星をくれたあなたと、ここで会いたい 〜原価30円のコーヒーは、優しく薫る〜 のすべてのチャプター: チャプター 51 - チャプター 60

74 チャプター

けじめ③

付き合ってる彼氏に冷たくされたところに顔の良い男子が寄ってきて。優しく口説かれて絆《ほだ》されたらそっちに心奪われるのは人の情だろう。でも、元カノにとっては本命はそうちゃんだったわけで。正気に戻ったとき。それはそれは後悔が残っていたのだろう。「でも俺、修羅場ヤなんですよね」私からも店長からも目を逸らしてコーラに口を付ける。「修羅場を避けた結果が、これだ。結局修羅場は先延ばしされただけじゃないか?」「そうみたいですね」コーラを半分程飲み干したそうちゃんは、溜め息混じりに言った。「……修羅場、やってくるしか無いんじゃない?」「ももちゃん。俺が刺されてもいいの?」コーラ片手に大袈裟に悲しそうな顔を作るそうちゃんに私は苛立ちを覚えた。「そうちゃんが刺されるって言うならさ。関係無い亜樹が刺されてもおかしくない状況だったんだよね⁈」「そ、そうか……」「そうか、じゃないわよ全く。お腹と背中に少年ジャンプとか入れるぐらいの気概を見せてくれないと、私そうちゃんの彼女やめるよ?」「ももちゃん……」「白雪さん、それ速水が刺される前提……」悲しそうなそうちゃんと苦笑いの店長。構うものか。そうちゃんはこの騒ぎの責任を自分で取るべきだ。「自分の尻を自分で拭けない彼氏はいらないって言ってんの。本当に刺されたら救急車呼んであげるから、きっちり修羅場、やってきて!」とは言うものの。私が修羅場に立ち会うのはどう考えても危険。そうちゃんは単身、元カノの元へと行ってきた。当然だ。そうちゃんのやらかしは、そうちゃんがケリをつけるのが筋だ。亜樹にかなりの迷惑を掛けたんだ。何が何でもやってもらう。ロミオに来ていた元カノ、ユリさん。現在そうちゃんが修羅場の真っ最中だろう。念の為私は、そうちゃんの部屋で待機していた。自宅の近くで修羅場っていうのもどうなんだろう?自宅の場所が知れたら詰んじゃうのでは?そんなことをぐるぐると考えている間に、スマホが震えた。画面に映ったのはそうちゃんの名前。「はい」「……俺」私の名前は口にしないよう、念を押していた。一応ちゃんと守っているようだ。「大丈夫?刺されてない?」「ああ……疲れた」「部屋で待ってるから。頑張って帰ってきて」「ももちゃん、お迎え……」「……名前を口にするなって言ったよね?」「ごめん」危機管理が本
last update最終更新日 : 2026-10-03
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あなたの罪と私の罰①

──お灸は据えなきゃいけない。ドアの鍵がカチャリと開いた音がした直後、「ただいま……」とげっそりとしたそうちゃんが帰ってきた。「おかえり」見よ、この満面の微笑みを。私の顔を見たそうちゃんはふらりと近くまで寄った瞬間、私の身体を抱きしめた。「……そうちゃん?」「充電させて」しばらくそのまま、そうちゃんも私も動かなかった。だいぶ消耗したんだな。本当は、今日はこの後例の居酒屋に行こうかと思っていた。遠距離になったはずの元カノがバイトしてる、あの居酒屋だ。今日で一気に禊《みそぎ》を果たしてもらおう。そう思っていた。でもそれは難しそうだ。現在のそうちゃんの姿がその理由だ。今日のディナー会場を例の居酒屋にしてしまったら、それこそ私達の仲にも悪影響が出るかもしれない。私達は別れない。元カノ達の思惑通りになんか、させない。私達の積み重ねてきたものは元カノ達の攻撃なんかに負けない。ふと、そうちゃんが顔を上げた。「ももちゃん。あいつはもう来ない。もう、大丈夫だ」「ちゃんと諦めてくれた?」諦めるのが難し過ぎてあんな感じになったのだろう。そこから諦めるまでの過程ってすっごくしんどいよね。「俺のももちゃんへの愛をこれでもかと語ってきた。勿論ももちゃんの名前は出してないよ」「……どんな反応だった?」「潰れた蛙でも見るような目で見られたよ」……だろうな。って、潰れた蛙って。「あと、何かよくわからないけど、すっごい罵倒された。覚えてないけど暴言も吐かれたかな。全部聞いてたら疲れちゃってさ。でも逃げなかったよ俺。偉い?」偉い?って聞くかこの人。そもそも自分の蒔いた種だよね?「あー……偉い偉い」「ももちゃん棒読み」「うん、すっごい、偉い!」「そう思ってないでしょももちゃん」あ、だめ。イライラしてきちゃったぞ?「あのさ。そもそもそうちゃんが自ら蒔いた種だよねで⁉︎そのせいでロミオだけでなく国語科の友達にも迷惑掛かってんの!亜樹だって後つけられたの忘れたの⁈」私の気迫に調子に乗りまくっていたそうちゃんがあっという間にしゅんとした。「はい……。忘れてません」「ゆかさんにバラしたっていいんだよ?」「そ、それだけはご勘弁を」ゆかさんとは、そうちゃんのお母上である。「反省してんの?」「してます」「じゃあ今日の晩御飯、居酒屋行こうか」「え
last update最終更新日 : 2026-10-04
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あなたの罪と私の罰②

「ふーん、勤務中、ねぇ。あのさ、これ以上俺のプライベート嗅ぎ回るんだったらここの店長に話すからな」「え……」こっちの元カノの血の気が引いていく。「お前の親にもな。俺の彼女にもその周囲にも迷惑掛けてんだよ。わかったら早く行ってくれる?」「失礼、します……」よろよろとその店員は、元カノは私達の視界から消えた。「そうちゃん、勤務中には鬼じゃ」「尻尾掴んだ時に言うしかないだろ」んー、ちょっとやり方強引だったかな。そうちゃんをここに来させた張本人は私なんだけれども。私だってロミオでのバイト中にあんなこと言われたら復活出来ないだろうな。ここで良い子ぶるか冷たい女に徹するか。良い子ぶる女は正直嫌いだ。でも冷たい女にもなりきれない。私って中途半端なんだな。ここはもう、私は何も言わないことにする。無責任だな。でもそうちゃんとこっちの元カノに対する責任って何?そもそもこの2人の件と私って本来関係無いはず。関係無いのに迷惑被ったっていうだけだ。何もしないことを正当化することにした。そうだ。そもそもの今日の目的って、そうちゃんにきっちり修羅場を経験してもらうことだ。でも元カノのバイトの最中は無しだ。そうちゃんがこれ以上のことをしないなら、さっきのはただの警告で終わる。私の知らないところでそうちゃんと元カノがやり取りをするなら、それはきっと修羅場になるだろう。そうちゃんが元カノの熱意に絆されなければ、だけど。私達が例の居酒屋に行ってから3週間経った。元カノから私へのアクションは何も無かった。図書館司書の講義も終わり、大学が完全に夏休みであるからか。元カノの取り巻きからの攻撃も無かったし、ロミオへの襲撃も無かった。のだけれど。「……ねぇ、何?あれ?桃歌、いいの?」小声で教えてくれたのはホールにいる亜樹だ。私がカウンターでA2の客用のツーホットの準備をシルバーにしている、その最中。ロミオの客用ドアを開けて入ってきたのは、そうちゃんと例の元カノだった。「いらっしゃいませー。お客様2名様でよろしいでしょうかー」定型文って有り難い。心がパニック状態でも接客が出来るなんて。もう、無になるしかない。何の偶然か、今空いてる席はB6しかない。私が作業する、カウンターの目の前の席だ。B6の会話は基本全て店員に筒抜けだ。そうちゃんは一体、何を考えているのか──?私
last update最終更新日 : 2026-10-04
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太陽×2①

「……以上でよろしいですか?」今日初めてそうちゃんと目が合った。色彩を失くした私の目。よそ行き用のそうちゃんの目。ついこないだまで、想い合ってたはずなのにな。こないだ強引に居酒屋に行った罰が当たったか。私が知ってるそうちゃんは、もういないんだな。「ご注文繰り返します。アイスコーヒーとアイスオーレ、お一つずつですね。以上でよろしいでしょうか。失礼します」そうちゃんの顔も元カノ──もう今カノになっているのかもしれない──の顔も見ないでその場を後にした。といっても、私の持ち場のカウンターって、ヤツらの半径1メートル以内なんですけど。「アイス、アイオレです」亜樹が小さくおいでおいでした。無言でキッチンに入る。「今だけキッチン、行ける?アイスとアイオレはもう作ったし、持ってくから。次のオーダーからキッチンよろしく」「……ありがとう」亜樹の顔を見たら泣きそうだった。しがみつきたかった。でも今はバイト中。尚且つそうちゃんと例の彼女の視界に入りそう。私のプライドを総動員して辛うじて堪えた。その後のそうちゃん達の会話はわからない。キッチンからは聞き取れなかった。というより、オーダーが立て込んでそれどころじゃなかった。忙しいってありがたい。私の知らない間に例の2人は帰っていた。どこに帰ったのかは知らないけど。そんなの考えたくもない。そうちゃんの来襲はすぐに店長の知るところとなった。あれ以来、私がそうちゃんとシフトを組まれることは無かった。それがお店にとってすごく迷惑なことだとよくわかる。でもだからって、今の状態でそうちゃんと組めるメンタルは持ち合わせていなかった。あの2人が来たらどうしよう。バイトに向かう度にため息が出る。そうちゃんとはあの日以来、連絡を取っていない。あの日の休憩中、速攻でLINEをブロックしたからだ。そうちゃんの声など聞きたくない。そうちゃんの顔も見たくない。歴代の彼女達ともこうやって別れてきたのかもしれない。はっきりと対峙するのではなく、新たな彼女を連れて見せつける。話違うじゃん。イケメンあてがってくれるんじゃなかったの?あの日までは、いつも通りの、私に甘々、極甘のそうちゃんだったのに。こんな別れ方する人だったんだ。それも私のバイト中に。私があの時泣き叫んだらどうするつもりだったのだろう。今の私のメンタルを維持するには
last update最終更新日 : 2026-10-05
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太陽×2②

「そうちゃんも来れば良かったのにね。あ、ちょっと電話」スマホを手に取った母はそのまま通話の相手方と会話を始めた。「え、そうなの?じゃあ今日は晩ご飯作らないよ」通話を終えた母はゆかさんを見てにっと笑った。「ダンナ、飲み会だって。ゆかちゃん晩ご飯一緒にどう?」「あー……でも蒼のご飯作ってきてないなあ。今ちょうど、帰ってきててさ」「そうちゃん呼べばいいじゃん?何がいいかなあ。焼肉だったら来そうじゃない?」え。そうちゃん呼ぶの?「焼肉なら来るね。ちょっと蒼にLINEするわ」いやいやいや、私がいるって知ったら来ないでしょ。「来るって」嘘でしょ。そうちゃん、どの面下げて来るのよ。「ももちゃんがいるのは内緒にしてやったよ。感動の再会サプライズね」「え。いいじゃん」「ももちゃん彼氏とかは?」え。どう答えるのが正解?「この子、そういうのオープンにしてくれないんだよねえ。いるようないないような、ね?」母の目配せから逃れて違う方を見る。勿論母にはそうちゃんと付き合ってたことは伝えていない。「蒼は最近振られたみたいでさ」「あらら」「ちょっと前まで分かりやすく浮かれてたんだけどね。何言ってもにこにこしてたんだけど。今はダメ。この世の終わりみたいな顔してんの」「じゃあ焼肉食べて元気出さないと。桃歌。私達は一応知らないふりね」言われなくてもポーカーフェイスでしかそうちゃんには会えません。子どもの頃以来、初めて会う演技をすれば良いってことね。ていうかそうちゃん、私がいること知らずに来るんだ。いやその前に、振られたってどういうこと?ストーカー化しちゃうぐらいそうちゃんのこと好きだったくせに、もう別れたんだ。それも彼女の方から。振り回された私、一体何なんだろう。忘れればいい。例の彼女とは別れたっぽいとはいえ、そうちゃんはもう私の知るそうちゃんではない。私の大好きだったそうちゃんは私の記憶の中にしか、もういない。再会しなければ良かった?付き合わなければ良かった?それはわからない。でも私は、そうちゃんと付き合ってたときは間違い無く幸せだった。もうそんな幸せは戻ってこないけど。そこそこに挨拶をしてから部屋に戻った。棚の上にはそうちゃんから貰った金平糖の瓶が今も並んでいた。子どもの頃に貰ったものと、最近彼から貰ったもの。どちらも捨てるなんて出来なかった。
last update最終更新日 : 2026-10-05
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太陽×2③

焼肉屋の店内は、私が思うよりも狭かった。そうちゃんが、もう母達と合流してる。ジンジャーエールを手に私がテーブルに近づいていることには、恐らく気付いてないだろう。着席する以外の私の選択肢は、もうなくなった。「あ、桃歌ちゃん。蒼やっと来たよ」ゆかさんの声にそうちゃんは顔を上げ、私は呼吸の仕方を忘れつつ、体内に残された酸素を頼りにかろうじて着席した。ジンジャーエールをテーブルにぶち撒けるという失態は起きてない。大丈夫。私は演《や》れる。口を少し開け、新しい空気を取り込んだ。「久しぶり」「あ、ああ……久しぶり」「桃歌ちゃんも来てたのよー!感動の再会じゃない?ちっちゃい頃、あんたら仲良かったもんねー」「そうそう。もういっそ許嫁にしちゃおうか、とか言ってたよね。どう?桃歌。そうちゃんだいぶイケメンになったじゃん?」硬直するそうちゃんをよそに、予想通り盛り上がる母達。初対面を装う私。何なのこのテーブル。とんでもないカオスだ。「桃歌ちゃんも美人さんになったじゃん。どう、蒼?彼女と別れたんだったらLINEとか交換してみたら?」「しちゃえしちゃえ。そうちゃんなら私許す!……あ。ダンナは泣くかも」「旦那さんに内密で」「いいねえ、秘密の関係。何て香ばしい。……って!もうそれ焦げてない?」無双する母達の攻撃を避けるには焼肉奉行になるしかない。私はお肉をひっくり返す作業にひたすらに徹した。「桃歌ちゃんは今彼氏いるの?」ゆかさん、ド直球!「いないですよ」そうちゃんの顔が強張ったのが直接見なくてもわかった。「あれ?私いると思ってた」「いないってば」「だって桃歌、ちょいちょい夜帰ってこなかったじゃない。……あ、でも最近は無いか」「あれは明有花の家に行ってたの」「ああ、国語科の友達ね」明有花の家に頻繁に泊まっていたわけではない。母の言うちょいちょい夜帰ってこなかったというのはそうちゃんの部屋に泊まっていた日のことだ。「なんだ。本当に友達の家に行ってたのか。てっきり彼氏ができてその人の家に入り浸ってるのかと思ってた」はい、お母さま、正解です。何ならその元彼、目の前で青ざめてますけどね。「彼氏がいてもいいけどさ。妊娠だけは本当に気をつけてよ?」「だからいないってば」「そうちゃんはどうなの?イケメンだから桃歌と違って選び放題でしょ」《《桃
last update最終更新日 : 2026-10-06
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百日紅散る頃①

『この後、駅前のコンビニで待ってる』私とのトーク画面に送ったメッセージを再び見せた。行きたくない。もう話すことなんて無いんだけど。会計を済ませた母達に続いて焼肉屋の外に出る。9月だというのに日中はまだ暑かったけど、陽が落ちるともうそこまでではない。涼しいと言えるまであと少しといったところか。「俺、ちょっとコンビニ行ってから帰る」「そうなの?母さんも行こうかな」「いや、ちょっと探したい物があるから時間かかる」「ふーん」この後彼は実家に帰る算段だったのか。抜け出すには私と同じようにひと工夫いるんだな。「お母さん。私、本買い忘れたから行ってくる」「そうなの?じゃあ先帰るわ。ゆかちゃん。ちょっとお茶してく?」「じゃあそこのロミオ行っちゃう?」そこのロミオって私と彼のバイト先ですけども。てかまだ喋るのね、この人達。無限に喋ってんな。「じゃあ桃歌、遅くならないようにね」お母さんこそ。ロミオの閉店時間までいそうだな。母達がロミオ方面へ向かったのを見届けて、私は自転車で駅に向かおうとしたところだった。「ももちゃん。このまま俺の家、行かないか?」「……は?」ナニイッテンノコノヒト。「速水くんの家に行く理由がわかりませんが」私の喉から絞り出されたのは、先日同様、人生で一番冷たい声だった。「ももちゃん、俺の話を聞いて欲しいんだ」「私は話すことなんて無い。あと、気安く名前で呼ぶのやめて頂けませんか」はい、可愛くないですね。でももう別れた元彼に、あんな別れ方させられた元彼に可愛さアピールなんていらないよね。「お願いだから!このままなんて俺嫌だ」「……離してもらえませんか」涙を浮かべる彼に両腕を掴まれていた。強く掴まれて、痛い。「離したら、話聞いてくれないだろ」「……痛いんです。腕。離してください」私の両腕を掴む手の力が緩んだ。彼の顔はなるべく見ないようにして、素早く鞄から自転車の鍵を出した。何で涙を浮かべてるんでしょうね。元カノと上手くいかなかったんでしょうけど、そんな話、聞きたくないし私に関係無い。自転車の鍵のロックを解く。家の方向にタイヤの向きを直した。「じゃあ、これで」「待って!」今度は自転車のハンドルを手で固定された。こんなに力、強かったんだな。「離して欲しいんですけど」「ごめん。でもこれだけ。俺、ももちゃんと別
last update最終更新日 : 2026-10-06
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百日紅散る頃②

「ロミオから帰った後、ももちゃんにLINEしたんだ。全ての事情を話したかった。でも、通話はできないしメールも既読にならない。ももちゃん、ブロックしたんだなって悟ったけど。まさかSMSのメールも電話番号もブロックされるとは思わなかった」「当然でしょ。あの日、私達は終わったの。もういい?」自転車のハンドルを掴む力は変わらなかったようで、私の力ではビクともしない。「なあ、ももちゃん。俺はももちゃんと元に戻りたいんだ。もう邪魔する元カノはいないから」その真剣な顔に、悲しそうな眼に、絆されそうになる。それでいいの?私はこのまま、受け入れていいの?息を吸う。鼻の奥がツンとして、少し音がした。「……ちょっと、受け入れられない」「ももちゃん……」彼の眼から、一筋の涙が溢れた。「あの日の、ロミオでの速水くん。私と目、合ったよね。あのとき、私がどんなに傷ついていたか、ちょっとでも考えた?」「考えたよ!当たり前じゃないか!」「そうは見えなかった……ちょっと、私、考えたい。今日はもう、帰らせてくれませんか」このまま彼に絆されることも、信用に足るか彼を見定めるのも、どちらもしたくなかった。今は、何も考えたくない。「わかった。でもももちゃん、ブロックだけは解除してくれないか?」ブロック解除か。それは彼を再び私の人生に組み入れることになる。彼と別れ、帰路についた。自転車を、かつて無い程のスピードで漕いだ。何も考えたくない。ただそれだけ。彼を私の人生から全削除したのは、自分の心を守る為だった。でも彼は、私の人生に戻ってきたいと言う。勝手だ。勝手だと思う。あの日の彼の眼からは、何も読めなかった。でも彼は、私がどんな眼をしていたか、どんな表情をしていたか、見ていたはず。彼の涙を、信じていいのか分からない。 あっという間に家に着いた。母はまだ帰っていない。父は飲み会だって言ってたっけ。自転車を置いて、家の鍵を開けた。無機質な音が響いた。電気を点けたけど、誰もいない。それで良かったと思う。今私、一体どんな顔をしているんだろう?誰にも見られたくない。混乱して、泣きそうで泣けなくて。よくわかんないけどぐっちゃぐちゃだ。──お風呂入って寝よう。それがいい。彼へのブロックの解除はしようと思えなかった。熱いお風呂に入って、眠って、それから考えよう。私は彼とどうな
last update最終更新日 : 2026-10-07
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百日紅散る頃③

例の元彼か。亜樹の中には、まだその人が変わらずいるんだな。「ねぇ亜樹。SNSとか」「探したよ。でも本名ではやってないみたい」「そっか」「私、振られた側だし。見つけたとしても、こっちからフォローするのも向こうが嫌かな、とか考えちゃうんだよね」「そんなこと……」無くはないか。亜樹とその彼がどんな感じだったかは私にはわからない。でも、私のインスタを伊沢くんにフォローされたらちょっと嫌かも。「速水くんは桃歌と戻りたがってるよ。昨日も私と店長で宥めるのちょっと大変だったしね」「え」亜樹はしまった、といった表情をしていた。でも時既に遅し。講義室のドアの向こうから聞き慣れた声が聞こえた。他のみんなが到着したみたいだ。「余計なお世話かもだけどさ。早めに、向き合った方がいいと思うよ。……おはよう。みんな同じバスだったんだ」百永と花音が亜樹の隣の空いてる席に続いて座った。と同時に明有花も到着した。真希達ももうすぐ来るだろう。しかしまた更に店長にも迷惑掛けてたのか。もう意地を張ってる場合じゃないな。みんながガヤガヤと喋り出した中、鞄の中のスマホのLINEを密かに開く。彼のブロックを、そっと解除した。『直接会って話しましょう』送信完了。私が彼と、どうしたいのかはまだわからない。気持ちがあるのは認める。どうしたらいいのかわからない。ただ確実なのは。もうこれ以上店長と亜樹に迷惑はかけられないということだ。LINEは、すぐに既読がついた。『いつ?今日でもいいよ?』『今日はシフト入ってる。明日は?』『明日も大丈夫』用件だけの、短いLINE。思えば、彼はLINEをあまりする人ではなかった。話したいなら通話にするか、それこそ会いに来る人だった。彼にとってはLINEはただの連絡手段だった。「──久しぶり。連絡、ありがとう」「……久しぶり」黒川駅近くの公園。自転車で駅からもロミオからも私の家からも近い。小さな頃、そうちゃんと遊んだ公園だ。どちらからともなく、ベンチに座った。何を語ればいいんだろう。まだ、私の心は決まっていない。彼と、そうちゃんと、私は本当に別れたいの?意地を張って、周りに迷惑をかけて。気を遣わせて。これで私は本当にいいの?そうちゃんは何も言わない。私が話し出すのを待っているのだろう。「私ね」「うん」鼓膜を優しく揺らす、大好きな
last update最終更新日 : 2026-10-07
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epilogue 〜未熟な私達〜

「ねえままー!ちゅーしてるよー!」……やばっ!咄嗟に唇を離したそうちゃんと顔を見合わせて二人して固まる。「け、けんた!ちょっ……行くよ!」「えーなんで?ぶらんこもっかい……」「いいから!今日ハンバーグね!」「やったあハンバーグ!」可愛い声と焦り気味のお母さんの声が遠のいた。「そうちゃん」「……俺ん家、行く?」「そうしようか」立ち上がった彼が私に手を差し出す。夕陽をバックに王子様ポジション。そうちゃん、狙ってやってる?似合い過ぎて悔しいくらい。手を重ねて、指を絡めとられて。そうちゃんと手を繋ぐのも、その腕にくっついて膨らみを押し付けるのも久しぶりだ。「ももちゃん、今、そんなんされたら……?」「されたら、何?」「……何でもない」上目遣いと胸の押し付け攻撃の合わせ技。そうちゃんは面白いぐらいにまっすぐ喰らってくれる。そうちゃんと戻れた今、手持ちの全ての技をそうちゃんに使いたい気分だ。部屋に行ったら、きっと抱かれる。今日は私から、ご奉仕してあげてもいいかもしれない。「そうちゃん待って」「ん?」「ちょっと、お母さんにLINEしとく」「遅くなるって?」「ううん。明有花の家に泊まるって言っとく」形の良いアーモンドアイが見開いた。「今日はずっといよう?いいでしょ?」「ももちゃん……俺、家まで我慢出来るかな」──ついに、母達にそうちゃんとの仲がバレた。「明有花の家に行く」と告げて出掛けたのに、出掛けた先で私の母とゆかさんに遭遇したのだ。「えっ……?桃歌?」「蒼?え、そういうこと?」突然の出来事に2人して固まった私の沈黙を、母達はYESと受け取った。「ええーっ⁉︎そうなの⁈」「桃歌ちゃん!本当に蒼でいいの⁈」「ちょ、おかん。蒼でいいって何だよ」目をまん丸くした2人に冷静に突っ込むそうちゃん。すごいな。私、まだ頭固まってるんだけど。「ちょっと待って。じゃあ桃歌が今日泊まりに行くのって」「蒼の家ってこと⁉︎え、嘘でしょ⁉︎……桃歌ちゃん」まずい。ちゃんとした挨拶も何も出来てないのにそうちゃんの家に入り浸ってるのがバレたって。絶対印象悪いじゃん。「桃歌ちゃんあなた……」「はい……」こ、怖過ぎる……。もうゆかさんって呼ばせて貰えないかもしれない。「ウチにお嫁に来る?」「へ?」「ちょ、おかん‼︎」
last update最終更新日 : 2026-10-08
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