鳥居の向こうで、無数の人影が揺れていた。 顔は見えない。 男なのか、女なのか。 大人なのか、子どもなのか。 ただ、人の形をした黒い影だけが、水の向こう側からこちらを見ている。「……あれ、人間?」 タカオミが小さく言った。「わからない」 イズミは黒い本を握ったまま、鳥居から目を離さなかった。 石の表面を流れる水は、相変わらず下から上へ昇っている。 あり得ない光景。 それなのに、見ているうちに奇妙な感覚が生まれてくる。 前にも来たことがある。 そんな気がした。「イズミ?」 マキヒトの声で我に返る。「どうした」「……何でもない」「嘘だな」「何でわかるのよ」「刑事だったからな」「元、でしょ」「そういうところは変わらない」 マキヒトがイズミの前へ出た。 手には、先ほど現れた剣。「俺が先に行く」「待って。危険かもしれない」「だからだ」「だからって――」 マキヒトが振り返った。「俺から離れるな」 低い声。 イズミは一瞬、言葉を失った。「……何よ、それ」「死なれたら困る」「誰が死ぬって?」「お前」「縁起でもないこと言わないで」 後ろでタカオミが咳払いした。「お二人とも、鳥居の前でそういうのやめてもらえます?」「どういうのよ!」「知りません」「タカオミ!」 くるみだけは笑わなかった。 鳥居を見つめたまま、唇を固く結んでいる。「紫乃さん?」「……聞こえる」「何が?」「たくさんの声」 くるみが耳を押さえた。「返して、って」「何を?」「記憶」 イズミの表情が変わった。 その瞬間。 黒い本が勝手に開いた。《第一神域》《記憶領域への侵入を許可》「記憶領域……」 タカオミが読む。《侵食率 十二パーセント》「侵食率?」 イズミがページに触れる。 新しい文字。《失われた記憶を回収してください》《制限時間――》 文字が止まった。 そして。《ありません》「ないの?」 タカオミが眉をひそめる。「逆に怖いな」 マキヒトが言った。 チリン。 チョコが鳥居をくぐった。「あっ、チョコ!」 白い尻尾が水の向こうへ消える。「行くしかないみたいね」 イズミが一歩踏み出す。 マキヒトが剣を構え、その隣に立った。「俺が先だ」「はいはい」「返事が軽い」「元刑
Dernière mise à jour : 2026-09-06 Read More