初夏の朝、御影家の庭には、雨上がりの清々しい光が満ちていた。 夜のうちに降った雨は既に止み、庭石の窪みに残された雫が朝日を受けて輝いている。青々と茂った楓の葉が風に揺れるたび、軒先には涼やかな影が落ち、開け放たれた窓からは、湿り気を帯びた土の匂いが微かに漂ってきた。 麗香は居間の窓辺に腰を下ろし、先日の慈善夜会で知り合った夫人への礼状を認めていた。 あの夜、少女たちの教育について語り合った人々の顔を思い出すと、自然と筆が進んだ。香の強弱や生まれ持った縁に囚われず、一人一人が自らの望む道を歩める世の中にしたいという願いは、まだ漠然としたものでしかなかったが、それでも、こうして新たな縁を結ぶことが、その第一歩になるように思えたのである。「奥様、お手紙が届いております」 志乃が銀盆を手に現れたのは、ちょうど一通を書き終えた頃だった。「ありがとう。どなたからかしら」「それが……桐生様からでございます」 麗香は、差し出された封筒を見て息を止めた。 表には、見覚えのある筆跡で御影麗香と記されている。 父、和馬の字だった。「……お父様から」 麗香は封を切り、中の便箋を広げた。 文面は短かった。 亡き母の遺品について話しておきたいことがあるので、一度桐生家へ来るように。都合のよい日を知らせてほしい、と。 娘の暮らしを案じる言葉も、久方ぶりの便りを詫びる挨拶もない。いかにも父らしい、用件だけを伝える文章だった。 しかし、麗香の目は、ある一節に釘付けになっていた。 ――亡き母の遺品について。 母のことを調べ始めてから、幾つもの手掛かりを辿ってきた。 けれど、母がどのような家に生まれ、なぜ桐生家へ嫁ぐことになったのか、その肝心な部分だけは、今なお深い霧に包まれている。 父ならば、何かを知っているのかもしれない。 そう考える一方で、胸の奥には拭いきれぬ疑念もあった。 なぜ、今になって――。
Última actualización : 2026-10-14 Leer más