白い草原に、静寂が戻っていた。 砕け散った石碑の跡には、何も残っていない。 つい先ほどまで、そこに小さな少女がいた。 白い狐を抱き、寂しそうに微笑んでいた少女。『わたしの名前を、探して。』 その声だけが、イズミの耳に残っていた。「……名前、か」 イズミは手の中の紙片を見つめた。『最初の物語は、まだ始まっていない。』 何度読み返しても、文字は変わらない。「どういう意味なんだろう」 アカリが隣にしゃがみ込んだ。「最初の物語って、もう書かれていたんじゃないの?」「そう思ってたんだけどね」 イズミは紙片を裏返した。 何も書かれていない。「書いた人もいる。記録も残ってる。それなのに、まだ始まっていないって……」「何かが足りないのでしょう」 タカオミが静かに言った。 彼は手帳を開き、先ほどの出来事を整理していた。『名前のない少女を確認』『同一の外見的特徴を持つ白狐二匹を観測』『少女の識別情報――不明』『原点への接続――遮断』 そこまで書いたところで、ペンが止まった。「……一つ、気になることがあります」「何?」「少女は、自分の名前を探してほしいと言いました」「うん」「しかし、名前が存在しないとは言っていません」 イズミが顔を上げる。「つまり?」「忘れられたのか、隠されたのか、最初から名付けられていないのか。現時点では判断できません」「そうだね」 イズミは頷いた。「じゃあ、まずはそれを調べよう」 マキヒトが腕を組む。「簡単に言うなよ。手掛かりは紙切れ一枚だぞ」「二枚あるよ」「は?」 イズミは足元を指さした。「チョコ」 チリン。 白狐が顔を上げた。「こいつが手掛かり?」「だって、あの子が抱いていた狐とそっくりだったでしょ」「そっくりどころじゃねえ。同じに見えた」「でも、あの子は違うって言った」 イズミはチョコを抱き上げた。「ねえ、チョコ。あなた、あの子を知ってる?」 白狐は、じっとイズミを見つめた。 紫の紐。 小さな鈴。 ふわふわの白い毛。 いつもと変わらない姿だった。 けれど、その瞳には、どこか悲しげな光が宿っているように見えた。「……答えられないのかな」 イズミが呟く。 チョコは小さく鳴いた。 チリン。「無理に聞かなくてもいいよ」 琴乃が、そっと手を伸ばし
Last Updated : 2026-10-10 Read more