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友達以上、恋人未満だった私たち
友達以上、恋人未満だった私たち
Penulis: 小川

第1話

Penulis: 小川
隼人の腕の中にいる瑠奈の表情は見えない。ただ、彼女がすすり泣く声だけが聞こえていた。

「でも……澪はどうするの?私、澪を傷つけたくない……」

「そんなの考えなくていい。あいつは、俺が誰かを大事にするための実験台みたいなもんだ。本当に愛してるわけじゃない。

あの時、お前が何も言わずに姿を消したから――もう二度と、お前と一緒にはいられないんだと思った。だから澪と付き合った。

瑠奈。お前さえ戻ってきてくれるなら、俺はいつだって澪と別れられる」

その言葉が、澪の胸を深く切り裂いた。

隼人が昔から自由奔放な人間だったことは、澪が誰よりもよく知っていた。だからこそ、ずっと彼に想いを寄せながらも、その気持ちを口にすることはできなかった。

せめて友人として、ずっとそばにいられればいい。

そう思っていた。

かつて隼人が何気なく口にした30歳の約束だって、本気にしたことなど一度もなかった。

それでも、菅野家の会社が倒産したとき、追い詰められていた澪に手を差し伸べ、あの約束を5年も早く果たしたのは、隼人だった。

だから澪は信じてしまった。

長年、胸の奥に隠し続けてきた恋が――ようやく叶ったのだと。

けれど、それは大きな間違いだった。

彼女が叶ったと信じていた恋は、隼人が本当に愛する女に自分の想いを証明するための、ただの手段にすぎなかった。

隼人は澪を利用した。自分が遊びをやめ、たった一人だけを愛する男になれるのだと――瑠奈に証明するために。

その瞬間、澪は悟った。

この世に、自分ほど滑稽な女はいないのだと。

「だめだよ、隼人。澪はあなたのことが好きなんだもの。彼女と別れたら、私だって罪悪感を感じてしまう」

隼人の思いを受け止めようとせず、瑠奈は突然、彼の胸を突き放した。「やっぱり、私じゃあなたにはふさわしくない。隼人と澪こそお似合いだもの」

その声には、どこか苦しげな響きがあった。

「何言ってるんだよ、瑠奈。俺が愛してるのは、お前だけだ」

隼人がそう言った瞬間――瑠奈の身体がぴたりと強張った。彼女の視線が、ふいに隼人の向こうへ向く。

その先には、澪がいた。

「……澪?」瑠奈は顔色を変えた。「誤解しないで……隼人は酔ってて、私をあなたと間違えてるだけなの」

慌てたように取り繕う声は、わずかに震えていた。

隼人も瑠奈の視線を追い、その先に立つ澪を見た。

目が合った瞬間、彼の表情がわずかに強張る。そこには、隠しきれない戸惑いと、ほんの少しの後ろめたさが浮かんでいた。

だが、すぐに隼人の表情は変わった。

――先ほど自分が口にしたことは、何一つ間違っていない。

きちんと澪に説明すれば、瑠奈も余計な罪悪感を抱かずに済む。そして瑠奈は、自分のもとへ戻ってくれるかもしれない。

そう考えると、隼人は堂々と澪を見つめた。

「澪、聞いてたならちょうどいい。瑠奈に説明してくれ。俺たちは最初から――」

「澪!」

隼人の言葉を遮ったのは、瑠奈だった。

「私、あなたを傷つけるつもりなんてなかったの。わざとこのタイミングで帰国したわけでもないし、隼人とよりをもどすつもりもない。私はただ……」

言葉を続けながら、瑠奈はひどく取り乱しているように見えた。まるで、澪に責められることを恐れているかのように。

「とにかく……もう二度と隼人の前には現れないから」

それだけを言い残すと、瑠奈は逃げるようにその場を去っていった。

残されたのは、呆然とする隼人と、まだ現実を受け止めきれずにいる澪だけだった。

隼人は澪の前まで歩み寄る。その身体から放たれる圧迫感に、澪は思わず息を呑んだ。

「……まさか、瑠奈が海外へ行ったのは、お前が何か言っていたから?そうなのか?」

澪は、隼人の瞳に宿る冷たい光を見た。喉の奥が、ひどく乾く。

これまで、隼人と瑠奈が付き合っていたことさえ知らなかった。ただ以前、瑠奈から隼人のことについて尋ねられたことがある。

――隼人は今まで何人くらいの彼女がいたのか。

澪は、その問いに正直に答えただけだった。

隼人の恋人は数え切れないほど多かった。それは変えようのない事実だ。

けれどその後、瑠奈は海外へ渡ってしまった。

そして今になって、澪は初めて知った。

――2人は、かつて恋人同士だったのだと。

けれど、そんなことはもうどうでもよかった……

隼人は澪の返事を待とうともせず、瑠奈のあとを追うように、その場を飛び出していく。

澪は遠ざかっていく彼の背中を見つめたまま、ゆっくりと息を吐いた。

スマホを取り出し、電話を2本かけた。

1本目は、加賀グループの人事担当に退職の旨を伝えるため。

もう1本は、恩師から以前受けていた仕事の誘いに返事をするため。澪は川南市へ向かい、教鞭を執ることを決めた。

すべてを済ませると、澪は一人で家へ戻った。そしてその夜のうちに、荷物をすべて片づけた。

翌朝。

荷物をまとめ、タクシーを呼ぼうとしたところで、隼人が帰ってきた。

床に並んだいくつものバッグとスーツケースを目にし、彼は一瞬だけ足を止める。「もう片づけなくていい。この家は澪にやるよ」

そう言うと、隼人は眉間を押さえ、疲れたように息を吐いた。「俺たち、離婚しよう」

「そんな必要はないよ」澪は静かに答えた。「だって私たち、最初から籍を入れてないでしょ?」

「……え?」

あまりにも信じられないという顔をする隼人を見て、澪は苦笑した。

――隼人は、結婚したつもりでいたのだろう。

彼が澪と結婚すると言ったのは、あくまでも口約束だった。

この5年間、澪は何度も婚姻届を出そうと持ちかけた。そのたびに隼人は、何かと理由をつけて先延ばしにしてきた。

「まあ、今さら面倒な手続きがなくて、むしろよかったじゃない」

隼人はそれ以上気にする様子もなく、手にしていたブリーフケースを差し出した。「これ、受け取ってくれ。別れた後でも、困ったことがあったら、俺が守るよ」

真剣な口調だった。

その言葉を聞いた瞬間、澪の脳裏に5年前のことがよみがえる。

菅野家の会社が倒産したあと、澪は債権者から執拗に追い詰められた。

それだけではない。事情を知った同業界の御曹司たちまで、弱みにつけ込むように澪へ近づいてきた。断っても断っても、品のない誘いが後を絶たなかった。

そんな彼らを追い払ったのが隼人だった。そして彼は、みんなに言い放ったのだ。

――澪は俺がもらう。誰にも手出しはさせない。

だからこそ澪は信じた。

結婚式はない。婚姻届も出していない。それでも隼人と一緒にいられるなら、それでいいのだと。

自分の想いを飲み込み、プライドさえ捨てて、彼のそばで5年を過ごしてきた。

けれど――そんな関係も、今日で終わる。

澪は自嘲するように笑い、ブリーフケースを受け取り、中身を確認する。

キャッシュカードに、車のキーといくつもの不動産の権利書。そして、加賀グループの株式譲渡契約書まで入っていた。

澪は笑いそうになる。

――隼人は、自分の財産の半分ほどを差し出している。本当に大盤振る舞いだ。

「これって……私のことも、今までの女たちと同じように、お金で片付けようとしているの?」

澪は中身を取り出し、隼人を見つめた。

隼人はすぐには答えなかった。澪の表情に傷ついたようなものを見て取ったのだろう。しかし、何をどう説明すればいいのか、彼自身にも分からないようだった。

確かに、隼人はこれまで付き合ってきた女性にも金を惜しまなかった。だが、ここまでのものを渡したことは一度もない。

澪だから、渡すのだ。

しばらくの沈黙のあと、隼人はかすれた声で言った。

「……澪は彼女たちと違って、俺にとって一番大切な友達だから。

俺たちの世界なんて、こんなもんだろ?一度関係を持ったからって、何かが変わるわけじゃない。そうだろ?」

澪の顔が少し青ざめていることに気づき、隼人は不安そうに喉を動かした。「……澪」

一瞬、言葉を選ぶ。

「俺たち、これからも友達だよな?」

澪は、かすかに口元をゆるめた。

――もう、友達には戻れない。

彼女はその言葉を口に出さず、静かに飲み込んだ。

人事部からは、退職手続きは早くても1週間ほどかかると言われている。

1週間後には、澪は隼人の会社を辞め、彼のそばから離れる。

「……私たちが友達のままでいたら、瑠奈は気になると思うけど」

澪は話を変えた。

隼人は、ようやく表情を緩めた。

「大丈夫。昨日、瑠奈とちゃんと話した。当時のことも、もう誤解は解けたよ。澪のせいじゃない。俺が今まで付き合ってきた女が多すぎて、瑠奈を不安にさせただけだ。瑠奈も、俺ともう一度やり直すって言ってくれた。ただ……1つだけ、澪に頼みたいことがある」

澪が首を傾げると、隼人は困ったように笑った。

「瑠奈がさ……澪は俺のことが好きなんじゃないかって、ずっと言うんだ。俺たちの間に何もないって、自分で確かめるまでは、安心して俺と結婚できないらしい。

だから、澪。説明してやってくれないか?俺たち、本当に何もないし、澪が俺のことが好きなわけないだろ?」

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