All Chapters of 『氷河末世で殺された私、30日前に回帰して百億の物資を異空間へ備蓄します ~凍えて助けを求めても、二度と扉は開けません~: Chapter 1 - Chapter 10

56 Chapters

第1話 私を殺したのは、寒さだけではなかった

第1話 私を殺したのは、寒さだけではなかった 零下七十度まで冷え込んだ夜、街の外れに建つ小さな避難小屋は、吹雪に削られながら低い悲鳴を上げ続けていた。 板で塞いだ窓を氷の粒が絶え間なく打ちつけ、屋根を覆った分厚い雪が、古びた梁を今にも押し潰そうとしている。室内に残された暖房器具はとっくに燃料を使い果たし、床にも壁にも白い霜が広がっていた。吐いた息は顔の前で凍りつき、わずかに残っていた体温さえ、隙間風に少しずつ奪われていく。 白川恋は、凍りついた床に頬を押しつけたまま、うまく動かなくなった指を必死に握ろうとしていた。殴られた左の頬は熱を失っているはずなのに、骨の奥だけが焼けるように痛み、切れた唇から流れた血は、顎に届く前に赤黒く固まっていた。「お願い……それだけは、持っていかないで。食べ物は渡すから、その上着だけは返して。今夜、この寒さで何も着なかったら、本当に死んでしまう」 自分の声とは思えないほど弱々しい声だった。歯が激しく鳴り、言葉の途中で何度も舌を噛みそうになったが、それでも恋は、目の前に立つ男の足首へ縋りついた。 水城拓斗は、恋が最後まで手放さなかった厚手の防寒着を抱え、面倒そうに眉をひそめていた。氷河末世が始まる前、彼は恋と二年間付き合っていた元恋人だった。金遣いが荒く、仕事も長続きせず、都合が悪くなるたびに涙を見せて謝る男だったが、恋はそのたびに「誰にでも失敗はあるから」と自分を納得させ、別れてからも完全には突き放せずにいた。 世界が凍り始めたあの日も、拓斗は恋の避難先を突き止めてやって来た。玄関の外で震えながら、「一晩だけでいい。朝になったら必ず出ていくから」と何時間も哀願したのだ。 恋は迷った末に扉を開けた。かつて愛した人間を、目の前で凍死させることなどできなかった。 その決断が、自分の命を奪うことになるとも知らずに。「死ぬって言われても、俺だってこれがなきゃ死ぬんだよ。おまえは下にまだ何枚も着ているだろう。俺なんか、この薄いジャンパー一枚で、ここまで歩いてきたんだぞ。少しくらい俺の立場も考えてくれよ」 拓斗は苛立った口調で言いながら、縋りつく恋の手を靴の先で振り払った。その顔には、玄関の外で見せていた殊勝な表情も、恋に許しを請うていた男の弱々しさも残っていなかった。「そのジャンパーの下に、私が貸したダウンを着ているでしょう
last updateLast Updated : 2026-09-02
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第2話 すべてを売り、奴の手から消える

第2話 すべてを売り、奴の手から消える スマートフォンの着信音は、白川恋が根負けして電話に出るまで、決して鳴りやむつもりがないかのように寝室へ響き続けていた。 画面に表示された「水城拓斗」という四文字を見つめているだけで、恋の腹の奥には、前世で蹴りつけられたときの鈍い痛みが蘇ってくる。最後の防寒着を奪われ、凍りついた床へ倒れている恋を見下ろしながら、「自分で扉を閉めればいい」と言い捨てた男の顔も、つい先ほどの出来事のように鮮明だった。 もし今、電話に出たなら、拓斗はどんな声を聞かせてくるのだろう。 きっと弱々しく息を吐き、別れてから恋の大切さに気づいたとでも言うのだろう。自分がどれほど後悔しているかを長々と語り、最後には「一度でいいから会ってほしい」と頼み込むに違いない。 以前の恋なら、たとえ嘘だと疑っても、電話に出ないのはあまりに冷たいのではないかと悩んだはずだった。相手が困っているなら、話くらい聞いてあげてもよいのではないかと、自分から拒絶する理由を一つずつ潰してしまっただろう。 しかし、凍死するまで利用された今の恋に、拓斗の芝居を信じる余地は残っていなかった。「あなたが忘れられないのは、私ではないでしょう」 恋が冷え切った声で呟いた直後、長く鳴り続けていた着信が途切れた。すぐに留守番電話の通知が表示され、続けてメッセージが届く。『久しぶり。突然電話して悪かった。別れてから俺もいろいろ考えたんだけど、やっぱり恋のことが忘れられない。あの頃は俺も仕事で余裕がなくて、おまえに甘えていたと思う。今度こそちゃんと話し合いたいから、今日の昼にでも会えないか? 恋の好きだった店を予約してもいいし、家へ行ってもいい。返事を待ってる』 恋は最後まで読み終えてから、小さく息を吐いた。 この時期の拓斗が、恋との別れを後悔するほど自分を省みていたはずはない。前世でよりを戻してから、酒に酔った拓斗は、複数の消費者金融と知人から借金を重ねていることを白状した。家賃も三か月滞納しており、間もなく現在の部屋を追い出されるところまで追い詰められていた。 別れた恋へ今さら連絡してきたのは、借金の返済を肩代わりさせ、住む場所を確保するためだったのだ。 恋が大手企業の課長として安定した収入を得ていることも、亡くなった両親から不動産と数千万円の遺産を相続したことも、拓斗は知
last updateLast Updated : 2026-09-02
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第3話 右手の中に、止まった世界

第3話 右手の中に、止まった世界 マンション十二階の窓から見下ろすと、正面玄関の前に立つ男の姿は小さく見えた。それでも白川恋には、苛立つたびに片足を揺らす癖も、安物の上着のポケットへ片手を突っ込む仕草も、呼び出しボタンを何度も押しながら周囲を見回す卑しい横顔も、嫌というほど見覚えがあった。 水城拓斗で間違いなかった。 管理用アプリに表示された防犯カメラの映像では、拓斗が玄関前で管理人へ食い下がっていた。音声までは聞こえないが、身振りを見れば、恋の知り合いだから中へ入れろと要求しているのだろう。 間もなく、管理室から内線がかかってきた。「白川様、正面玄関に水城拓斗様とおっしゃる男性が来られています。ご婚約者で、白川様から本日ここへ来るように言われたと話しているのですが、お通ししてよろしいでしょうか」 恋はスマートフォンを握る右手に力を込めた。銀色の紋様が皮膚の奥でかすかに光り、その輝きを見た瞬間、凍りついた小屋で拓斗に蹴られたときの痛みが蘇った。「その人は婚約者ではありません。半年前に別れた元交際相手で、今日は会う約束もしていません。先ほどから電話を拒否しているのに、勝手に押しかけてきたんです」「そうでしたか。水城様は、白川様が病気で寝込んでいるかもしれない、自分が部屋まで確か
last updateLast Updated : 2026-09-12
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第4話 親切な隣人と、三十日後の要塞

第4話 親切な隣人と、三十日後の要塞 村田から届いた夕食の誘いを読み終えても、白川恋はすぐには返信しなかった。 前世の記憶を持たない村田にとって、今の恋は、親しくしておけば何かと得をする隣人にすぎない。恋が大手企業の課長で、両親から不動産や遺産を相続していることも、村田夫婦は日頃の会話から知っていた。 村田の妻は、顔を合わせるたびに親しげな笑顔を見せながら、恋の持ち物や暮らしぶりを細かく観察していた。新しい鞄を持っていれば値段を尋ね、帰宅が遅ければ残業代が出るのかと聞き、不動産会社から封書が届いたときには、廊下で偶然見かけただけだと言いながら、どのような書類なのか探ろうとした。 以前の恋は、距離感を知らない人なのだと思うだけで、強く警戒しなかった。 しかし、氷河末世が訪れたあと、村田夫婦は拓斗とともに避難小屋へ押し入り、食料、水、医薬品、燃料を奪った。恋が床へ倒れて助けを求めても、「若いのだから自分たちより寒さに強い」と言い放ち、最後の防寒着まで持ち去った。 今夜、鍋を囲みながら話を聞きたいという誘いも、恋を心配しているからではない。なぜ不動産会社の人間が出入りしていたのか、家をいくらで売ったのか、次はどこへ住むのかを確かめたいだけだった。「あなたたちが親切なのは、その先に自分の利益があるときだけよ。けれど、今ここで警戒していると悟らせる必要はないわね」 恋は感情のまま拒絶する代わりに、以前の自分が送りそうな文章を考えた。『ご心配いただき、ありがとうございます。会社から急な転勤の話が出たため、慌ただしく引っ越すことになりました。今日は手続きで疲れてしまったので、夕食はまたの機会にさせてください。村田さんご夫婦にはこれまで親切にしていただき、本当に感謝しています。落ち着きましたら、こちらからご連絡します』 転勤先も新住所も、手にした金額も書かない。けれど、村田夫婦を疑っているとは感じさせない、柔らかな文章だった。 送信してから数分も経たないうちに、村田から返信が届いた。
last updateLast Updated : 2026-09-13
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第5話 扉の外で愛を語る男

第5話 扉の外で愛を語る男「恋、いるんだろう。やっと見つけたんだ。大事な話があるから、ここを開けてくれよ」 水城拓斗の声が、玄関の外から建物内へ響いていた。 白川恋は壁に設置された古い防犯モニターを見つめながら、右手を強く握り締めた。銀色の紋様が淡く光り、皮膚の下を冷たいものが流れていく。 前世で最後の防寒着を奪われたとき、恋は拓斗に何度も助けを求めた。二人で生き延びたかっただけだと訴え、せめて開け放たれた扉を閉めてほしいと懇願したが、拓斗は恋を見捨てた。 その男が今、恋の新居の前に立ち、自分こそ見捨てられた被害者であるかのような声を出している。「白川さん、知り合いですか?」 設計責任者の真壁が、地下室から戻りながら尋ねた。後ろには東都防災建設の設備担当者と調査員もいる。「半年前に別れた元交際相手です。現在は連絡を取っていませんし、今日ここへ来ることも認めていません」「それなら、私から帰るように言いましょうか。工事前とはいえ、この建物には関係者以外を入れないほうがよいでしょう。あの様子では、扉を開けた途端に押し入ってくるかもしれません」「ありがとうございます。ただ、皆さんが対応すると、ここで何をしているのか余計に興味を持たせてしまいます。私から話しますので、調査を続けてください」「分かりましたが、危険を感じたらすぐ警察を呼んでください。こういう相手は、第三者がいると知っただけで大人しくなることもありますから、我々が中にいることは隠さなくて構いません」 真壁は恋の顔を見て、もう一度念を押した。恋が自分で対処できると言っても、心配を完全には拭えないらしい。 その反応を見て、恋は前世の自分が、他人から差し伸べられたまともな助言をどれほど聞き流していたのかと思った。 拓斗と付き合っていた頃にも、「あの男はおかしい」「金を貸してはいけない」「暴言を謝罪だけで許すな」と忠告してくれた友人はいた。けれど恋は、そのたびに拓斗にもよいとこ
last updateLast Updated : 2026-09-14
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第6話 一億円を、百億円の命綱へ

第6話 一億円を、百億円の命綱へ 水城拓斗が立ち去った翌朝、白川恋は東都防災建設との工事契約へ署名し、前金を振り込んだ。 設計責任者の真壁が提出した工程表には、玄関と地下搬入口の防爆鉄扉、窓の多層防弾ガラス、壁と天井の断熱補強、独立型発電機、蓄電池、暖房設備、貯水槽、水循環装置、密閉換気設備、監視カメラが、優先順位とともに記されていた。 二十日以内に完成させるため、工事は昼夜二交代で進められる。費用は通常工事より大幅に高くなったが、恋には値引き交渉をしている時間などなかった。 末世が始まるまで、残り二十七日。 一日遅れるごとに、購入できる物資も、工事を完成させられる可能性も減っていく。「細かな金額を惜しんで、必要な物を買い損ねたら意味がないわ。口座に一千万円残して凍死するくらいなら、一円まで使い切って生き残る」 恋はノートパソコンの前に座り、前夜に作成した備蓄一覧を開いた。 予算そのものは厳密に管理するが、同じ商品を一円でも安く買うために、何時間も比較するつもりはなかった。品質と納期を確認し、三十日以内に受け取れるなら、その場で決める。 最初に確保すべきなのは、命を支える食料と水だった。 恋は卸売業者や食品メーカーへ片端から連絡し、業務用単位での購入を申し込んだ。個人名義で大量発注すれば不審に思われるため、表向きの目的は、会社関係者向けの長期研修施設に備蓄する非常食とした。 最初に電話をかけた米穀卸では、注文量を告げた途端、担当者が何度も数字を聞き返した。『申し訳ありません、白川様。玄米と精米を合わせて三十トンということで間違いないでしょうか。三十袋ではなく、三十トンですよね』「間違いありません。白米だけでは長期保存中の栄養が偏るので、玄米、無洗米、もち米も分けてください。産地や銘柄は一種類に揃えず、可能な範囲で複数用意していただけますか」『それだけの量ですと、個人宅へ一度に納品するのは難しいと思います。大型車両が入れる
last updateLast Updated : 2026-09-15
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第7話 要塞化する家、覗き見る目

第7話 要塞化する家、覗き見る目 高沢から届いたメッセージを読み返すほど、白川恋の胸には怒りよりも呆れが広がっていった。 招待されたわけでもないのに新居へ行くと決め、食事まで恋に用意させるつもりでいる。しかも、自分は手ぶらで行く代わりに祝いの言葉を口にしてやるのだから、それで十分だと本気で考えているらしい。 高沢は以前から、他人の時間や金を使うことに抵抗がなかった。 部署の懇親会では財布を忘れたふりをして支払いを同僚へ押しつけ、翌日になれば、細かい金額を気にする人間は出世できないと笑っていた。恋が課長へ昇進してからは、上司なら部下へ食事を奢るのが当然だと言い、許可もなく高価な料理を追加したこともある。 以前の恋は、高沢を注意して職場の空気が悪くなることを恐れ、何度も自分で支払った。その結果、高沢は反省するどころか、恋には何をしても許されると思い込んだ。 前世の末世でも、高沢は恋の備蓄を知ると、「上司には部下の命を守る責任がある」と主張し、当然のように食料を要求した。恋が断れば、会社で自分をいじめていたと嘘を広め、他の人間まで煽って物資を奪おうとしたのだ。「人の家へ勝手に押しかけて、食事まで用意させるつもりなのは、末世の前から変わらないのね」 恋は曖昧な返事で逃げず、短すぎない文章で意思を明確にした。『高沢さん、新居へ同僚を招く予定はありませんので、来訪はお断りします。現在は長期休暇中ですが、業務上必要な連絡には会社のメールで対応します。個人的な食事や住居に関する連絡は、今後控えてください』 送信してから一分も経たないうちに、既読の表示がついた。『ずいぶん冷たい言い方をするんですね。冗談で遊びに行くと言っただけなのに、課長という立場を使って部下を脅すのはどうかと思いますよ。最近、会社にも来ていないから、みんな白川課長に何かあったんじゃないかと心配しているんです。俺は代表して様子を見に行こうとしただけです』 最初のメッセージでは、鍋か焼き肉を御馳走しろと言っていた男が、拒
last updateLast Updated : 2026-09-16
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第8話 善意を装う覗き魔

第8話 善意を装う覗き魔 監視画面に映る村田は、外階段の踊り場へ身を低くし、曇りガラスの端から建物内を覗いていた。 作業員が台車を押して通るたびに顔を引っ込め、誰もいなくなると、再び首を伸ばす。視線の先にあるのは工事の進み具合だけではない。地下搬入口へ運び込まれる機材や段ボール箱を、一つでも見逃すまいと数えているようだった。 白川恋は端末の録画機能を確認し、村田が門をくぐったところから現在までの映像を保存した。 正面門は資材搬入のため開かれていたが、関係者以外が自由に入ってよいわけではない。村田は警備員が大型車両を誘導している隙に、その陰へ隠れるようにして敷地内へ入り込んでいた。 偶然迷い込んだ人間の行動ではなかった。「拓斗から住所を聞いて、わざわざ確認しに来たのね。あなたたちは前世でも、こうして私の持っているものを数えていたのかしら」 恋は警備員を呼ばず、自分で外階段へ向かった。 村田を今すぐ警察へ引き渡すことはできる。監視映像も残っており、無断で敷地へ入った事実も明らかだった。 しかし、ここで大騒ぎをすれば、村田は自分が何を見たのか、近所や拓斗へ言い触らすだろう。警察が事情を確認するため建物へ入り、工事や大量の納品について尋ねる可能性もある。 村田に罪を認めさせることより、残りわずかな準備期間を守るほうが重要だった。 恋は足音を忍ばせることなく階段を上がった。踊り場の手前まで来ても、村田は室内を覗くことに夢中で気づかない。「何か、お探しですか?」 背後から声をかけると、村田の肩が大きく跳ねた。「うわっ……白川さんか。驚かせないでくれよ。人が来たなら、先に声をかけるのが普通だろう」 勝手に敷地へ入り込んだ男が、まるで自分こそ驚かされた被害者であるかのように文句を言う。その厚かましさに、恋はかえって冷静になった。「こちらは私が借りている建物です。
last updateLast Updated : 2026-09-17
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第9話 誰も信じない、滅びの予報

第9話 誰も信じない、滅びの予報 全国へ異常寒波警報が発令された夜、インターネット上には、季節外れの雪や急激な気温低下を伝える投稿が溢れた。 北部の山間地では道路が白く覆われ、夏用タイヤのまま走っていた車が立ち往生している。別の地域では、昼間まで二十度近くあった気温が、日没後には氷点下まで下がったという。温暖な沿岸部からも霙が降ったという映像が投稿され、多くの人が異常だと騒ぎ始めていた。 しかし、翌朝の情報番組へ出演した専門家たちは、口を揃えて一時的な寒波だと説明した。『今回は上空へ非常に強い寒気が流れ込んだことにより、季節外れの低温が発生しています。ただし、地球規模の気候が急変したわけではありません。数日で寒気の中心は抜ける見込みですから、必要以上に不安を煽るような情報には注意してください』 司会者が、九月としては観測史上最低の気温を記録した地域について尋ねても、専門家は穏やかな表情を崩さなかった。『珍しい現象であることは確かですが、珍しいことと、世界の終わりは別です。インターネットでは氷河期が始まるなどという極端な話も広がっていますが、科学的な根拠はありません。厚手の上着を一枚用意し、通常の寒波と同じように備えれば十分でしょう』 番組はその説明を紹介したあと、急な寒さに負けない温かい料理や、今から購入できる秋冬用の衣類という話題へ移った。 出演者たちは鍋料理を食べながら笑い、季節外れの冷え込みも、数日だけ我慢すれば終わる珍しい出来事として扱っている。 白川恋は、地下の監視室でその番組を見ながら、前世でも同じ説明を聞いたことを思い出していた。 あのときも、最初は一時的な寒波だと言われた。二、三日で気温は戻る、物流への影響も限定的だと繰り返され、人々は買い物や仕事へ出かけた。 予報は毎日修正され、寒波が去る日は三日後、五日後、一週間後と先送りされた。そして気象機関が異常事態を認めた頃には、道路も鉄道も空港も雪と氷に閉ざされ、食料を運ぶ手段が失われていた。「前世と何も変
last updateLast Updated : 2026-09-18
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第10話 世界が終わる前に、扉を閉ざす

第10話 世界が終わる前に、扉を閉ざす 水城拓斗の指が正面門の錠前へ触れた瞬間、敷地内の警報装置が作動した。 耳を刺すような警告音が鳴り響き、門柱と建物の外壁に設置された照明が一斉に点灯する。夕闇の中に立っていた拓斗たちの姿が、逃げ場のないほど明るい白色灯に照らし出された。『警告します。ここは私有地です。許可のない立ち入りや設備への接触は、すべて映像と音声で記録されています。直ちに門から離れてください』 自動音声が流れると、拓斗は驚いて手を引っ込めた。連れてきた三人の男も反射的に顔を隠したが、すでに監視カメラは彼らの顔と会話を鮮明に記録している。「何だよ、この馬鹿みたいな警備は。たかが女一人の家だろうが」 工具の入った袋を肩へ掛けた男が吐き捨てると、拓斗は動揺を隠すように笑った。「恋は昔から大げさなんだよ。防犯設備をつけるだけで、自分が偉くなったような気になる女なんだ。俺が話せば開けるから、少し待ってろ」 拓斗は警報を無視して門へ近づき、建物に向かって声を張り上げた。「恋、いるんだろう! 俺だよ、拓斗だ。今日は揉めに来たんじゃない。おまえが一方的に連絡を切ったから、ちゃんと話し合おうと思って来ただけだ。男を連れてきたのだって、無理やり何かをするためじゃない。荷物運びを手伝ってもらうためだから、変な勘違いをするなよ!」 地下監視室でその声を聞きながら、恋は警察へ通報した。「元交際相手と、その知人と思われる男性三人が自宅の門前にいます。以前から接触を拒否していますが、正面門の錠前へ手をかけ、工具らしき物も持っています。監視カメラの映像と音声は、すべて保存しています」『現在も相手は敷地内へ入ろうとしていますか?』「門の外にはいますが、錠前を触り、建物の中に金と物資があるという話をしています。元交際相手は以前にも、新しい住所を調べて押しかけてきました。今回は複数人を連れているので、危険を感じています」『絶対に外へ出ず、扉と窓を施
last updateLast Updated : 2026-09-19
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