『氷河末世で殺された私、30日前に回帰して百億の物資を異空間へ備蓄します ~凍えて助けを求めても、二度と扉は開けません~

『氷河末世で殺された私、30日前に回帰して百億の物資を異空間へ備蓄します ~凍えて助けを求めても、二度と扉は開けません~

last updateLast Updated : 2026-10-22
By:  常陸之介寛浩Updated just now
Language: Japanese
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零下七十度の氷河末世。白川恋は、情けで家に入れた元恋人・水城拓斗に暴行され、物資と最後の防寒着まで奪われた。強欲な隣人たちが見て見ぬふりをする中、彼女は凍死する。しかし目を覚ますと、世界が凍る三十日前に戻っていた。右手には、時間が停止し、無限に物資を収納できる異空間が宿っている。今度こそ誰も信じない。恋は全財産を投じ、食料、医薬品、燃料を買い集め、防爆シェルターを築き上げる。そして氷点下六十度の吹雪が街を襲った夜、かつて彼女を殺した者たちが扉の外で助けを乞う。「開けてくれ、凍え死ぬ!」――恋は暖かな部屋から冷たく告げた。「二度目の人生でまで、あなたたちを助けると思った?」

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Chapter 1

第1話 私を殺したのは、寒さだけではなかった

第1話 私を殺したのは、寒さだけではなかった

 零下七十度まで冷え込んだ夜、街の外れに建つ小さな避難小屋は、吹雪に削られながら低い悲鳴を上げ続けていた。

 板で塞いだ窓を氷の粒が絶え間なく打ちつけ、屋根を覆った分厚い雪が、古びた梁を今にも押し潰そうとしている。室内に残された暖房器具はとっくに燃料を使い果たし、床にも壁にも白い霜が広がっていた。吐いた息は顔の前で凍りつき、わずかに残っていた体温さえ、隙間風に少しずつ奪われていく。

 白川恋は、凍りついた床に頬を押しつけたまま、うまく動かなくなった指を必死に握ろうとしていた。殴られた左の頬は熱を失っているはずなのに、骨の奥だけが焼けるように痛み、切れた唇から流れた血は、顎に届く前に赤黒く固まっていた。

「お願い……それだけは、持っていかないで。食べ物は渡すから、その上着だけは返して。今夜、この寒さで何も着なかったら、本当に死んでしまう」

 自分の声とは思えないほど弱々しい声だった。歯が激しく鳴り、言葉の途中で何度も舌を噛みそうになったが、それでも恋は、目の前に立つ男の足首へ縋りついた。

 水城拓斗は、恋が最後まで手放さなかった厚手の防寒着を抱え、面倒そうに眉をひそめていた。氷河末世が始まる前、彼は恋と二年間付き合っていた元恋人だった。金遣いが荒く、仕事も長続きせず、都合が悪くなるたびに涙を見せて謝る男だったが、恋はそのたびに「誰にでも失敗はあるから」と自分を納得させ、別れてからも完全には突き放せずにいた。

 世界が凍り始めたあの日も、拓斗は恋の避難先を突き止めてやって来た。玄関の外で震えながら、「一晩だけでいい。朝になったら必ず出ていくから」と何時間も哀願したのだ。

 恋は迷った末に扉を開けた。かつて愛した人間を、目の前で凍死させることなどできなかった。

 その決断が、自分の命を奪うことになるとも知らずに。

「死ぬって言われても、俺だってこれがなきゃ死ぬんだよ。おまえは下にまだ何枚も着ているだろう。俺なんか、この薄いジャンパー一枚で、ここまで歩いてきたんだぞ。少しくらい俺の立場も考えてくれよ」

 拓斗は苛立った口調で言いながら、縋りつく恋の手を靴の先で振り払った。その顔には、玄関の外で見せていた殊勝な表情も、恋に許しを請うていた男の弱々しさも残っていなかった。

「そのジャンパーの下に、私が貸したダウンを着ているでしょう。部屋に入れてから、温かい服も食事も、私の分を削って渡した。それなのに、どうして……どうしてこんなことができるの」

「まだそんな恩着せがましいことを言ってるのか。おまえは昔からそうだったよな。自分が正しいと思ったことを人に押しつけて、相手が感謝しないと傷ついた顔をする。俺を助けたのだって、結局は自分が善人だと思いたかっただけじゃないのか」

 あまりに身勝手な言葉だった。けれど拓斗は、本気で自分が責められている被害者だと思い込んでいるらしく、恋を見下ろす目には怒りさえ浮かんでいた。

「俺がここに来てから、食事の量をいちいち数えていただろう。缶詰は一日一つ、水は一人何ミリリットルまでだとか、暖房を使う時間は何分だとか、毎日毎日うるさく言いやがって。そんなに俺が信用できなかったなら、最初から入れなきゃよかったんだよ」

「数えなければ、春まで持たなかったからよ。あなたが一晩で三日分の缶詰を食べて、止めても聞かなかったから、決めるしかなかったでしょう。私はあなたを飢えさせたかったわけじゃない。二人で生き延びたかっただけなのに」

「だったら、最後まで面倒を見ろよ。中途半端に助けておいて、あとから条件をつけるな。おまえは金も食い物も持っているんだから、ない人間に分けるのが当たり前だろう」

 拓斗がそう言った瞬間、玄関の外から何かを叩きつける鈍い音が響いた。補強したはずの扉が激しく揺れ、蝶番から細かな氷が落ちてくる。

 恋は息を呑んだ。拓斗が小屋へ来てから、備蓄のことは誰にも話してはいけないと何度も念を押していた。食料が尽きかけた人間に知られれば、どれほど危険なことになるのか、子供でも理解できる状況だった。

「まさか……誰かに話したの?」

 恋が尋ねると、拓斗は気まずそうに視線を逸らしたものの、すぐに開き直ったように鼻を鳴らした。

「村田さんたちは近所なんだから、少しくらい助けてやってもいいだろう。向こうには夫婦二人分の防寒具もあるし、お互いに融通し合えば、みんなで生き残れるかもしれない。こんなときまで自分の物にこだわるおまえのほうがおかしいんだよ」

「私の備蓄を渡す代わりに、防寒具を分けてもらうとでも言ったの? あなたは、自分の物でもないのに勝手な約束をしたの?」

「だから、何もかも独り占めしようとするなって言ってるんだ。人としてどうなんだよ、おまえ」

 扉を叩く音がさらに激しくなり、外から男の怒鳴り声が聞こえた。

「拓斗君、話が違うじゃないか! 中にはまだ食べ物が山ほどあるんだろう。こっちは昨日から何も食べていないんだ、早く開けてくれ!」

 村田の声だった。以前、恋がマンションの隣室に住んでいた頃、廊下で顔を合わせるたびに愛想よく話しかけてきた中年の男である。妻が作りすぎたからと煮物を持ってきたり、宅配便を預かってくれたりしたこともあり、恋は親切な隣人だと信じていた。

「お願い、開けないで。今、あの扉を開けたら、もう誰にも止められない」

 恋は床に手をつき、震える脚で立ち上がろうとした。しかし、拓斗に腹を蹴られた痛みと寒さで力が入らず、膝を持ち上げることさえできなかった。

「だったら、最初から素直に分けてやればよかっただろう。おまえが嫌な顔をするから、みんな腹を立ててるんだよ。俺は話をつけてくるだけだ」

「待って、拓斗。今までのことは何も責めないから、せめて扉だけは開けないで。あなたに渡した食料だけでも、一人ならしばらく生きられるでしょう。ここから持っていってもいいから、あの人たちは中に入れないで」

「そうやって、俺に全部押しつけるんだよな。自分は安全なところに隠れて、俺に悪者になれって言うのか」

 恋の懇願を聞き終える前に、拓斗は扉の脇へ移動し、内側から閂を外した。

 次の瞬間、外から押し寄せた力に耐えきれず、重い扉が勢いよく開いた。白い吹雪とともに、厚着をした何人もの人間が雪崩れ込んでくる。村田夫婦だけではなかった。マンションで見かけたことのある住人や、その親族らしき男まで混じっていた。

 侵入者たちは床に倒れている恋を一瞥しただけで、真っ先に部屋の奥へ走った。棚から缶詰を掻き集め、箱入りの水を奪い合い、燃料缶や薬、毛布まで手当たり次第に抱えていく。

「それは私のよ、返して! 全部持っていかれたら、私はどうやって生きればいいの!」

 恋が叫んでも、誰一人として手を止めなかった。

「何があなたの物よ。こんなに隠し持っておいて、私たちには何もないって嘘をついていたじゃない。外では子供までお腹を空かせて泣いているのに、若い女が一人でこれだけ抱え込むなんて、恥ずかしいと思わないの?」

 村田の妻は責めるように言いながら、医薬品を詰めた箱を自分の鞄へ押し込んだ。その薬は、恋が両親の遺産を取り崩し、何軒もの店を回って集めた物だった。これまで村田夫婦が分けてほしいと頼みに来たことはない。備蓄があると知った途端、初めから自分たちにも権利があったかのように振る舞っているだけだった。

「嘘なんてついていないでしょう。あなたたちは一度だって私に尋ねなかった。それに、食べ物が必要だったなら、どうして奪う前に頼まなかったの。私が死んでも構わないと、本当にそう思っているの?」

「大げさなことを言うなよ。少しくらい減ったところで、あんたはすぐには死なないだろう。若いんだから、俺たちより寒さにも強いはずだ」

 村田は目を合わせようともせず、最後に残っていた固形燃料の箱を引き寄せた。隣では別の男が肉の缶詰を巡って拓斗と怒鳴り合い、奪い取られそうになった拓斗が相手を殴りつけていた。

 助け合うために来たはずの人間たちは、すでに互いを押し退け、少しでも多く持ち帰ろうと争っていた。床に缶詰が転がれば何人もの手が伸び、水のボトルを抱えた女が転べば、起こすどころか、その腕から袋を引き剥がそうとする者までいた。

 恋は、ようやく理解した。

 この人たちは空腹だから理性を失ったのではない。世界が正常だった頃は罰や世間体を恐れて隠していたものを、もう隠す必要がなくなっただけなのだ。

「なあ、その女が着ている服も使えるんじゃないか」

 誰かが言った。

 恋は反射的に胸元を押さえた。最初に拓斗へ厚手の上着を奪われたため、残っているのは薄手のダウンとセーターだけだった。それすら持っていかれれば、暖房のない小屋では一時間も耐えられない。

「これは駄目……お願いだから、これだけは残して。食べ物も水も、もう好きにすればいい。でも服まで取られたら、本当に死んでしまうの」

「こっちだって死にそうなんだよ。おまえだけが特別だと思うな」

 腕を掴まれ、恋は必死に抵抗した。しかし、凍傷になりかけた指では相手の手を振り払えず、背後から別の誰かに肩を押さえつけられた。薄手のダウンが乱暴に脱がされ、セーターまで引き上げられそうになったところで、恋は喉が裂けるほど叫んだ。

「拓斗、見ていないで止めて! あなたを中に入れたのは私でしょう。あなたが凍えないように服を渡して、食事まで分けたでしょう。愛してくれたことが一度でもあったなら、お願いだから助けて!」

 拓斗は少し離れた場所で、缶詰と薬を詰め込んだリュックを背負っていた。恋と目が合うと、ほんの一瞬だけ居心地が悪そうな顔をしたが、やがて小さく息を吐いた。

「そんなことを言われても、俺にどうしろっていうんだよ。ここで俺が村田さんたちに逆らったら、今度は俺が何ももらえなくなるだろう。それに、おまえは俺をずっと見下していた。仕事が続かないのも、金がないのも、全部俺が悪いみたいな顔をしてさ。最後くらい、自分がどれだけ人を傷つけてきたか考えたほうがいいんじゃないか」

 恋は何も言えなかった。目の前にいる男が、かつて自分の手を握り、「君だけは俺を見捨てないでくれ」と泣いた男と同じ人間だとは、どうしても信じられなかった。

 最後の防寒着を奪った人々は、物資を抱えて次々と外へ出ていった。誰も恋を助け起こさず、誰も振り返ろうとはしなかった。村田の妻だけが一度足を止めたものの、その視線は恋ではなく、部屋に取り残した物がないかを確かめるように動いていた。

「拓斗……」

 恋は、まだ残っている男の名を呼んだ。指先の感覚はすでになく、声を出すたびに胸の奥が軋んだ。

「せめて扉を閉めて。お願い、それくらいならできるでしょう」

 拓斗は開け放たれた扉と恋を見比べたあと、顔をしかめた。

「閉めたら、あとから来る人が入れないだろう。俺が閉じ込めたと思われるのも嫌だし、おまえが自分で閉めればいいじゃないか」

「立てないの。さっき、あなたが蹴ったから……」

「俺だけのせいにするなよ。そもそも、おまえが素直に物資を渡していれば、こんなことにはならなかったんだ。俺は話し合おうとしたのに、意地を張ったのはおまえだろう」

 拓斗は吐き捨てるように言い、吹雪の向こうへ消えた。

 玄関の扉は開いたまま残され、荒れ狂う雪が室内へ吹き込んできた。棚にも床にも、食べられる物は何一つ残っていない。暖房も毛布も防寒着も、すべて奪われていた。

 恋は腕だけを使い、少しずつ扉へ近づこうとした。床に爪を立てても、凍りついた指は体を引き寄せる力を失っており、ほんの数十センチ進むだけで息が切れた。あと少しで手が届くというところで、強い風が扉をさらに外側へ押し開いた。

 どうして、あのとき扉を開けてしまったのだろう。

 拓斗がどれほど惨めな声で泣いても、見捨てればよかった。優しくすることが正しいと信じ、自分さえ我慢すればいつか相手も分かってくれるなどと、愚かな期待を抱かなければよかった。

 体から痛みが消えていった。寒さに慣れたのではない。このまま死ぬのだと、恋にも分かった。

 視界の端が暗くなり、開け放たれた扉も、吹き込む雪も、次第に輪郭を失っていく。死への恐怖よりも強く胸を満たしたのは、拓斗たちへの憎しみと、最後まで誰かを信じようとした自分への怒りだった。

 もし、もう一度だけやり直せるなら、今度は絶対に扉を開けない。

 泣かれても、謝られても、昔の情を持ち出されても、二度と心を動かさない。奪おうとする者には何一つ与えず、助けを求める声が枯れていくまで、安全な場所から見届けてやる。

 拓斗も、村田夫婦も、自分を踏みにじった人間は一人残らず、この寒さの中で同じ苦しみを味わえばいい。

 その憎悪だけを最後の熱として抱きしめながら、白川恋は静かに息絶えた。

 次の瞬間、恋は大きく息を吸い込み、ベッドの上で跳ね起きた。

「……っ!」

 肺の奥まで一気に空気が入り込み、胸が激しく上下する。寒くない。目の前を白く染めていた吹雪も、肌を刺していた冷気も消え、代わりに柔らかな朝の日差しがカーテンの隙間から差し込んでいた。

 暖房の運転音が低く響き、室内には洗いたてのシーツと、昨夜使った香水の残り香が漂っている。見慣れた寝室、見慣れたベッド、見慣れた天井だった。

 恋は震える手で自分の頬に触れた。殴られた腫れも、切れた唇もない。防寒着を奪われたはずの体には薄い寝間着があり、その下の肌にも傷一つ残っていなかった。

「ここは……私の部屋?」

 声が出た。掠れてはいたが、凍りつく直前の弱々しい声ではない。

 ベッドから降りようとした途端、脚に力が入らず、恋は床へ崩れ落ちた。足の裏に伝わる絨毯の柔らかさと温かさに、涙が込み上げる。生きている。自分の体に血が流れ、指も足も自由に動く。

 しばらく呼吸を整えてから、恋は這うように机へ近づいた。卓上カレンダーに記された日付を見た瞬間、心臓が止まりかけた。

 氷河末世が始まる、ちょうど三十日前だった。

「戻った……? 私、本当に戻ってきたの?」

 口にした言葉が部屋の中へ落ちても、答える者はいない。夢にしては、前世の痛みも憎しみも鮮明すぎた。拓斗に蹴られた腹の鈍痛も、最後の服を剥ぎ取られたときの絶望も、今なお体に刻まれているかのようだった。

 そのとき、右手の甲に焼けた鉄を押し当てられたような痛みが走った。

「痛っ……!」

 恋は思わず右手首を掴んだ。皮膚の下を銀色の光が駆け巡り、細い線が幾重にも絡み合いながら、手のひらから手首へ複雑な紋様を描き出していく。それは前世にはなかったもので、雪の結晶にも、見たことのない文字にも見えた。

 銀色の紋様は数秒間強く輝いたあと、皮膚に溶け込むように薄くなった。しかし、完全に消えたわけではない。光の角度を変えると、手のひらの奥に広大な暗闇が隠されているような、不思議な感覚があった。

 恋が右手を見つめていると、ベッドの上に置かれたスマートフォンが突然震えた。

 明るくなった画面に、登録された名前が表示される。

 水城拓斗。

 たった四文字を目にしただけで、恋の呼吸が止まった。凍りついた小屋で自分を見捨てた男の顔が、鮮明に蘇る。

 静まり返った寝室で、執拗な電話のベルだけが、何度も、何度も、狂ったように鳴り響いていた。

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第8話 善意を装う覗き魔
第8話 善意を装う覗き魔 監視画面に映る村田は、外階段の踊り場へ身を低くし、曇りガラスの端から建物内を覗いていた。 作業員が台車を押して通るたびに顔を引っ込め、誰もいなくなると、再び首を伸ばす。視線の先にあるのは工事の進み具合だけではない。地下搬入口へ運び込まれる機材や段ボール箱を、一つでも見逃すまいと数えているようだった。 白川恋は端末の録画機能を確認し、村田が門をくぐったところから現在までの映像を保存した。 正面門は資材搬入のため開かれていたが、関係者以外が自由に入ってよいわけではない。村田は警備員が大型車両を誘導している隙に、その陰へ隠れるようにして敷地内へ入り込んでいた。 偶然迷い込んだ人間の行動ではなかった。「拓斗から住所を聞いて、わざわざ確認しに来たのね。あなたたちは前世でも、こうして私の持っているものを数えていたのかしら」 恋は警備員を呼ばず、自分で外階段へ向かった。 村田を今すぐ警察へ引き渡すことはできる。監視映像も残っており、無断で敷地へ入った事実も明らかだった。 しかし、ここで大騒ぎをすれば、村田は自分が何を見たのか、近所や拓斗へ言い触らすだろう。警察が事情を確認するため建物へ入り、工事や大量の納品について尋ねる可能性もある。 村田に罪を認めさせることより、残りわずかな準備期間を守るほうが重要だった。 恋は足音を忍ばせることなく階段を上がった。踊り場の手前まで来ても、村田は室内を覗くことに夢中で気づかない。「何か、お探しですか?」 背後から声をかけると、村田の肩が大きく跳ねた。「うわっ……白川さんか。驚かせないでくれよ。人が来たなら、先に声をかけるのが普通だろう」 勝手に敷地へ入り込んだ男が、まるで自分こそ驚かされた被害者であるかのように文句を言う。その厚かましさに、恋はかえって冷静になった。「こちらは私が借りている建物です。
last updateLast Updated : 2026-09-17
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第9話 誰も信じない、滅びの予報
第9話 誰も信じない、滅びの予報 全国へ異常寒波警報が発令された夜、インターネット上には、季節外れの雪や急激な気温低下を伝える投稿が溢れた。 北部の山間地では道路が白く覆われ、夏用タイヤのまま走っていた車が立ち往生している。別の地域では、昼間まで二十度近くあった気温が、日没後には氷点下まで下がったという。温暖な沿岸部からも霙が降ったという映像が投稿され、多くの人が異常だと騒ぎ始めていた。 しかし、翌朝の情報番組へ出演した専門家たちは、口を揃えて一時的な寒波だと説明した。『今回は上空へ非常に強い寒気が流れ込んだことにより、季節外れの低温が発生しています。ただし、地球規模の気候が急変したわけではありません。数日で寒気の中心は抜ける見込みですから、必要以上に不安を煽るような情報には注意してください』 司会者が、九月としては観測史上最低の気温を記録した地域について尋ねても、専門家は穏やかな表情を崩さなかった。『珍しい現象であることは確かですが、珍しいことと、世界の終わりは別です。インターネットでは氷河期が始まるなどという極端な話も広がっていますが、科学的な根拠はありません。厚手の上着を一枚用意し、通常の寒波と同じように備えれば十分でしょう』 番組はその説明を紹介したあと、急な寒さに負けない温かい料理や、今から購入できる秋冬用の衣類という話題へ移った。 出演者たちは鍋料理を食べながら笑い、季節外れの冷え込みも、数日だけ我慢すれば終わる珍しい出来事として扱っている。 白川恋は、地下の監視室でその番組を見ながら、前世でも同じ説明を聞いたことを思い出していた。 あのときも、最初は一時的な寒波だと言われた。二、三日で気温は戻る、物流への影響も限定的だと繰り返され、人々は買い物や仕事へ出かけた。 予報は毎日修正され、寒波が去る日は三日後、五日後、一週間後と先送りされた。そして気象機関が異常事態を認めた頃には、道路も鉄道も空港も雪と氷に閉ざされ、食料を運ぶ手段が失われていた。「前世と何も変
last updateLast Updated : 2026-09-18
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第10話 世界が終わる前に、扉を閉ざす
第10話 世界が終わる前に、扉を閉ざす 水城拓斗の指が正面門の錠前へ触れた瞬間、敷地内の警報装置が作動した。 耳を刺すような警告音が鳴り響き、門柱と建物の外壁に設置された照明が一斉に点灯する。夕闇の中に立っていた拓斗たちの姿が、逃げ場のないほど明るい白色灯に照らし出された。『警告します。ここは私有地です。許可のない立ち入りや設備への接触は、すべて映像と音声で記録されています。直ちに門から離れてください』 自動音声が流れると、拓斗は驚いて手を引っ込めた。連れてきた三人の男も反射的に顔を隠したが、すでに監視カメラは彼らの顔と会話を鮮明に記録している。「何だよ、この馬鹿みたいな警備は。たかが女一人の家だろうが」 工具の入った袋を肩へ掛けた男が吐き捨てると、拓斗は動揺を隠すように笑った。「恋は昔から大げさなんだよ。防犯設備をつけるだけで、自分が偉くなったような気になる女なんだ。俺が話せば開けるから、少し待ってろ」 拓斗は警報を無視して門へ近づき、建物に向かって声を張り上げた。「恋、いるんだろう! 俺だよ、拓斗だ。今日は揉めに来たんじゃない。おまえが一方的に連絡を切ったから、ちゃんと話し合おうと思って来ただけだ。男を連れてきたのだって、無理やり何かをするためじゃない。荷物運びを手伝ってもらうためだから、変な勘違いをするなよ!」 地下監視室でその声を聞きながら、恋は警察へ通報した。「元交際相手と、その知人と思われる男性三人が自宅の門前にいます。以前から接触を拒否していますが、正面門の錠前へ手をかけ、工具らしき物も持っています。監視カメラの映像と音声は、すべて保存しています」『現在も相手は敷地内へ入ろうとしていますか?』「門の外にはいますが、錠前を触り、建物の中に金と物資があるという話をしています。元交際相手は以前にも、新しい住所を調べて押しかけてきました。今回は複数人を連れているので、危険を感じています」『絶対に外へ出ず、扉と窓を施
last updateLast Updated : 2026-09-19
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