Lahat ng Kabanata ng 『氷河末世で殺された私、30日前に回帰して百億の物資を異空間へ備蓄します ~凍えて助けを求めても、二度と扉は開けません~: Kabanata 31 - Kabanata 40

56 Kabanata

第31話 村田夫婦、最後の食料を奪い合う

第31話 村田夫婦、最後の食料を奪い合う 村田夫妻が身を寄せていたのは、白川恋のシェルターから三百メートルほど離れた旧住宅管理事務所だった。 鉄筋造りの小さな建物は完全には倒壊していなかったものの、窓ガラスの一部が割れ、合板と毛布で塞いだ隙間から絶え間なく冷気が流れ込んでいる。暖房器具は灯油が尽きて動かず、室内の壁には白い霜が広がり、天井から垂れ下がった蛍光灯も氷の膜に覆われていた。 室温は零下二十度を下回っていたが、外よりはましだった。二人は回収した毛布やカーテンを何枚も重ね、狭い給湯室の床へ段ボールを敷いて眠っている。夫婦で寄り添えば少しは温かいはずなのに、二人の間には畳んだ毛布と空の鞄が置かれ、身体が触れ合わないよう不自然な境界が作られていた。 美佐子が目を覚ましたのは、暗闇の中で何かを擦る音が聞こえたからだった。 毛布の隙間から顔を出すと、夫が給湯室の棚へ背を向け、手元を隠すように身体を丸めている。非常灯代わりの携帯端末から漏れる青白い光が、その口元だけを照らしていた。「あなた、いま何を食べたの」 美佐子が問いかけると、夫は肩を震わせたものの、振り返ろうとはしなかった。「何も食べていない。喉が渇いたから、水を少し飲んだだけだ」「嘘をつかないで。袋を開ける音が聞こえたし、口を動かしているじゃない。昨日、残っている食料は非常用ビスケット一袋だけだと言ったでしょう。まさか私が寝ている間に、一人で食べようとしたんじゃないでしょうね」「だから、何も食べていないと言っているだろう。起きたばかりでくだらない言いがかりをつけるな」 夫が身体をずらした瞬間、足元へ小さな銀色の包装紙が落ちた。美佐子は毛布を跳ね除け、凍えて思うように動かない手でそれを拾い上げた。包装に印刷された文字は掠れていたが、栄養補助食品の包みであることはすぐに分かった。「こんな物、どこに隠していたのよ。私には食料がないと言って、昨日から溶かした雪しか飲ませなかったくせに、自分だけ食べていたの?」「これはさっき棚の奥で見つけたんだ。半分だけ残しておいても仕方がないし、俺が先に倒れたら、おまえ一人で
last updateHuling Na-update : 2026-09-23
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第32話 元彼を名乗れば救われると思った男

第32話 元彼を名乗れば救われると思った男 村田が管理事務所の扉を開けると、吹雪と一緒に水城拓斗が転がり込んできた。 顔の下半分には薄汚れた布が巻かれ、剥き出しになった頬は凍傷で赤黒く腫れている。大庭に奪われた防寒着の代わりに、どこかで拾った毛布を身体へ巻きつけていたが、足元は左右で種類の違う靴を履き、右足を引きずるたびに苦痛で眉を歪めていた。 それでも拓斗は、助けを求める人間として頭を下げようとはしなかった。背後から入ってきた六人の避難者へ振り返り、自分がこの場所へ案内してやったのだと誇示するように胸を張ると、村田夫妻へ向かって馴れ馴れしく手を広げた。「久しぶりですね。お互い、ずいぶんひどい目に遭いましたけど、こうして生き残っているんだから運がいい。これからは知っている者同士で力を合わせましょう。恋の家へ入れれば、食料も暖房も腐るほどあるんですから、こんな場所で震える必要はなくなりますよ」「力を合わせると言われても、あなたは前に一度失敗しているでしょう。大庭という男たちを連れていって、結局は扉一枚壊せなかったと聞いたわ」 美佐子が疑い深く問い返すと、拓斗は不愉快そうに目を細めた。もっとも、すぐに表情を整え、自分にはまだ切り札があるとでもいうように声を低くした。「あれは大庭が勝手に爆薬を使って、恋を意地にさせたから失敗したんです。俺は最初から、話し合えば入れると言っていた。恋は俺のことをまだ忘れられないから、ほかの男に命令されている姿を見せると、意地を張ってしまうんですよ」「白川さんは、あなたの連絡先を全部拒否していたじゃない。それのどこが、忘れられない人間の態度なのよ」「女は本当に嫌いになった男へ、あんなに感情を向けませんよ。連絡を拒否するのも、俺に追いかけてほしいからです。恋は昔から、思っていることを素直に言えないところがあった。俺が本気で頼めば、最後には折れます」 美佐子は拓斗の言葉を信じていなかったが、正面から否定もしなかった。高沢との取引がどうなるか分からない以上、利用できる人間は一人でも多いほうがいい。夫も同じことを考えているらしく、扉を閉めながら背後の避難者たちを眺めた。「
last updateHuling Na-update : 2026-09-24
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第33話 雪上車で初めて城を出る

第33話 雪上車で初めて城を出る 佐伯陽翔の熱は、夜明けを迎える頃になっても下がらなかった。 一時は三十九度二分まで落ち着いたものの、その後再び四十度近くまで上がり、呼吸も浅く速くなっている。母親の奈緒はベッド脇の椅子へ座ったまま息子の手を握り、少しでも咳き込むたびに、代わってやれない自分を責めるような顔で背中をさすっていた。「白川さん、この子は大丈夫なんでしょうか。さっきから息をするたびに胸が苦しそうで、水もほとんど飲めていません。薬を飲ませても吐いてしまったら、もう効かないんですよね」「吐いた時刻と量は記録しました。追加で薬を飲ませるかどうかは、素人判断では決められません。病院の医師と通信がつながれば、状態を説明して指示を受けます」 恋が酸素飽和度計の数値を確認していると、それまで壁際に立っていた三十代半ばの女性が、ためらいがちに近づいてきた。地下駐車場から救出した十四人の一人で、山岸真帆という。救出後の聞き取りでは、以前は介護施設の事務をしていたとだけ話していたが、陽翔の呼吸を見つめる目には、単なる心配とは違う鋭さがあった。「白川さん、少し代わってもらえませんか。聴診器があるなら、胸の音も確認したいんです」「扱えるんですか」 恋が問い返すと、真帆は奈緒から責められることを覚悟したように唇を結んだ。「看護師をしていました。五年前に病院を辞めて、その後は母の介護をしながら施設の事務へ移ったので、現役ではありません。それでも、呼吸数を数えたり、医師へ伝えるための情報をまとめたりすることはできます」 奈緒は驚いて顔を上げ、すぐに怒りと期待の入り交じった表情を浮かべた。「どうして今まで黙っていたんですか。陽翔が高熱を出していることは、地下駐車場にいたときから知っていたでしょう。看護師だったなら、何かできたかもしれないのに」「ごめんなさい。言い訳に聞こえると思いますが、地下駐車場で医療経験があると知られた男性が、怪我人や病人を全部押しつけられていたんです。薬も器具もないのに、助けられなければ人殺しだと責められて、最後には黒岩さんからも役に立たないと言われて寒い区画へ移された。そ
last updateHuling Na-update : 2026-09-25
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第34話 凍りついた病院の生存者

第34話 凍りついた病院の生存者 大庭の残党が乗った三台の車両は、雪上車が通った跡を忠実にたどっていた。 新たに積もった雪の上へ刻まれた二本の履帯跡は、吹雪が消してくれるまでの間、進行方向を示す道標となる。追跡者を振り切ろうと速度を上げれば、前方に仕掛けられた罠を見落とす危険があり、慎重に進めば距離を詰められる。さらに病院の南棟からは武装した集団がこちらを狙っており、同じ場所へ留まって交渉する余裕もなかった。「西側の職員搬入口まで、建物沿いに二百メートルほどです。ただし、途中で薬品管理棟の前を横切らなければなりません」 相馬が地図を確認しながら説明すると、真帆は後部窓から追跡車両の映像を見つめ、緊張を押し殺すように両手を握った。「向こうは、私たちが病院へ入るのを待つでしょうか。それとも、車ごと奪うために撃ってくるんでしょうか」「少なくとも、見逃すつもりはないでしょうね」 恋は雪上車を後退させ、正面へ積み上がった雪の陰へ車体を隠した。病院側からは、こちらが逃げるために向きを変えたように見えるはずだった。 追跡車両との距離は五百メートルを切っている。先頭車両は放置された車へ何度もぶつかりながら進み、即席の排雪板から雪煙を巻き上げていた。運転が荒いため速度は出ているが、車体の負担を考えている様子はない。「相馬さん、西側搬入口の扉は、内側から開けてもらえるんですね」「病院の人からはそう聞いています。ただ、通路に雪が入り込んでいて、完全には開かないかもしれません」「分かりました。真帆さんは座席から離れず、身体を固定してください。これから少し揺れます」 恋は前照灯を消すと、運転席の操作盤で排雪板の角度を変えた。続いて異空間から発煙筒を取り出し、車外へ出ずに済むよう、側面の小窓から雪面へ落とす。低温のため煙の広がりは鈍かったが、数本を時間差で使うと、南棟と雪上車の間に灰白色の幕が生まれた。 薬品管理棟から警告の銃声が続いたものの、視界を奪われた状態では正確に狙えない。恋は雪上車を急旋回させ、病院の外壁へ沿うようにして西側へ走らせた。 後方から追ってきた先
last updateHuling Na-update : 2026-09-26
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第35話 百億円より価値のある一箱

第35話 百億円より価値のある一箱 病院の電力が途絶えると、最初に聞こえたのは透析装置の警報だった。 予備電源へ切り替わった装置が、残された電力の少なさを知らせるように甲高い音を繰り返し、暗闇の中で患者や家族の不安を煽っている。看護師たちは携帯灯を頼りに病室を回り、動かせない患者へ声をかけながら、毛布の隙間を塞いでいた。「走らないでください。床が凍っている場所があります。転んで怪我人が増えたら、それこそ手が回らなくなります」 相馬千尋が廊下へ響く声で呼びかけた。本人も透析室と病室を何度も往復しているが、恐怖を見せれば患者へ伝わると分かっているのだろう。呼吸は荒くなっていても、足取りだけは落ち着いていた。 西側搬入口からは、外扉を破ろうとする激しい音が続いている。すぐに扉そのものが壊れるとは思えなかったが、大庭の残党が道具を持っている以上、いつまでも耐えられる保証はなかった。 恋は異空間から携帯式の蓄電池と照明を取り出し、佐久間たちへ渡した。「患者を一つの区画へ集め、照明と保温器具を優先してください。雪上車にも電源がありますが、病院全体へ供給できる容量ではありません」「どれほど持ちますか」 佐久間が尋ねると、恋は蓄電池の残量表示を確認した。「照明だけなら数時間は使えます。ただし、透析装置や暖房まで動かすことはできません。発電機を復旧させる必要があります」「地下二階の通路は凍結しています。岩瀬さんたちが何度も試しましたが、制御盤までたどり着けなかったんです」「私なら障害物を除去できるかもしれません。岩瀬さんに案内してもらいます」「その間に西側の扉が破られたら、どうするつもりですか」「内側の防火区画を閉鎖してください。相馬さんには雪上車へ戻ってもらい、搬入口の監視を頼みます。山岸さんは患者の状態を確認しながら、陽翔君について先生と相談を続けてください」 恋が役割を告げると、真帆が険しい顔で振り返った。「白川さんは地下へ行って、発電機まで直すつもりなんですか。設備担当でもないあなたが、すべて自分でやろうとするのは危険
last updateHuling Na-update : 2026-09-27
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第36話 氷河期は十年続く

第36話 氷河期は十年続く 病院の東側搬出口は、降り積もった雪によって外から完全に塞がれていた。 岩瀬から聞いた構造図を頼りに恋が壁際の積雪を異空間へ収納すると、雪の圧力に耐えていた金属扉が軋みながら開いた。吹雪が地下通路へ流れ込み、同行する患者たちが一斉に顔を覆ったため、恋は異空間から防寒マスクと保温シートを取り出し、一人ずつ身体へ巻きつけていった。「ここから雪上車までは百メートルほどです。歩ける人も、前の人から離れないでください。転倒した場合は無理に立ち上がらず、すぐに声を出してください」 恋が説明すると、柏木雅臣は固定された左足を見下ろして苦笑した。「私は最初から歩けませんから、転ぶ心配だけはありませんね」「冗談を言えるのは結構ですが、担架から落ちれば骨折が悪化します。両手で固定帯を掴んでいてください」「ずいぶん容赦のない方だ。佐久間先生が、あなたなら患者を甘やかさないから安心だと言っていた意味が分かりました」「甘やかすかどうかと、落下させないことは別です」 相馬と真帆が担架を持ち上げ、ほかの二人の患者には病院職員が付き添った。移送されるのは、入院治療を終えながら帰る場所を失った者たちであり、病院に残る重症者より優先されたわけではない。暖房区画の人数を減らし、医療従事者の負担を少しでも軽くするための移動だった。 搬出口から外へ出ると、吹雪の音が会話を奪った。視界は二十メートルほどしかなく、雪上車の位置を示す発信機がなければ、方向すら見失っていただろう。 恋が遠隔操作した雪上車は、病院の北側を一周してから東側へ回り込んでいた。大庭の残党は無人車両だと気づかず、数人が車体へ取りつこうとして転倒し、残った者たちは別の車両で追いかけている。 車体が吹雪の向こうから姿を現すと、相馬は患者を先に乗せ、真帆とともに固定具を確認した。恋が最後に乗り込もうとしたところで、後方の監視ドローンが警告を発した。「追跡車両が一台、こちらへ進路を変えました。無人だと気づいたようです」「どれくらいで来ますか」「この視界なら三分ほどです。相馬さん、全
last updateHuling Na-update : 2026-09-28
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第37話 十年を生きる町

第37話 十年を生きる町 柏木雅臣が「この寒冷化は、十年続く可能性がある」と告げた翌朝、別棟の空気は目に見えて変わっていた。 昨日までなら、朝食の配膳が始まると、温かいスープの匂いに誘われて子供たちが集まり、大人たちは寝癖を直す暇もなく食器を持って列に並んだ。ところが今朝は、誰もが鍋の中身より、富美子が一杯ずつ掬う柄杓の傾きに目を配っていた。自分の器と前の者の器を見比べ、ほんの数ミリの差に意味を探している。 十年という時間は、数字として聞くだけなら現実味がない。しかし、その十年を自分たちの食料で生きなければならないと理解した瞬間、人は隣人の一口まで気にするようになる。「そんなに睨まなくても、底から掬った人にだけ具が多くならないよう、毎回ちゃんとかき混ぜていますよ。私だって、こんなことで恨まれたくありませんからね」 富美子は冗談めかして言ったものの、笑う者はいなかった。かつて学校給食の調理補助をしていた彼女は、鍋を扱う手つきこそ落ち着いていたが、柄杓を握る指にはいつもより力が入っている。 白川恋は食堂の壁際に立ち、人々の様子を黙って見ていた。 食料が尽きたわけではない。右手の異空間には、米も肉も缶詰も調味料も、百億円分を超える物資が収められている。それでも、無限に入る倉庫と、無限に湧き出す泉は違う。一度取り出して食べた物は戻らず、燃やした燃料も、使い切った薬も二度と増えない。 昨夜、その当たり前の事実を説明してから、住民たちは急に静かになった。食後の湯を断る者が増え、使いかけの石鹸を持ち帰ろうとする者まで現れた。善意で譲り合っているように見えても、その実、自分だけが浪費したと思われたくないという恐れが半分は混じっている。 恐怖は、ときに暴力より早く共同体を腐らせる。「朝食が終わったら、話し合いをします」 恋が告げると、食器の触れ合う小さな音まで止まった。「配給を減らす話ですか」 誰かが列の後ろから尋ねた。声の主は名乗らなかった。「それも含めて、これからの決め方を話します。私が一人で決定し、皆さんが従う形は、今日で終わりにします」 今度こそ、食堂が完全に静まり返った。安心した顔より、警戒する顔のほうが多い。それでいいと恋は思った。黒岩宗介は、皆のためという言葉で人を支配した。水城拓斗も、自分を信じろと言いながら、恋の情と財産を食い潰した。
last updateHuling Na-update : 2026-10-03
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第38話 種を異空間へ入れてはいけない

第38話 種を異空間へ入れてはいけない 最初に芽を出したのは、地下室で保管していた小麦だった。 水を与えてから三日目の朝、黒い土を押し分けるように、白っぽい芽が二本だけ顔を出した。午後には大根が続き、翌日になるとトマトの育苗トレーにも小さな緑が点々と現れた。子供たちは交代で様子を見に来て、そのたびに芽の数を紙へ書き込み、昨日より一ミリ伸びた、葉が開きそうだと騒いでいた。 ところが、「れんさんのみぎて」と書かれた札の側には、一週間が過ぎても何も生えてこなかった。「お水が足りなかったんじゃないの?」 結衣は二つのトレーを見比べながら、納得できない様子で尋ねた。水も土も照明も同じであることは何度も説明していたが、片方だけに芽がない光景は、六歳の子供にとって大人の説明より雄弁だった。「毎朝、同じ量をあげているよ。場所も途中で入れ替えたから、照明の当たり方も関係ないと思う」 稲葉は霧吹きの容器を棚へ戻し、土へ顔を近づけた。異空間から出した種を植えた側にも、水を含んだ土の匂いはある。表面には黴もなく、腐敗を示す変色も見られなかった。ただ、芽だけがない。「種が寝坊してるんじゃないかな」 回復して歩けるようになった陽翔が、奈緒に支えられながら言った。まだ頬は痩せていたものの、声には以前より力が戻っている。「一週間も寝坊するの?」「僕だって具合が悪かったとき、ずっと寝てたよ。だから待ってあげたほうがいいよ」 その言葉を笑う大人はいなかった。異空間の種にも時間が必要だったのだと思いたい気持ちは、全員の中にあったからだ。 恋は子供たちの後ろで、無言のまま育苗トレーを見つめていた。 異空間から取り出した種は、購入した当日の姿を保っていた。袋に破れもなく、湿気を吸った様子もない。種そのものも色艶を失っておらず、手触りだけなら地下室で保管した物より状態がよく見える。 それでも芽は出なかった。「まだ最初の試験です。これだけで結論を出すのは早いでしょう」 真帆は子供たちを食堂へ戻したあと、二つのトレーを慎重に確認した。
last updateHuling Na-update : 2026-10-04
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第39話 病院との氷上交易路

第39話 病院との氷上交易路 病院との定期輸送を決めてから三日後、最初の氷上交易便が避難所を出発した。 出発時刻は午前七時。夜明けを迎えても空は鉛色の雲に覆われ、監視カメラ越しに見える住宅街は、建物の輪郭まで雪に呑まれていた。外気温は零下六十八度。風速は前日より落ちていたものの、防寒服から露出した皮膚は数分も持たず、車両故障はそのまま死につながる。 使用するのは、病院救援で使った大型雪上車ではなく、真壁たちの資材倉庫から回してもらった小型の履帯運搬車だった。荷台には断熱した乗員区画が増設され、後部には工具や救助資材を積むための橇を連結している。食料や燃料の大半は恋の異空間へ収納できるため、車体へ載せる物は人間と緊急装備に限られていた。「確認します。前部燃料タンク満量、予備タンク二本、駆動ベルト二組、ヒーター予備一台、蓄電池四基、救命用の断熱袋が四つ。無線機は車載と携帯が二台ずつです」 相馬は点検表を読み上げながら、項目ごとに自分の指で部品へ触れていった。紙の上で印をつけるだけではなく、目と手で確かめるのは、以前運送会社に勤めていた頃の習慣らしい。「救命用断熱袋は六つに増やしました」 恋が異空間から二つ追加すると、相馬は小さく眉を寄せた。「乗員は白川さんと俺の二人です。六人も拾ったら、この車には乗せられませんよ」「だからといって、道の途中で四人より多く見つけた場合、二人だけ置いていく理由にはなりません。全員を運べなくても、次の便が来るまで生かす道具にはなります」「その考え方で物を増やし始めると、最後には車をもう一台持っていきたくなるんですよ。異空間に入るから重量は問題なくても、故障したときに使える人間は二人しかいません。今日は救助ではなく、輸送路の確認が目的です」 相馬は恋を諫めながら、追加された断熱袋を下ろそうとはしなかった。必要になるかもしれないと考えている点では、彼も同じなのだろう。「分かっています。予定外の救助を優先して病院への到着が遅れる場合は、必ず無線で相談します」「それならいいです。白川さんは、自分が一度助けられなかった相手まで、次に全部助けよ
last updateHuling Na-update : 2026-10-05
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第40話 北辰統合区からの救援放送

第40話 北辰統合区からの救援放送 病院の無線室に流れ込む男の声は、外の吹雪とは不釣り合いなほど落ち着いていた。『こちら北辰統合区。政府および自治体の行政機能が失われた地域において、私たちは暫定的な生活支援と治安維持を行っている。現在の登録住民は六百十三名。地下居住区、独立発電設備、浄水設備、診療区画、共同調理場を確保しており、周辺地域の生存者を順次保護している』 雑音を挟みながら、同じ内容が一定の間隔で繰り返されていた。声の調子には焦りも疲労もなく、原稿を読む速度まで整えられている。凍えた個人が助けを求める放送とは違い、組織として運用されていることだけは疑いようがなかった。 白川恋は受信機の前へ椅子を引き寄せ、職員に録音を頼んだ。隣では相馬が周波数と受信強度を記録し、柏木は男の言葉を一つも逃すまいと、老眼鏡を掛け直している。『救援または統合を希望する個人および集団は、次の情報を指定周波数で報告してほしい。現在地、構成人数、年齢および健康状態、保有する食料、燃料、医薬品、発電設備、輸送車両、武器、技術者の人数、代表者名、連絡可能な時間帯。登録情報をもとに、救援の緊急度と受け入れ順位を決定する』 恋は手元の紙へ、要求された項目を書き写した。 現在地。人数。食料。燃料。医薬品。発電設備。車両。武器。技術者。代表者。連絡時間。 救援に必要な情報と言われれば、どれも不自然ではない。しかし、それらを一つの拠点についてすべて揃えれば、何人で守り、どれだけ奪え、どの程度の抵抗が可能なのかまで推測できる。『北辰統合区は、個人による物資の抱え込みを認めず、登録拠点間の公平な配分を原則とする。余剰物資および余剰設備は、地域全体の生存率を高めるため、統合管理の対象となる。協力を希望する者は、正確な情報を報告されたい。虚偽の申告は、他の生存者の命を危険にさらす行為として扱う』 放送が途切れると、無線室には機器の低い作動音だけが残った。「六百十三人か」 柏木は感嘆とも不安ともつかない声で呟いた。「この状況で、それだけの人数を維持しているなら大したものだ。地下施設に独立電源まであるの
last updateHuling Na-update : 2026-10-06
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