Home / 恋愛 / 国籍より遠い距離 / Chapter 11 - Chapter 20

All Chapters of 国籍より遠い距離: Chapter 11 - Chapter 20

29 Chapters

第1章 第11話 日常の変化

その夜、寮へ戻るとグエンがテレビを見ながらお菓子を食べている。なんとなく昼間のことを思い出しながら、何気なくグエンに質問してみた。「ねえ、グエン」「なに?」「柴崎さんって、ちょっと変わってるよね」グエンがテレビから顔を向ける。「急にどうしたの?」「淡々としてるけど、後からちゃんとフォローしてくれるというか……」「へえ」グエンは口元を緩めた。「何?」「別に…」「その顔、絶対何かあるでしょ」そう言うと、グエンは意地悪そうにニヤニヤしている。「前に私が言ったこと、覚えてる?」「何のこと?」「柴崎さん、マリアにだけちょっと違うんじゃないかって言ったこと」思い出して、思わず苦笑した。「……ああ、あったね」「あのとき、マリア、すごい勢いで否定したよね」「だって、そんなことないから」「ふーん」「本当に違うって」するとグエンは、いたずらっぽく笑った。「じゃあ、仕返し」「仕返し?」「うん。私を疑ったんだから、今度は私がマリアを疑うの」「もう!ごめんて!」私が慌てて謝ると、グエンは声を上げて笑った。「冗談、冗談」つられて笑ってしまった。グエンとこうしてくだらない話をして笑えることが、今は嬉しい。日本へ来たばかりの頃は、知らない言葉と知らない人に囲まれて毎日を生きるだけで精いっぱいだった。それが今では、一緒に働く仲間と冗談を言えるようになっている。そして、柴崎さんとの会話も変わっていた。ある日の休憩時間、柴崎さんが何気なく、「フィリピンでは、どんなものを食べてましたか?」アドボやシニガンのことを話し、母がよく作ってくれたこと。家族で食卓を囲んで食べたこと。日本へ来る前には、しばらく母の料理を食べられなくなるのが寂しかったことも話した。柴崎さんは、いつものように余計な相槌を挟まず黙って聞いている。「そうですか」それだけ言うと席を離れた。やっぱり、柴崎さんらしい。ところが翌日の休憩時間、柴崎さんが突然、「アドボって、どんな味ですか?」と…。思わず顔を上げた。「昨日の話、覚えてたんですか?」「覚えてますよ」「食べてみたいですか?」「機会があれば」「じゃあ、本当に作りましょうか?」なんだか、可笑しい。「はい、お願いします」たったそれだけの会話だったけれど、とても嬉しかった。柴崎さんは
last updateLast Updated : 2026-09-06
Read more

第1章 第12話 ラーメン

仕事が終わり更衣室で着替えながら、昼間に柴崎さんから言われたことを思い出していた。ラーメンを食べに行く。ただそれだけのことなのに、胸の奥がそわそわしていた。これまで柴崎さんと話すのは、ほとんどが施設の中での仕事のことだった。休憩時間にフィリピンの料理や家族の話をするようになったとはいえ、二人だけで施設の外へ出るのは初めてだ。施設を出ると、柴崎さんはいつものように淡々と歩き始める。私もその隣を歩きながら、「この近くですか?」「はい。歩いて十分くらいです」「柴崎さん、ラーメン好きなんですか?」「まあ、好きですね」「よく食べるんですか?」「たまに」そこで会話が途切れる。やはりこの人は仕事中と何も変わらない。二人きりになっても、柴崎さんはやっぱり柴崎さんだ。店に入ると壁に貼られたメニューを見ながら、どれを頼めばいいのか迷った。日本へ来てからラーメンを食べたことは無い、こうして店で選んで食べるのは初めてだ。「どれがおすすめですか?」たくさんメニューがあってわからない…。「初めてなら醤油でいいと思います」相変わらず素っ気ない返答。「じゃあ、私もそれにします」ムッとしつつも同じラーメンを注文してみた。しばらくすると目の前にラーメンが運ばれてきた。湯気の向こうから醤油の香りが漂ってくる。箸を持ち、まずスープを一口飲んだ。「……美味しい」思わず声が出た。柴崎さんがこちらを見る。「気に入りましたか?」「はい。日本のラーメンって美味しいですね」「フィリピンには、こういうのはないですか?」「似たような麺料理はありますけど、味は全然違います」麺をすすりながら、チャーシューを口に入れた。熱かったけれど美味しくて、自然と笑みがこぼれた。「熱い」「ゆっ
last updateLast Updated : 2026-09-07
Read more

第1章 第13話 誇りの芽生え

日本に来て半年が過ぎた頃、自分でも驚くほど施設での仕事に慣れていた。 利用者さんの名前や好みを覚え、朝の挨拶を交わしただけで、その日の体調や機嫌がなんとなく分かることも増えていた。 最初の頃は、日本語が聞き取れず何度も聞き返してしまったり、仕事の手順を覚えるだけで精いっぱいだった。 それが今では、周りの職員が何をしようとしているのかを見ながら自分が次に何をすればいいのかを考えられるようになっていた。 ある日、新しく入ってきたフィリピン人の実習生に仕事を教えることになった。 つい数ヶ月前までの自分と同じように緊張した表情で職員の説明を聞いている姿を見ていると日本へ来たばかりの頃を思い出した。 「マリアさん、これで合っていますか?」 「うん。大丈夫。でも、ここだけ気をつけてね」 そう言って教えている自分がくすぐったいような気持ちだった。 いつの間にか教えられる側から教える側になっていた。 仕事が終わったあと柴崎さんから声をかけられた。 「新しい子、教えてくれてありがとう」 「いえ、私はまだまだです」 柴崎さんは一拍置いてから、いつもの淡々とした口調で言った。 「もう、ちゃんと一人前だよ」 言葉が胸の奥に残った。 日本へ来る時、飛行機の窓から雲を眺め、 「身売りか……」と思っていた。 家族のために働くことを決めた自分を、どこか惨めに感じていたのだと思う。 今の私は違う。 もちろん家族のために働いていることは変わらない。母への仕送りは何より大切なものだ。 でも、仕事を続けるうちに介護の仕事に誇りを感じるようになっていた。 その日の夜、仕送りの金額を確認しながらふと思う。 ただお金を稼ぎに来たわけではない。 ここで私は、私として生き始めている。 そんな日々を過ごしていたある日の夕方、寮に戻ったとき携帯電話が鳴った。 画面を見ると、アンジェからだった。 「もしもし?」 「マリア? 今、話せる?」 「うん。どうしたの?」 電話の向こうで、アンジェは黙っている。しばらくしてから 「今度、松山市内で会えないかな」 「いいけど……何かあった?」 「電話では話したくないの。会って話したい」 その声がいつもより小さかったので気になり、なるべく早く会うべきと思い勤務表を見ていた。 「分かった。いつがいい?」 数日後、私
last updateLast Updated : 2026-09-08
Read more

第1章 第15話 残るということ

弟の事故を知らされてから私は何をしていても、帰国すべきか考えるようになった。 朝、目を覚ますと最初に弟の顔が浮かび仕事をしていても利用者さんと話していても、ふとした瞬間にフィリピンの家で過ごした頃のことを思い出した。 弟はもうこの世にはいない。 事実を頭では理解しているのに心だけが受け入れることを拒んでいるようだった。 「姉ちゃん、無理するなよ」と言ってくれたのに…。 あのときは、また会えると思っていたのに…。 あの時が最後になるなんて…。 今まで考えたこともない。 何度も母に電話をし、同じ質問ばかりしてしまう…。 「私、やっぱり帰ったほうがいいんじゃない?」 そう尋ねると、 母はしばらく黙ってから 「帰りたいなら帰ってきなさい」とだけ。 母の言葉を聞くたびに余計に苦しくなる。 本当は帰りたい…。 弟の葬儀にも出たかったし母の隣に座って、一緒に泣きたい。 弟の最後の時間に自分がいなかったことが、どうしても悔しかった。 日本に来なければ弟のそばにいられたのではないか。 自問自答が何度も頭をよぎり自分を責めてしまう。 帰国することを考えると、別の問題がまた浮かんでしまう。 日本での仕事を辞めれば当然、母へ送っている仕送りも止まってしまう。 弟を失った今、母の生活まで苦しくしてしまったらどうすればいいのだろう。 家族を助けるために日本へ来たのに家族に何かあったからといって帰れば、目的そのものを失ってしまうような気がした。 帰りたいという気持ちと、残らなければならないという気持ちの間で揺れながら、何日も答えを出せずにいた。 ある日の仕事帰り、柴崎さんに自分の気持ちを話した。 「私、帰国したほうがいいのかもしれません。でも、帰ったら母に仕送りができなくなります。弟が亡くなったばかりなのに、母に生活の心配までさせたくないんです」 柴崎さんは歩きながら黙って聞いていた。 いつものように、すぐに答えを返すことはなかった。 しばらくしてから 「帰りたいなら、帰っていいと思います」と静かに言った。 私は足を止めた。「でも、仕事は……」 「仕事はどうにかなります」 「はい…。でも私が帰ったら、仕送りができなくなります」 柴崎さんはしばらく黙った後、 「
last updateLast Updated : 2026-09-10
Read more

第1章 第16話 近くて遠いもの

弟のことを思い出さない日はない。それでも日本に残ると決めてから、いつもの生活を取り戻していった。朝、施設へ向かう。利用者さんに挨拶をする。決められた仕事をこなす。以前と何も変わらない淡々とした毎日だが、以前よりずっと大切に感じられた。もう戻れない時間を悔やむより、今できることを大切にしよう。そう思えるようになっていた。休憩室でグエンが私の顔を見ながら、「マリア、最近ちょっと元気になったね」「そうかなあ?」「うん。前より顔が怖くない」「グエンだって最初は怖い顔してたじゃん」「私は最初から可愛かったよ」「自分で言う?」くだらないやり取りで笑えるようになった自分に安心していた。悲しみを忘れたわけではない。だけど、笑うことまでやめる必要はないのだ。「そういえばさ」グエンはニヤニヤしながら、「柴崎さんとはどうなの?柴崎さんのこと、好き?」「……知らない」グエンは「ほら」とだけ言って笑った。何も言い返せなかった。帰り際、柴崎さんと玄関で会う。「帰りでしたか?」「はい」「じゃあ、途中まで一緒に」以前なら二人きりの沈黙が気まずかった。今は不思議と気にならない。「今日、グエンにからかわれました。柴崎さんとラーメンに行ったことで」柴崎さんは笑っている。「そうでしたか」「私たち、変に見えるんですかね?」直ぐに柴崎さんの顔を見るが…。「どうですかね」全く表情を変えないのが腹立たしい…。少しは私に関心がないのか?すると唐突に、「また食べに行きますか?」私の胸が踊っているが、冷静に答えねばと「……いいんですか」と返答する。「嫌なら良いですよ」「嫌じゃないです」相変わらず前を向いたまま歩いている。私はその横顔を見ながら、自然と笑っていた。翌朝、食事介助中に柴崎さんが通りかかる。「その利用者さん、食べるの早いから気をつけて下さい」しばらくして戻ってきて、「大丈夫ですか?」とだけ聞き、また離れていく。仕事には細かいのに必要以上には踏み込まない。最初は冷たいと思っていたその距離感が今は安心できるものに変わっていた。書類を直してもらったときも「次から気をつけて下さい」とだけ言われた。以前の私なら怖いと感じたかもしれない。今は、責められているのではなく、次に困らないように教えられているのだと分
last updateLast Updated : 2026-09-11
Read more

第2章 第1話 違和感

「施設長が呼んでます、昼休みに施設長室までお願いします」 柴崎さんは朝から挨拶もせず用件を伝え立ち去った。 それにしても私が呼び出されるのは在留カードの更新手続きくらいだ。 それとも、なにかしたのだろうか…。 緊張したまま昼休みになり施設長室へ向かう 扉を叩くと、 「どうぞ」 「失礼します」 軽くおじぎをしながら入ると、 「やあ、マリアさん仕事は慣れましたか?」 私の緊張とは裏腹に年配の男性がソファに座って手招きしてくれている。 「今日は用件はないんだよ、仕事は慣れかなと思ってね」 穏和な表情で叱られるのではないとわかり安堵した。 「はい、先輩に教えてもらいながら頑張ってます」 「先輩?柴崎君かな」 「はい、柴崎さんはとても丁寧に教えてくれます」 「…」 なにか考えごとをしている施設長に 「なにか?」 私はなにか間違った返答をしたのだろうか…。 「いや、柴崎君は丁寧だろうから教育担当者にしたんだがね、熱意の強いとこがあるから気になったんだよ」 「熱意?」 私は思わず聞き返してしまった。 柴崎さんは淡々として冷静な人柄、熱意はあまり感じた事はないのだが。 「実は以前、彼が担当していた実習生がいてね」 「そう、なんですか?」 「その実習生は心を病んでしまってね…。マリアさんは大丈夫かな?と心配してたんだよ」 「まさか、帰国考えてないよね?」 「帰国する気はありません」 キッパリ伝えると満足そうに 「良かった良かった。話は以上になります」 施設長室をあとに、休憩室へ戻った。 先程の施設長が言っていた言葉が気になっている。 帰国した実習生、柴崎さんは熱意のある指導者? 違和感はあったが、昼ご飯を済ませ午後からの職務に戻った。 「マリアさん、昼から入浴介助の補助をお願いします」 いつもの柴崎さんだ、思わず笑ってしまう。 「どうしたのですか?」 「いえ、思い出し笑いです。すみません」 柴崎さんは着替えの衣服を畳みながら、 「施設長になにか言われましたか?」 「帰国することはないか?と、それと以前実習生が帰国したとか」 その言葉を聞いた瞬間、柴崎さんは私を見た。一瞬だったが見たことがない表情だった…。 寂しそうな、いや、悲し気な表情だと思えた。 私は入浴介助の補助をしながら柴崎さんの観察をし
last updateLast Updated : 2026-09-12
Read more

第2章 第2話 お買い物

朝からタンスやスーツケースから服を引っ張り出し、鏡でチェックする。が、どうにも私の服は可愛くない…。それもそうか、服を買うなんて考えてもなかった。いつもの普段着でスニーカーだけど、買い物に行くだけなんだから。気持ちが落ち着かない、待ち合わせ時間は10時30分。それにしてもフィリピン料理を作れるんだろうか。元の味を知らずに作るつもりなのかな?思わず笑ってしまう。冷静沈着な柴崎さんだが、今回はなんだか抜けている。それなら私が作ったものを食べてから買い物したら良いのに。「面白い人だ」自然と言葉が出ていた。待ち合わせ場所に向かうとすでに到着していた。「遅れてすみません…」「いえいえ、今日はありがとうございます」今日は笑顔が見える、元気になったのかな?「今日は以前、マリアさんが言われていたアドボやシニガンを作ってみたいので少し遠いですがフィリピンの調味料なども売っているスーパーに行きましょう」「え!そんなお店があるんですか?」嬉しさのあまり大きな声が出てしまった。日本の調味料にも慣れてきたし美味しく新鮮な食材ばかりだけどやはり故郷の調味料が欲しい。「では行きましょうか」柴崎さんの声で我に返ると、車へ誘導される。車内では仕事の話をしていた。何を聞いても明確に返答をしてくれ、タガログ語も使いながら話しをしてくれている。いつもの柴崎さんだと安心していた。安心したせいか今朝のことを思い出し、自然と笑いが込み上げる。「どうしましたか?」柴崎さんは不思議そうに聴いてくる。「柴崎さんは食べたことがない食べ物を作るんですから、美味しいとか美味しくないとかわかりませんよね?」「あっ…そうか…」そう言うと二人で笑っていた。到着するなり私のテンションが上がっていた。案内されたスーパーは多国籍の調味料や食材を取り扱う専門店だった。「あ!タマリンド調味料
last updateLast Updated : 2026-09-13
Read more

第2章 第3話 手料理

台所ではお母さんからフライパンなど必要な器具を出してくれている。私は購入した食材を洗いながら切り分けていく。「何って料理を作るん?」「アドボとシニガンです、フィリピンでは母が作ってくれてました」「母さん、邪魔になるから椅子に座りなよ…。」もはや職場の柴崎さんではない。どんな高齢者にも好かれている柴崎さんが困惑している。それがとても可笑しくて仕方ない。「私の家では豚肉より鶏肉でアドボを作ってましたが鶏肉は食べれますか?」「歯が丈夫でないから柔らかければ食べれるんよ」「わかりました」食材を鍋に入れ、調味料で味付けしながら母さんから教えてもらった隠し味を一つまみ…。その間にシニガンを作り始める。たくさん野菜を入れてタマリンド、隠し味に醤油を入れる。「醤油そんなに入れたら辛ろうなるんやない?」「もう、鍋の肉は煮付いとらん?」後ろからお母さんが声を掛けてくれているが、「大丈夫、大丈夫。任せて下さい」と、相槌をしていると、「母さん、もう邪魔になるからリビングに行ってよ…」今は柴崎さんが一番忙しそうだ。と思うと笑いが込み上げる。完成した料理をリビングに運び、皆で手を合わせ「いただきます!」と、箸をとる。「お口に合うか心配です…」柴崎さんが小皿に取り分け、お母さんはアドボを口に入れる。「うん、うん!うん!」「美味しい!マリアさん、美味しいよ」パクパク食べてくれている。安堵していると、「見た目よりコクもあるから砂糖かな?」「私の母の隠し味が砂糖なんです。よくわかりましたね、びっくりしました。」「はあ、こりゃ美味しい食べ物やねぇ。マリアさんのお母さんは料理上手やなあ」私の料理だけでなく母を褒めてくれている。「こちらも食べてみよかね」シニガンを口に入るなり、野菜を食べる箸が止まらない。「酸味がお酢と違うけど、野菜に合う酸味やね。これも美味しいわ」「野菜嫌いな母さんが食べるんやな…。」柴崎さんは呆気にとられた顔をしている。「野菜嫌いでしたか?」と尋ねると、「僕の作る料理は野菜を箸でつまみ出されてます」と苦笑い。「夏にはこの料理を食べたら良いね。本当に美味しいわ」とても高齢者の食欲とは思えないスピードで食べてくれている。料理を食べてくれるのが嬉しいだけではなかった。日本にくるまでは食卓で家族と食べて過ご
last updateLast Updated : 2026-09-14
Read more

第2章 第4話 温度差

今日は朝から髪の毛を整えたり、薄く化粧をしていた。職場に行くのが今日は嬉しい。 勤務表を見ると今日は柴崎さんが居る。 他の実習生たちとシフトが同じではあるが、一緒の空間で働けていると気持ちも高揚していた。 グエンは呆れた顔しながら、 「マリアはわかりやすいから態度には気をつけないといけないよ?」 などと、軽口を叩く。 「変な想像しないでよね、私は別に何もないから」 背を向け私も言い返す。 グエンは夜勤前なのに、わざわざ早起きして見送ってくれた。 なんだかんだでグエンは優しい女性だと思う。 職場で朝礼後、各業務を行っていると後輩の実習生に、 「あ、その方は水分多めでお願いします。また見に来るので困ったら報告して下さい」 私は知っている、それは柴崎さんの思いやりだから。 そして私のところに来て、 「コップが足りなかったから気を付けて下さい」 注意して去って行く…。 「あんなに仲良く話してたのに…」 素っ気なく、しかも注意され他の実習生と同じ様な口調。 朝の高揚は一気に冷めていた。 「仕事中だからかな?」 今日は単に機嫌が悪いだけかもしれない。帰りに声を掛けてみよう。 終業時間になり、夜勤者のグエンたちに引き継ぎしてロッカーに戻っていると前から柴崎さんが歩いてきた。 軽く会釈をされ通りすぎる…。 「ちょ、ちょっと柴崎さん良いですか?」 あまりの態度に私も我慢の限界だ。 「はい?なんでしょうか?」 なんだ?ではない…。どこから詰めていこうかと思ったが、 もしかして、この人…。 何も考えてないのではないか…。 浮かれた私は、一人で高揚していただけで他の実習生と同じ扱いではないのか? 「なんでもないです、お疲れ様でした」 振り返り歩いて玄関まで行くが呼び止めもしない。 「Tanga ka!」(馬鹿!) 思わず口から漏れてしまった…。 外はまだ明るいのに気持ちは暗く虚しい気分だった。 寮まで歩きながら考えていた。 やっと柴崎さんを理解し始めていたと思っていたのに、また距離を感じる。 私が実習生だから? いや、私が外国国籍だからか? だとしたら、私の勘違いか…。 在留カードには更新期限が記載されている。 技能実習生としては三年、特定技能になればさらに二年延長は可能だ。 仕事は嫌いではないし国家試験
last updateLast Updated : 2026-09-15
Read more
PREV
123
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status