私――琴南紬(ことなみ つむぎ)は、何も言わずに立ち上がった。涙がこぼれる寸前にリビングを出る。背後から、佑弦の不満げな声が聞こえた。「またどうしたの?ママって、いつも楽しい気分を台なしにするよね」新一は表情ひとつ変えず、平坦な声で答えた。「さあな。放っておけ。いつものことだろ」あまりにも軽いそのひと言に、私の足が止まり、背中が強張った。今日は佑弦の7歳の誕生日だった。私は朝早くから買い出しに行き、ケーキを作り、家じゅうをパーティー用に飾りつけた。ところが、新一が佑弦を迎えに行って帰ってきた時、傍らには7年間海外にいた元恋人の帆乃香がいた。新一は何でもないことのように言った。「帆乃香は帰ってきたばかりで、こっちに知り合いもほとんどいない。せっかくだから連れてきた」それから一晩中、家族は彼女を中心に動いた。帆乃香が風船を怖がれば、新一は私が一日かけて飾ったものを自分の手で外した。帆乃香が何気なく水を飲みたいと言えば、佑弦は家じゅうを駆け回り、自分の手で彼女のところへ運んだ。普段は厳しい志津子まで帆乃香の手を取り、目尻を下げて楽しそうに笑っていた。そのあと、みんなで連想ゲームを始めた。佑弦が引いたカードに書かれていたのは、私の名前だった。3人は順番にヒントを出した。「すぐ怒る」「何でも思いどおりにしたがる」「一緒に連れて歩くのも恥ずかしい」どの言葉も、鋭く胸に突き刺さった。帆乃香がお題のカードになると、佑弦はうれしそうに褒めちぎった。「すごくきれいで上品で、パパが大好きな人。僕はこの人にママになってほしい」一瞬で血の気が引いた。聞き間違いではないかと思った。新一は私をちらりと見た。「子供の悪気のない言葉だろ」志津子も口元をわずかにゆがめた。「子供相手に本気で腹を立てるんじゃないよ」帆乃香は膝の上に両手をそろえ、申し訳なさそうに私に微笑みかけた。おとなしく無害な女性を演じる姿は、隙がないほど見事だった。「紬、誤解しないで。子供の言うことなんだから、本気にしないでね」声はどこまでも優しい。けれど、その目の奥には、よく見なければ見逃してしまいそうなほど微かな、勝ち誇った光が潜んでいた。その眼差しは、まるで私が本当に、彼らの言うとおり、すぐ腹を立てて何
Read more