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第2話

Author: みっつ
「俺が8年間、ずっと心の中から消せなかった人だ」

志津子も意味ありげな目で帆乃香を見る。

「私が嫁に迎えたいと思うのは、この子だけよ」

胸の奥で、何かが音を立てて崩れ落ちた。

振り返ると、恥じらうように頬を染めた帆乃香が目に入った。

その瞬間、自分の心が完全に死んでしまう音を聞いた気がした。

私はスマホを取り出し、上司にメッセージを送った。

【以前お話しいただいた海外赴任の件、お受けします】

実はその話を持ちかけられたのは、半月ほど前だった。

海外拠点で新しいプロジェクトが始まるものの、チームを一人率いられる人材が足りないという。

会社は長いこと適任者を探していたが、なかなか見つからなかった。

最後には本部長が直々に私を呼び、こう言ったのだ。

「琴南、このポジションを任せられるのは君しかいない。

任期は5年。役職は2段階上がり、給与は今の3倍になる」

それでも私は断った。

佑弦が小学校に入ったばかりだったから。

そして新一から、女が仕事にそこまでのめり込む必要はない、家のことをする人間も必要だと言われたからだ。

あの時の私は、その言葉を信じた。

この家には私が必要なのだと思っていた。

けれど今夜、ようやく分かった。

彼らが必要としていたのは、私ではない。

何を言われても逆らわず、家族の世話をしてくれる都合のいい人間が欲しかっただけなのだ。

上司からはすぐに返信が届いた。

【本当に決めたのか?行けば5年は戻れないぞ。

息子はまだ小学校に上がったばかりだろう。置いていけるのか?

それに、ご主人は同意しているのか?】

私は自嘲気味に口元をゆがめ、文字を打った。

【置いていけます。あの人たちは、私がいなくなることを望んでいますから】

数分後、航空券の手配が完了したという通知が届いた。

出発は3日後だった。

私はその画面を、30分ものあいだぼんやりと見つめていた。

階下から新一が呼ぶ。

「紬、ケーキを切るぞ」

佑弦も大声を上げた。

「ママ、早く来てよ。帆乃香お姉ちゃんを待たせないで」

私は数秒黙ったまま動かなかった。

下へ戻る気にはなれない。

だが、ふと考え直した。

すべてを断ち切るために、最後のひと押しが必要なのかもしれない。

あの人たちが、別の女のためならどこまで私を傷つけられるのか。この目で確かめておこう。

私は踵を返し、階段を下りた。

ダイニングテーブルの前には、新一と佑弦と志津子が横一列に並んでいた。

私がテーブルに近づくと、佑弦はすぐに眉をひそめた。

「ママ、ちょっとどいて。帆乃香お姉ちゃんの場所がなくなるでしょ」

握りしめた拳をほどかないまま、私は横へ一歩ずれた。

志津子は不満げに舌を鳴らす。

「本当に気が利かないね。あんたは向かいに立ちな」

そして、帆乃香の手を親しげに引いた。

「帆乃香、真ん中においで。みんなで家族写真を撮りましょう」

新一は一部始終を見ていたが、止めようとはしなかった。

佑弦は当然のように私へ命じた。

「ママ、おばあちゃんの話、聞こえたでしょ?僕たちの写真を撮って。

帆乃香お姉ちゃんをきれいに撮ってね」

以前の私なら、これほど露骨に差をつけられれば、すぐに涙ぐんで、「どうして私だけ」と問い詰めていただろう。

けれど今は、そこにいる一人ひとりの表情を、ただ深く胸に刻んだ。

スマホを取り出し、カメラを彼らに向ける。

画面の中で、佑弦は片手で新一と手をつなぎ、もう片方の手で帆乃香の手を握っていた。目を細め、心からうれしそうに笑っている。

志津子は帆乃香の反対側の腕に自分の腕を絡め、慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。まるで本当の母娘のようだ。

その光景を見て、ふと去年のことを思い出した。

新一と私が、遅れて結婚式を挙げた時のことだ。

最後に行ったのは、やはり記念撮影だった。

佑弦は私と手をつなぐのを嫌がり、新一に抱き上げられた。

志津子は決められていた立ち位置からわざわざ私の前を回り、新一の隣へ移った。

私は確かにウェディングドレスを着ていた。

それなのに結婚式の写真では、たった一人だけ輪から外された、どうでもいい脇役にしか見えなかった。

その晩、私はバルコニーで長いあいだ泣いた。

そして自分に何度も言い聞かせた。

「たかが写真一枚じゃない。考えすぎないで。私たちは家族なんだから」と。

けれど、今なら分かる。

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