その夜、寮へ戻るとグエンがテレビを見ながらお菓子を食べている。なんとなく昼間のことを思い出しながら、何気なくグエンに質問してみた。「ねえ、グエン」「なに?」「柴崎さんって、ちょっと変わってるよね」グエンがテレビから顔を向ける。「急にどうしたの?」「淡々としてるけど、後からちゃんとフォローしてくれるというか……」「へえ」グエンは口元を緩めた。「何?」「別に…」「その顔、絶対何かあるでしょ」そう言うと、グエンは意地悪そうにニヤニヤしている。「前に私が言ったこと、覚えてる?」「何のこと?」「柴崎さん、マリアにだけちょっと違うんじゃないかって言ったこと」思い出して、思わず苦笑した。「……ああ、あったね」「あのとき、マリア、すごい勢いで否定したよね」「だって、そんなことないから」「ふーん」「本当に違うって」するとグエンは、いたずらっぽく笑った。「じゃあ、仕返し」「仕返し?」「うん。私を疑ったんだから、今度は私がマリアを疑うの」「もう!ごめんて!」私が慌てて謝ると、グエンは声を上げて笑った。「冗談、冗談」つられて笑ってしまった。グエンとこうしてくだらない話をして笑えることが、今は嬉しい。日本へ来たばかりの頃は、知らない言葉と知らない人に囲まれて毎日を生きるだけで精いっぱいだった。それが今では、一緒に働く仲間と冗談を言えるようになっている。そして、柴崎さんとの会話も変わっていた。ある日の休憩時間、柴崎さんが何気なく、「フィリピンでは、どんなものを食べてましたか?」アドボやシニガンのことを話し、母がよく作ってくれたこと。家族で食卓を囲んで食べたこと。日本へ来る前には、しばらく母の料理を食べられなくなるのが寂しかったことも話した。柴崎さんは、いつものように余計な相槌を挟まず黙って聞いている。「そうですか」それだけ言うと席を離れた。やっぱり、柴崎さんらしい。ところが翌日の休憩時間、柴崎さんが突然、「アドボって、どんな味ですか?」と…。思わず顔を上げた。「昨日の話、覚えてたんですか?」「覚えてますよ」「食べてみたいですか?」「機会があれば」「じゃあ、本当に作りましょうか?」なんだか、可笑しい。「はい、お願いします」たったそれだけの会話だったけれど、とても嬉しかった。柴崎さんは
Last Updated : 2026-09-06 Read more