チリン。 鈴の音がした。 イズミたちのいる読者領域ではない。 もっと近い。 ページの向こう。 こちら側で。 チリン。 「……チョコ?」 イズミが振り返る。 おむた 白狐は、くるみの足元にいた。 紫の紐。 小さな鈴。 けれど。 チョコは動いていない。 「今の、チョコじゃない」 琴乃が呟いた。 「じゃあ、何だ?」 マキヒトが剣に手をかける。 誰も答えられない。 黒い本には、第二十九話の最後の文章が残っていた。 《次の観測対象――読者》 その文字が。 一文字ずつ消えていく。 《次の観測対象――》 《観測対象――》 《対象――》 そして。 白紙。 「消えた……」 タカオミが手帳を開く。 「こちらには残っています」 彼の記録には、確かに書かれている。 『次の観測対象――読者』 「消されたわけじゃない」 イズミが言う。 「本の表示だけが変わった」 「何かが始まるのかもしれません」 くるみが周囲を見回す。 「……静かすぎます」 さっきまで無数に浮かんでいた光。 採用されなかった物語。 途中で閉じられた物語。 忘れられた物語。 すべて消えていた。 真っ暗な空間に。 イズミたちだけがいる。 いや。 「……違う」 琴乃が、上を見た。 「何?」 「何かある」 イズミも見上げる。 暗闇の遥か上。 小さな四角い光。 「窓?」 「にしては変ですね」 タカオミが目を細める。 「光源が一定です」 四角は、ゆっくり大きくなった。 そこに。 文字が現れる。 『第三十話』 イズミの顔が強張った。 「……また」 次。 『こちら側』 琴乃が息を呑む。 「私たちの話……」 「いや」 タカオミが否定した。 「見てください」 四角の下。 小さな記号。 さらに。 文字。 それは、本のページではなかった。 縦長の光。 黒い背景。 白い文字。 その表面を。 何かが滑った。 「……指?」 イズミが呟く。 人間の指。 画面を下から上へ動かしている。 文章が流れる。 『チリン。』
Last Updated : 2026-09-26 Read more