考えたことがなかった。黙り込む隼人に、澪は静かに言った。「もう帰って。私一人でも大丈夫だから」隼人は聞こえていないわけではなかった。それでも、すぐにその場を離れることはできなかった。しばらく沈黙したあと、ようやく口を開く。「……瑠奈とは仲直りした。結婚するって、約束してくれた。ただ……瑠奈がお前に、俺たちの結婚式の準備をしてほしいって。それから、当日はお前に俺たちの結婚式の介添えをしてほしいって言ってる」一瞬、澪は何も言えなかった。苦笑いする気力さえ残っていない。「……お母さんたちは、認めたの?」「いや」隼人は首を振った。「でも、瑠奈を安心させるために、もう先に婚姻届は出した。だから、瑠奈には……誰よりも盛大な式を挙げさせてやりたい
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第7話

全員が声のした方へ視線を向けると、派手な花柄のシャツを着こなした男が、まるで自分の庭を歩くような気楽さで会場へ入ってきた。岩井啓介(いわい けいすけ)。澪は眉をひそめる。彼のことは知っている。隼人の宿敵とも言える男だ。そして、菅野家が破産したあのとき、澪がどん底に落ちていることをいいことに、恋人になれと迫ってきた男の一人でもあった。隼人も彼の存在に気づいた。昔のことを思い出したのか、顔から笑みが消える。そして、隼人も札を上げ、啓介をまっすぐ見据えた。「岩井さんがいくら出そうが、俺は上乗せする」その声には、絶対に譲らないという意志が滲んでいた。だが啓介は、隣にいた女性の肩を気軽に抱き寄せ、肩をすくめる。「そのネックレスを落札すると、先に宣言したのは俺だ。加賀さん、まさか競りのルールまで無視して、俺と張り合うつもりか?」「俺の婚約者が、そのネックレスを気に入ってる。譲ってくれるなら、郊外のあの土地はお前に譲ってもいい」けれど啓介は、まるで興味がないとでもいうように首を振った。「その土地より、俺は美人を喜ばせる方が好きなんだけどな」そう言って、意味ありげに澪へ視線を向ける。そのまま悠々とステージへ歩み寄り、ネックレスを手に取った。そして隣の女性を抱き寄せたまま、何事もなかったかのように会場を後にした。「……残念だね」瑠奈が、名残惜しそうに呟く。だが、澪へ向けられたその目には、隠しきれない喜びが浮かんでいた。瑠奈は、最初からあのネックレスが欲しかったわけではない。ただ、澪に渡したくなかっただけだ。そんな瑠奈の言葉を聞き、隼人が口を開いた。「大丈夫だ。お前が欲しいものなら、俺が必ず手に入れてやる」そう言って会場を出た。澪と瑠奈もその後を追って会場の外へ出ると、そこでは隼人と啓介が鋭く睨み合っていた。啓介は例のネックレスを手に、愉快そうに笑っている。一方の隼人は、冷え切った表情で彼を見据えていた。澪の姿を見つけると、啓介はますます楽しげに口元を吊り上げた。「加賀さん。そうまでしてこのネックレスが欲しいなら――」啓介は手にしたネックレスを軽く揺らした。「澪を一晩、俺に貸してくれたら譲ってやってもいい」その言葉を聞いた瞬間、隼人の顔が歪んだ。次の瞬間には、拳が啓介の顔面に叩き込まれていた。「澪を侮辱
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第8話

澪は、胸の奥で小さく息を吐いた。だが、それも一瞬のことだった。すぐにいつもの表情へ戻る。「私が隼人に、そんなメールを送ってない」冤罪を着せられても、その声は静かだった。けれど、はっきりとした強さがあった。「さっきメールの送信時刻を確認したけど、今朝の9時だった。その時間なら、私はあなたたちの結婚式会場で設営の手伝いをしていた。現場には30人以上のスタッフがいたから、証言してくれる人はいくらでもいる」そこで澪は一度言葉を切り、そっと視線を上げて隼人を見た。「それに――加賀家ほどの力があれば、送信元のIPアドレスくらい、特定できるでしょう?」わずかに微笑む。「どうする?調べてみる?」その言葉に、瑠奈の表情がほんのわずかにこわばった。自分が雇った人物の工作が、本当に足がつかないものだったのか。もし調べられたら、すべてが露見するかもしれない――そんな不安が、一瞬だけ彼女の胸をよぎった。しかし、隼人は冷ややかな声で言った。「この話はもう終わりだ。これ以上、誰も口にするな」そして、澪へと鋭い視線を向ける。「瑠奈は俺が選んだ生涯のパートナーだ。彼女の過去に何があっても、俺の妻だってことには変わらない」澪は自嘲するように笑った。隼人は、澪が瑠奈の過去を調べ上げ、2人の結婚を壊そうとしているのだと思っているのだろう。そして、この一件が瑠奈自身が仕組んだものだと、澪もほぼ確信していた。けれど、もうどうでもよかった。2人の間で何が起ころうと、自分には関係ない。あと3日。3日後には、澪は2人のもとから離れられる。隼人が去ると、瑠奈は途端に涙を拭った。そして、勝ち誇ったような笑みを浮かべて澪を見る。「確かにあのメールは、私があなたの名義を借りて送ったの」澪の反応をうかがうように、瑠奈は口元を歪めた。「隼人に言いつければ?」そして身をかがめ、澪の耳元で囁く。「まあ、そんなことしたら、澪がもっと隼人に嫌われるだけだけどね」写真騒ぎの後、澪は余計なことをいっさい言わなくなった。瑠奈がどれほど挑発してきても、ただ黙って受け流す。――あと3日、耐えればいい。そう、自分に言い聞かせながら。結婚式を翌日に控えた夜、隼人から澪にメッセージが届いた。――「結婚式当日の流れを、もう一度確認したい」とのことだ。澪は
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第9話

結婚式当日。隼人は朝早くから、式場に来ていた。夢のように華やかな会場を眺めているうちに、なぜか澪のことを思い出す。――以前、2人で冗談を言い合っていたときのことだ。「菅野家のお嬢様をお嫁さんにするなら、結婚式は2回やらなきゃな。和式と洋式で1回ずつ」澪は呆れたように彼を睨んだ。「結婚式を2回も挙げる人なんていないでしょ?」「そんなの関係ない。菅野家のお嬢様の結婚式なら、それくらい盛大じゃなきゃだめだろ?」隼人が笑うと、澪はますます呆れた顔をした。その光景を思い出した途端、胸の奥がわずかに痛んだ。考えてみれば――澪と最も親しい関係になったのは自分なのに、彼女に結婚式を挙げてやることはできなかった。「隼人」ふと、瑠奈の声がした。「ネックレス、つけてくれる?」隼人は差し出されたネックレスを何気なく受け取る。だが、それを見た瞬間、わずかに眉をひそめた。「これ……岩井が落札したネックレスじゃないのか?なんで瑠奈が持ってるんだ?」瑠奈の視線が、一瞬だけ泳いだ。「昨日、彼が届けてくれたの。私たちへの結婚祝いだって」隼人は怪訝そうに眉を寄せた。啓介が、そんな気前のいいことをするとは思えない。「隼人、早くして」瑠奈に急かされ、隼人はそれ以上考えるのをやめた。「そうか。式が終わったら、郊外のあの土地は岩井に譲る。タダでもらうわけにはいかないからな」そう言って笑うと、頭の中に浮かんだ疑念を追い払う。そして、ネックレスを瑠奈の首に回した。だが――留め具を留めようとした、そのときだった。そこにつながる小さなサファイアに、「澪」という文字が刻まれていることに気づく。――見間違いか?隼人の頭の中を、何かが一瞬で駆け抜けた。彼はネックレスを勢いよく手元に引き寄せ、何度も確認する。そして――間違いなく、そのサファイアには「澪」の名が刻まれていた。隼人の眉間に深い皺が刻まれる。いつもならどこか軽薄さすら漂わせているその顔から、笑みはすっかり消えていた。隼人は、ようやく思い出した。このネックレスは、澪が20歳になったとき、父の健一から成人祝いとして贈られたものだった。そう気づいた瞬間、隼人の手がわずかに震える。――だから、あの日の澪はあれほど必死に、このネックレスを取り戻そうとして
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第10話

隼人は、思わず頭を抱えたくなった。喉仏を上下させ、理由の分からない苛立ちを無理やり飲み込む。――なぜ瑠奈は、ここまで澪にこだわるのだろう。けれど、隼人は結局、ネクタイを弄んでいた瑠奈の手を掴まえると、苦笑した。「そんなの、選べるわけないだろ。澪は俺にとって、一番大事な友達だ。お前は俺の妻。どっちだって失いたくないさ」瑠奈の瞳が、わずかに陰った。どうやら、その答えでは満足できなかったらしい。隼人はそんな彼女の後頭部に手を回し、自分の方へ引き寄せる。触れそうな距離で、吐息が絡み合った。「もういいだろ。ほら、そろそろ式が始まるぞ」そう言いかけたところで、隼人はふと眉をひそめた。そういえば――まだ澪の姿を見ていない。隼人は瑠奈から離れると、振り返って秘書に尋ねた。「澪は来てる?」「いえ、まだお見えになっていません」その答えに、隼人の眉間の皺がさらに深くなる。「もうすぐ式が始まるのに?どうしてまだ来てないんだ?」そう言ってスマホを取り出し、澪に電話をかけようとした。瑠奈は、昨夜自分がしたことを思い出し、息を呑んだ。今は拗ねている場合ではない。「隼人!」瑠奈は慌てて彼の腕をつかんだ。「澪なら、私に連絡があったの。体調を崩したから、今日は出られないって」「体調を崩した?」隼人は眉を寄せた。「ひどいのか?なんで俺に何も言わないんだよ」瑠奈の制止を振り切り、隼人はスマホの連絡先を開いた。瑠奈の目に、焦りの色が走る。隼人のスマホを奪おうと手を伸ばしたが、彼はそれをただの嫉妬だと思ったらしく、その手を押さえ、笑って言った。「心配するなって。澪はただの友達だ。体調が大丈夫なのかって聞いてみるだけ」そう言って、澪の番号をタップした。その瞬間、瑠奈の心臓が激しく跳ねた。けれど、スマホから聞こえてきたのは、無機質な女性のアナウンスだった。「おかけになった電話は電波の届かないところにあるか、電源が入っていないためかかりません」隼人は一瞬、動きを止めたが、瑠奈はほっとするように胸をなで下ろす。隼人がもう一度かけようとすると、瑠奈はそっと彼の手を握った。「澪、休んでるんじゃないかな?これ以上邪魔したらかわいそうだよ。それより隼人、もうすぐ式が始まるんでしょ?今は式のことを優先しよう」瑠奈の瞳には
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