第31話 村田夫婦、最後の食料を奪い合う 村田夫妻が身を寄せていたのは、白川恋のシェルターから三百メートルほど離れた旧住宅管理事務所だった。 鉄筋造りの小さな建物は完全には倒壊していなかったものの、窓ガラスの一部が割れ、合板と毛布で塞いだ隙間から絶え間なく冷気が流れ込んでいる。暖房器具は灯油が尽きて動かず、室内の壁には白い霜が広がり、天井から垂れ下がった蛍光灯も氷の膜に覆われていた。 室温は零下二十度を下回っていたが、外よりはましだった。二人は回収した毛布やカーテンを何枚も重ね、狭い給湯室の床へ段ボールを敷いて眠っている。夫婦で寄り添えば少しは温かいはずなのに、二人の間には畳んだ毛布と空の鞄が置かれ、身体が触れ合わないよう不自然な境界が作られていた。 美佐子が目を覚ましたのは、暗闇の中で何かを擦る音が聞こえたからだった。 毛布の隙間から顔を出すと、夫が給湯室の棚へ背を向け、手元を隠すように身体を丸めている。非常灯代わりの携帯端末から漏れる青白い光が、その口元だけを照らしていた。「あなた、いま何を食べたの」 美佐子が問いかけると、夫は肩を震わせたものの、振り返ろうとはしなかった。「何も食べていない。喉が渇いたから、水を少し飲んだだけだ」「嘘をつかないで。袋を開ける音が聞こえたし、口を動かしているじゃない。昨日、残っている食料は非常用ビスケット一袋だけだと言ったでしょう。まさか私が寝ている間に、一人で食べようとしたんじゃないでしょうね」「だから、何も食べていないと言っているだろう。起きたばかりでくだらない言いがかりをつけるな」 夫が身体をずらした瞬間、足元へ小さな銀色の包装紙が落ちた。美佐子は毛布を跳ね除け、凍えて思うように動かない手でそれを拾い上げた。包装に印刷された文字は掠れていたが、栄養補助食品の包みであることはすぐに分かった。「こんな物、どこに隠していたのよ。私には食料がないと言って、昨日から溶かした雪しか飲ませなかったくせに、自分だけ食べていたの?」「これはさっき棚の奥で見つけたんだ。半分だけ残しておいても仕方がないし、俺が先に倒れたら、おまえ一人で
Huling Na-update : 2026-09-23 Magbasa pa