Lahat ng Kabanata ng 『氷河末世で殺された私、30日前に回帰して百億の物資を異空間へ備蓄します ~凍えて助けを求めても、二度と扉は開けません~: Kabanata 41 - Kabanata 50

56 Kabanata

第41話 善意を着た調査員

第41話 善意を着た調査員 北辰統合区の調査班は、約束した日の午前十一時過ぎに市立病院へ到着した。 先頭を走ってきたのは、車体を橙色に塗った大型雪上車だった。側面には北極星を模した青い印と、「北辰統合区・救援支援班」という文字が大きく描かれている。その後ろには資材運搬用の履帯車が続き、屋根には折り畳み式のアンテナと投光器が取りつけられていた。 吹雪の中でも見つけやすい色と標章は、救助車両として理にかなっている。しかし、それだけ目立つ車で移動できるのは、襲撃されても対処できる自信があるからでもあった。 白川恋は病院の屋上から車両の接近を確認し、隣に立つ相馬へ声をかけた。「予定より一人多く見えます」「通信では六人と言っていましたよね。運転手を数えていなかったのか、それとも当日になって追加したのか」「どちらにしても、入口で確認します。人数が違う以上、全員を中へ入れる必要はありません」 恋の手元にある端末には、病院内の立ち入り区分が表示されていた。緑は診療と設備点検を認める区域、黄は職員の同行が必要な区域、赤は薬品庫、食料庫、発電機の燃料保管庫、通信室である。患者の個人記録や病院と避難所を結ぶ交易路の資料も、すでに施錠できる部屋へ移していた。「本当に救援が目的なら、そこまで警戒されると気分を悪くしませんか」 相馬が尋ねた。「気分を悪くしたという理由で規則を破ろうとするなら、なおさら入れられません。あなたも、病院の外で見つけた親子をそのまま避難所へ連れて帰らなかったでしょう」「あの二人には発信器が仕込まれていた。でも、今回は北辰統合区が身元を明かして来るんです」「身元を明かした人間は、嘘をつかないのですか」「そこまでは言っていません。今日くらいは、人を疑う役を白川さん一人に任せず、俺も引き受けますよ」 相馬は屋上の縁から離れ、先に階段へ向かった。姉の千尋から、自分だけが危険な役目を背負うなと言われたばかりでありながら、恋に同じことを言っている。その矛盾を指摘すれば意地になると思い、恋は黙ってあとを追った。 雪上車は、病
last updateHuling Na-update : 2026-10-07
Magbasa pa

第42話 右手を見た者

第42話 右手を見た者 発信器を仕込まれた樹脂ケースは、翌朝、旧消防署へ運ばれた。 病院と避難所の中間にある建物で、周囲には人家が少なく、避難所へ続く経路も知られずに済む。恋たちは発信器を再び起動させたあと、ケースを二階の通信室へ置き、監視カメラと音声記録装置を設置して退避した。 発信が再開してから四時間後、北辰統合区の標章をつけていない小型雪上車が消防署の近くへ現れた。 車両から降りたのは二人。どちらも白い防寒服を着ており、病院へ来た調査班の者ではなかった。二人は携帯式の受信機を使って建物の周囲を歩き、雪面に残った履帯跡や入口の状態を撮影した。中へ踏み込むことはせず、二十分ほどで車両へ戻っている。 監視映像を見終えた橋本は、机の上へ両手を置いた。「これで、発信器が故障確認のための部品だったという言い訳は通りませんね。箱の移動先を探りに来たのは間違いない」「ただ、北辰統合区の命令で来たとは限らないでしょう」 柏木は映像を巻き戻し、雪上車の側面を拡大した。「標章も所属表示もない。発信器を仕込んだ者が、組織に隠れて独自に情報を集めている可能性もある」「六百人もいる組織なら、勝手に動く者がいても不思議ではありませんね」 真帆が腕を組んだ。「片瀬先生が知らなかった可能性も残っています。あの人は実際に患者を治療したし、紗良ちゃんの薬も適切でした。箱に発信器が入っていたからといって、北辰統合区の全員が同じ目的だと決めつけるべきではありません」「だからこそ厄介なんです」 恋は監視映像を停止した。「組織の一部だけが行ったことなら、責任者は知らなかったと言えます。責任者の指示なら、現場の人間は命令に従っただけだと言える。誰が何を知っていたのか分からないまま、援助だけは本物として届く。こちらが関係を切れば、患者を見捨てたように見える仕組みです」「では、今後は北辰統合区から何も受け取らないのですか」 柏木の問いには、片瀬たちとの協力を失いたくない気持ちが表れていた。「受け取ります。ただし、すべて検査
last updateHuling Na-update : 2026-10-08
Magbasa pa

第43話 元彼が差し出した右手

第43話 元彼が差し出した右手 水城拓斗が白川恋へ送る映像を撮影する一時間前、北辰統合区の管理棟では、彼の価値を決める面談が行われていた。 部屋には暖房が効いていたが、快適と呼べるほどではない。壁際に置かれた温度計は十二度を示し、住民区画より温かい代わりに、長居を歓迎しない程度の寒さが残されている。 拓斗は薄いスープと雑穀飯を平らげたあと、空になった食器を名残惜しそうに見つめていた。北辰統合区へ保護されるまでの数日間、彼は菓子の欠片と雪を溶かした水だけで生き延びていた。味の薄い食事でも、温かく、決められた時間に出てくるというだけで涙が出そうになる。 もっとも、正面に座る男の前で、弱った姿を見せるつもりはなかった。 北辰統合区代表、御厨慎吾。 六十歳を過ぎているはずだが、背筋は伸び、灰色の作業服にも皺がない。机の上には拓斗の供述記録、病院から集めた情報、白川恋に関する報告が並べられていた。「君は、白川恋さんと以前、交際していたそうだね」「以前というか、ちゃんと別れたわけじゃないんです。少し距離を置いていただけで、あいつは感情的になって俺を避けているだけです」 拓斗は、自分でも苦しいと分かる説明を、ためらわず口にした。ここで単なる元恋人と認めれば、価値は下がる。今も恋へ影響を与えられる人間だと思わせなければならない。「彼女は、君をすべての連絡先から遮断し、警察へ相談した記録もある。それでも関係が続いていると考えているのか」「女は、本気で嫌いな男にそこまでしませんよ。どうでもいいなら無視して終わりです。あいつは俺を意識しているから、わざわざ警察まで呼んだんです」 御厨は否定も肯定もせず、供述記録へ視線を落とした。相手の愚かさを笑わず、言葉の中から利用できる部分だけを拾う顔だった。「では、君なら彼女を説得できると?」「できます。やり方を間違えなければ」「そのやり方を聞きたい」 拓斗は身を乗り出した。ようやく自分の出番が来たと思った。「恋は、正面から命令されると絶対に逆らいます。自分が正しいと決めたら、
last updateHuling Na-update : 2026-10-09
Magbasa pa

第44話 救助された者、管理される者

第44話 救助された者、管理される者 地下駐車場の出入口を塞いでいた雪は、もはや雪と呼べる柔らかさを失っていた。何度か気温が上下したせいで表面だけが溶け、そのたびに凍り直した氷塊は、コンクリートの壁に食い込むように固まっている。北辰統合区の工作班が動力切断機を押し当てると、耳障りな金属音が吹雪の底まで響き、青白い火花が黒い空気を細かく裂いた。 水城拓斗は雪上車の陰に立ち、厚手の防寒手袋をこすり合わせながら作業を眺めていた。北辰統合区から支給された防寒着は、それまで着ていたものとは比べものにならないほど暖かい。胸元には《外部情報協力員》と印字された仮の身分証が下がっており、それを見るたび、彼は自分が選ばれた側へ移ったのだと実感できた。「本当に、この奥に人が残っているんだろうな」 有馬征司が呼吸器越しに尋ねてきた。責める口調ではなかったが、拓斗はかえって緊張した。有馬は声を荒らげない。その代わり、一度でも役に立たないと判断した相手を、次から計算に入れなくなるような冷たさがあった。「間違いありません。黒岩って男が仕切ってた地下駐車場です。白川のところへ逃げた連中もいますけど、全員が移ったわけじゃない。黒岩は自分の言うことを聞く人間を残してましたし、村田夫婦も、ほかに行くところがないから合流してるはずです」「残っている人数は」「正確には分かりません。ただ、十人や二十人はいると思います。黒岩は食料を抱え込んでましたから、ほかの避難所よりは長く持ったはずです」 拓斗が自信ありげに言い切ると、有馬はそれ以上問い詰めず、作業員へ合図を送った。切断機が止まり、代わって油圧ジャッキが差し込まれる。氷と鉄板がこすれ合う鈍い音のあと、わずかに開いた隙間から、湿った布と排泄物、燃え残った灯油が混じった臭いが漏れ出した。 救助班の一人が懐中電灯を差し込み、「北辰統合区の救援部隊です。中に人がいるなら返事をしてください」と声を張った。 しばらくは風の音しか返ってこなかった。やがて地下の奥から、何かを引きずる音が近づいてきた。「救援って、本当か。食べ物があるのか」 かすれた男の声に続いて、何人もの足音が
last updateHuling Na-update : 2026-10-10
Magbasa pa

第45話 凍結した種子保管庫

第45話 凍結した種子保管庫 県立農業技術研究センターへ向かう道は、地図の上では三十キロにも満たなかった。しかし、文明が機能していた頃の三十キロと、雪に沈んだ世界の三十キロは、同じ数字で呼ぶこと自体が間違いに思えるほど違っていた。 午前四時過ぎ、白川恋たちを乗せた雪上車はシェルターを出発した。空は夜の色を残していたが、地平線に近い雲だけが鈍い灰色へ変わり始めている。車体前部の投光器に照らされた雪は、風に削られて細かな砂のように舞い、道路と歩道の境目は完全に消えていた。 運転席では相馬がハンドルを握り、助手席に座った橋本が古い道路地図と衛星測位端末を交互に見ていた。後部座席には恋と山岸真帆が乗り、その後ろの貨物区画には保温箱、簡易発電機、蓄電池、医療用品、牽引式の密閉コンテナが固定されている。 種子を異空間へ入れることはできない。外見も鮮度も変わらないまま保存されたとしても、発芽する力だけが失われると分かった以上、生きた種を運ぶには物理的な容器と車両が必要だった。その当たり前の制約が、無限容量という能力に慣れかけていた恋へ、物資には重さがあり、場所を取り、運ぶ者を危険にさらすのだと思い出させていた。「この先、左側に川がある。ガードレールが埋まっているから、端へ寄せすぎないでください」 橋本が地図へ指を置くと、相馬は速度を落とした。「分かってる。ただ、右へ寄せると放置車両の列に当たる。雪の下に何台あるか見えないから、中央を少しずつ削って進むしかないな」「センターまで何時間かかりそうですか」 真帆が尋ねると、相馬はフロントガラスの向こうを確かめながら答えた。「何も起きなければ三時間半。でも、今まで何も起きなかった道なんてないでしょう。五時間で着けば上出来だと思ってください」「救難通信では予備電源が残り三十時間前後と言っていたけれど、あれから六時間近く経っているわ。途中で燃料配管が凍ったり、蓄電池が急に落ちたりすれば、計算どおりにはもたないかもしれない」「だから飛ばしたいんですが、雪の下へ突っ込んで動けなくなったら、もっと遅れます」 相馬の返答には苛立ちではなく、
last updateHuling Na-update : 2026-10-11
Magbasa pa

第46話 零下九十度の争奪戦

第46話 零下九十度の争奪戦 北辰統合区の大型雪上車は、吹雪を押し分けるように研究センターの前庭へ入ってきた。先頭車両の排気口から吐き出される白煙は、風に散るより早く細かな氷の粒へ変わり、後続車両の投光器を曇らせている。三台とも車体の側面に北辰統合区の標章を掲げ、屋根には荷物を固定するための金属枠と、周囲を監視するカメラが取り付けられていた。 外気温はすでに零下八十一度まで落ちていた。研究棟の壁が風を受けるたび、古い配管が軋み、天井からは細かな埃が落ちてくる。発電機は辛うじて動いているものの、照明は安定せず、数秒おきに明るさが変わっていた。 白川恋が玄関ホールへ向かうと、相馬と橋本も機械室から戻ってきた。応急処置を終えたばかりなのか、二人の防寒着には油と融雪剤が付着している。「発電機はどれくらいもちますか」 恋が尋ねると、橋本は手袋を外しながら首を横に振った。「分かりません。循環ポンプそのものが限界です。制御盤は動くようにしましたが、流量が安定しない。十分もつかもしれないし、次の瞬間に止まってもおかしくありません」「保管庫の種子は半分ほど積み込みました。残りを急ぎます」「北辰が素直に積ませてくれればいいがな」 相馬は玄関扉の向こうを見た。正面に停車した車両から、有馬征司を先頭に八人ほどが降りてくる。全員が白い耐寒服を着込み、腰には拳銃か警棒を装備していたが、銃を手に構えている者はいない。その後ろには医師の片瀬美鈴と、設備技師の秋山の姿もあった。 恋は右手の防護具を確かめたあと、榊原克己と皆川理恵を伴って玄関へ出た。外扉を一度開けただけで、冷気が建物内のわずかな温もりを削り取る。救援隊が全員入ると、相馬はすぐに扉を閉め、内側の留め金を掛けた。「こんな形で再会するとは思いませんでした、白川さん」 有馬は呼吸器を外し、凍りついた表面を手袋で払った。病院で会ったときと同じく、声には敵意も親しみもない。ただ、背後の隊員が玄関と廊下へ分かれ、周囲を確かめる動きには無駄がなかった。「私もです。救難通信を受け、研究員七名の救助と種子保管庫の維持に来ました。現在、研究員の許
last updateHuling Na-update : 2026-10-12
Magbasa pa

第47話 城の中に持ち込まれた目

第47話 城の中に持ち込まれた目 零下九十度を下回る吹雪は、道路だけでなく音の距離まで狂わせていた。 先行する北辰統合区の雪上車は、数十メートル先を走っているはずなのに、白い闇の中では赤い尾灯が浮かんでは消えるだけだった。無線から聞こえる有馬の声にも絶えず雑音が混じり、ほんの数秒通信が途切れるたび、相馬は前方の車両が別の道へ消えたのではないかと疑わなければならなかった。「道路標識が見えました。次の交差点を南へ曲がれば、市立病院までおよそ四キロです」 助手席の橋本は、雪上車の揺れに耐えながら測位端末を確認していた。衛星からの信号は不安定で、地図上の現在位置は数十メートル単位で前後している。それでも、病院との交易路に設置した反射標識が残っているため、完全に進路を見失うことだけは避けられた。 運転席の相馬は、フロントガラスへ張りついた氷を除去する装置を何度も作動させた。温められた部分から薄い氷が剥がれた直後、その上を新しい霜が覆っていく。「前の車が曲がりました。橋本さん、標識の番号を確認してください。ひとつ間違えただけでも、除雪されていない住宅地へ入ったら終わりです」「第三標識を通過しました。道は合っています。ただ、病院から応答がありません」「この寒波で中継器が止まったのかもしれないな」 相馬の声には、焦りを表へ出さないための硬さがあった。後部では山岸真帆が、担架に固定された藤堂直哉の呼吸を確認している。藤堂は一度だけ薄く目を開けたが、名前を呼んでも意味のある返事はできず、再び意識を失っていた。 その隣では、皆川理恵が培養株を収めた保温箱の温度を監視し、榊原克己は乾燥種子の記録表を胸に抱えていた。人間と種子は同じ車両へ詰め込まれていたが、どちらも代わりが利かないという一点では変わらない。 白川恋は、温熱材で包まれた右手を膝の上へ置き、指先の感覚が戻るのを待っていた。刺すような痛みがあるうちは、まだ神経が生きている。真帆には絶対に右手を使うなと言われたものの、帰路で車両が動けなくなれば、守れるかどうかに関係なく使うことになるだろう。「恋さん、また右手のことを考えているでしょう」
last updateHuling Na-update : 2026-10-13
Magbasa pa

第48話 百億円の城より強いもの

第48話 百億円の城より強いもの 北辰統合区からの通告は、途中で一度も途切れなかった。 御厨慎吾の声は、怒鳴りつけるわけでも、露骨に脅すわけでもなく、あくまで地域全体の安全を考える責任者として語りかけてきた。その落ち着きが、白川恋にはかえって不気味だった。人を力で従わせようとする者が声を荒らげるとは限らない。相手の選択肢を一つずつ潰し、最後に残った道を自分から選ばせれば、命令さえ必要なくなる。『第一に、白川恋さんは北辰統合区の保護下へ入り、その特殊能力を地域住民の生存のために運用してください。能力の所有を主張するつもりはありませんが、保管物資の出し入れを一個人の判断だけに委ねることはできません。医療、食料、燃料、衣類、機械部品などの取り出しは、北辰統合区の資源管理部門が優先順位を決定します』 能力の所有を主張しないと言いながら、使い方を決める権利は渡せという。言葉を丁寧に整えただけで、意味は拘束と変わらなかった。『第二に、白川拠点が保有する武器、車両、発電設備、燃料、医薬品、食料、種子の全在庫を開示し、共同資産として登録してください。登録後も生活に必要な設備は現地で使用できますが、余剰物資は地域全体へ再分配します』 恋の異空間にある物資は、正確な総量を数えることさえ難しい。百億円を超える金額を費やして集めた食料や燃料、機械、医薬品は、このシェルターの人々だけなら長期間支えられる。しかし、六百人を超える北辰統合区へ流れ込めば、消費の速度は桁違いに上がる。『第三に、そちらの全住民を北辰統合区の保護対象として登録します。希望者は統合区へ移住でき、現地に残る場合も食料支援と医療を受けられます。ただし、地域の安全を損なう独自の武装、未登録通信、無許可の物資移動は認められません』 保護という言葉のあとへ、武装解除と通信統制が続く。藤堂直哉から聞いた北辰の暮らしを考えれば、移住者が暖房も食事も医療も得られるのは本当だろう。その代わり、どこへ行き、誰と話し、何を持つかまで管理される。『本日十八時までに受諾の意思を示してください。応答がない場合、北辰統合区は白川拠点を地域救援活動へ協力しない武装集団と判断します。その際は、交易路の利用停
last updateHuling Na-update : 2026-10-14
Magbasa pa

第49話 設計図を知る人質

第49話 設計図を知る人質 北辰統合区へ連行された真壁は、目隠しを外された直後、部屋の天井を見上げた。 配管が露出した古い事務室だった。壁には断熱材が追加され、窓は金属板で塞がれている。天井の隅には監視カメラがあり、机の下を通る暖房管からは、一定の間隔で金属の膨張する音が聞こえていた。 室温は十五度ほどだろう。暖かいとは言い難いが、資材倉庫の作業区画よりは高い。北辰統合区は、拘束した人間へ寒さを与えて口を割らせるような場所ではないらしい。少なくとも、最初から暴力へ頼るほど無計画ではなかった。 両手を前で固定していた結束具は、椅子へ座らされると外された。代わりに、扉の両側へ警備員が立つ。机上には白湯の入った紙コップと、個包装された栄養補助食品が置かれていた。「食べても構いません。毒も薬も入っていません」 向かいに座った御厨慎吾が言った。「そう言われて、はいそうですかと食えるほど、俺は素直に見えるか」「素直な方なら、ここへ来てもらう必要はありませんでした」「なるほど。人を攫った自覚はあるんだな」「保護です。資材倉庫は警備も医療も不足し、現在の寒波を単独で耐えられる状況ではありません。抵抗による負傷者を出す前に、責任者である真壁さんへ事情を説明する必要がありました」「保護する相手の腕を押さえて車へ乗せるのが、あんたたちの礼儀か」「拒否されると分かっていても、話し合わなければならない場合があります」「それを世間じゃ強制って言うんだよ」 真壁は紙コップへ手を伸ばさなかった。喉は渇いていたが、御厨の前で与えられた物をすぐ口へ運べば、ほんのわずかでも主導権を渡したように思えた。そんな意地に意味がないと分かっていても、人間は意味のない部分にこそ自分を残そうとする。 御厨は言い争わず、一枚の図面を机上へ広げた。 真壁が白川恋から依頼を受け、元診療所兼住宅を改修した際の設計図だった。壁の補強、防爆扉、発電設備、地下室の位置、給排気管、貯水設備の概略が記されている。ただし、工事初期の図面であり、施工中の変更はほとんど反映されていな
last updateHuling Na-update : 2026-10-15
Magbasa pa

第50話 図面にない一本の配管

第50話 図面にない一本の配管「図面にない一本を探してください」 恋がそう告げた時、食堂の壁時計は午前三時を過ぎていた。暖房機の低い唸りと、屋外を削るように吹き荒れる風の音が、分厚い壁を隔てて重なっている。誰も眠気を口にしなかったが、橋本が資料箱を持ち上げるたびに腰をかばい、小野寺が老眼鏡の位置を何度も直しているのを見れば、全員が疲れ切っていることは明らかだった。 それでも、真壁が残した言葉を朝まで寝かせておく気にはなれなかった。彼は北辰統合区の監視下にあり、倉庫の仲間を人質に取られたも同然の立場で、あえて工事現場の話をした。言葉を選び損ねれば裏切り者と見なされ、暗号だと悟られれば、自分だけでなく仲間まで危険にさらされる。その状況で差し出した手掛かりを、受け取る側の都合で後回しにはできない。 橋本は食堂の長机に、工事関係の書類を年代順に並べていった。正式な設計図、追加工事の見積書、納品書、作業員の入退場記録、現場写真を印刷した冊子まである。箱ごとに管理番号を振っていた彼でさえ、資料の多さにはうんざりした顔を隠さなかった。「真壁さんは、南へ下がれと言っていました。普通に考えれば、南側に何かあるという意味でしょう。ただ、ここの正式図面を見る限り、地下から南へ延びているのは生活排水管と雨水管くらいです。どちらも人間が通れる太さじゃありません」「正式図面を見る限り、というところが肝なんでしょうな」 小野寺は設計図を手のひらで押さえ、配管を示す細い線を指先でなぞった。長年、電気設備の図面と実物の食い違いに悩まされてきた男の指だった。爪の脇には、工具でこすった古い傷が幾つも残っている。「建物というものは、紙の上ではずいぶん素直にできています。線はまっすぐで、寸法もきちんと収まっている。しかし、実際の地面には昔の配管もあれば、誰が埋めたか分からん基礎もある。掘ってみて初めて、図面どおりには通せんと分かることも珍しくないんです。真壁さんの言った『墨で引いた線だけを信じるな』は、現場を見ろという意味でしょう」「問題は、どこを見ればいいかですね」 恋は包帯を巻いた右手を胸元に引き寄せた。指先の感覚は戻りつつあるものの、銀色
last updateHuling Na-update : 2026-10-16
Magbasa pa
PREV
123456
I-scan ang code para mabasa sa App
DMCA.com Protection Status