宮内庁指名コンペの提出期限まで、残り二十四時間。南青山の『BLANC』アトリエは、戦場と化していた。バーナーの青い炎が吹き荒れ、ヤスリが金属を削る鋭い摩擦音が空気を震わせる。床には冷却水の飛沫と金属粉が舞い、職人たちの荒い呼吸だけが響いていた。「片桐さん、第三フレームの焼き戻し、完了しました!」「おう! 次、サイドの唐草ワイヤーを回せ! コンマ一ミリでも歪んだら、翡翠の座金が浮くぞッ!」片桐の怒号を受け、真白はピンセットを握り直した。徹夜の連続で、指先の感覚はすでに麻痺しかけていた。手袋を外した指の関節は赤黒く腫れ、糸魚川で負った擦り傷がズキズキと痛む。だが、真白の視界は針の穴を通すように澄み渡っていた。純国産の最高純度プラチナを、極限まで細く引き伸ばしたワイヤー。それを幾重にも編み込み、強靭な張力を持たせながら、冬の厳寒を突き破って天へ伸びる新芽のような有機的フレームを組み上げていく。重厚な金属でありながら、まるで羽毛のように軽やかで、光を透過させる立体構造。「いくよ……」息を止め、拡大鏡の焦点を合わせる。中央に据えられたラベンダー青翡翠のカボション。その周囲を囲む極小の爪(プロング)を、微細タガネで一本ずつ倒していく。カチ、カチ、カチ……。石の劈開(へっかい)に一切の余計な圧力をかけず、包み込むように固定する神業。最後の一本を留め終えた瞬間、アトリエの張り詰めた空気が一気に解き放たれた。「……終わった」真白の膝が折れ、床に崩れ落ちそうになった瞬間、背後から伸びた手がその身体をがっしりと支えた。「黒羽さん……」いつの間にか立っていた蓮が、真白を腕の中に抱き留めていた。蓮の視線は、作業台の黒いビロードの上に鎮座する作品へと向けられていた。静寂の中、朝の清冽な陽光が窓から差し込み、ティアラを照らし出す。「…………」あの冷徹無比な黒羽蓮が、言葉を失い、息を呑んでいた。そこに在ったのは、冷たい権威を誇示する冠ではなかった。光を孕んで立ち昇るプラチナの繊細な曲線。その中心で、清流の蒼と朝焼けの薄紫を溶け合わせた青翡翠が、自ら呼吸をしているかのように幽玄な光を放っている。過酷な運命に抗い、泥水の中から立ち上がった真白自身の魂が宿った、至高の生命美。「……見事だ、真白」蓮の低く硬質な声に、偽りのない深い感嘆が滲んでいた
ปรับปรุงล่าสุด : 2026-10-10 อ่านเพิ่มเติม