All Chapters of 『彼女の汗の匂いだけ、なぜか忘れられない。~匂いに敏感な俺と、秘密のフェチを抱えた女子大生たち~』: Chapter 11 - Chapter 20

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第11話 気にしてないと言う人ほど、だいたい気にしている

第11話 気にしてないと言う人ほど、だいたい気にしている 神崎先輩から届いたメッセージを見て、俺は嫌な予感しかしなかった。『陽菜ちゃんの記録会、私たちも行くよ』 そこまではいい。 応援する人間が増えるのは、たぶん陽菜にとって悪いことではない。 問題は、その下に続いた一文だった。『澪も来るって』「……ああ」 思わず声が漏れた。 白石澪先輩が何か悪いわけではない。 むしろ静かで、押しつけがましくなく、俺が嫌そうな顔をすればすぐ引いてくれる。神崎先輩よりよほど付き合いやすい人だ。 ただ最近の陽菜は、澪先輩の名前が出るたびに微妙な顔をする。 本人は否定する。 嫉妬ではない。 怒ってもいない。 気にしていない。 その三つを繰り返す。 そして大抵、全部嘘だ。「どうするかな」 別に俺から知らせる必要はない。 当日まで黙っていてもいい。 だが、記録会当日に突然澪先輩が現れたほうが面倒になる気もする。 少し考えて、結局陽菜へメッセージを送った。『神崎先輩たちも記録会来るらしい』 すぐに既読。『ほんと?』『うん』『玲奈先輩?』『あと白石先輩』 そこで返信が止まった。「ほらな」 分かりやすすぎる。 一分。 二分。 ようやく返事が来た。『そうなんだ』 短い。 非常に分かりやすい。『嫌?』『別に』「出た」 もう笑うしかない。『その別に信用できないんだけど』『ほんとに別にだよ』『じゃあいいけど』『何で白石先輩も来るの?』 来た。『神崎先輩が誘ったんじゃない』『ふうん』『何』『何でもない』「二連続かよ」 俺はベッドに横になりながら返信する。『気になるなら本人に聞けば』『気になってないし』『じゃあ聞かなくていい』『うん』 これで終わりかと思った。 数十秒後。『白石先輩って陸上好きなの?』「気になってるじゃん」 思わず笑った。『知らない』『悠真、聞いてないの?』『何で俺が聞くんだよ』『よく話してるから』『そんな話してない』『でも図書館で会うんでしょ』『たまに』『字も書いてる』『頼まれたら』 また止まる。 そして、『へえ』 と返ってくる。『何だよ』『別に』『今日はそれ禁止』『じゃあ何も言わない』『余計感じ悪い』『悠真が細かいんだよ』『お前が
last updateLast Updated : 2026-09-22
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第12話 見てほしい人がいると、少し怖くなる

第12話 見てほしい人がいると、少し怖くなる 午後十一時七分。 スマートフォンの画面には、陽菜から届いた短いメッセージが表示されていた。『記録会、ちょっと怖くなってきた』 しばらく画面を見たまま、俺は動けなかった。 陽菜が弱音を吐くのは珍しい。 体臭のことで落ち込んだことはある。 自分でも気にしすぎだと言いながら、それでも気にせずにはいられないと話したこともあった。 でも陸上については違った。 走ることだけは、陽菜にとって迷う必要のないものなのだと思っていた。 速いとか遅いとか、勝つとか負けるとか、そういうこと以前に、走ることそのものを好きな人間。 俺にはそう見えていた。『電話する?』 考えるより先に送った。 既読はすぐについた。 けれど返事は来ない。 三十秒ほどして、スマートフォンが震えた。 陽菜からの着信だった。「もしもし」『……もしもし』 いつもの陽菜より声が小さい。「どうした」『今、平気?』「電話しようって言ったの俺だろ」『そうだけど、一応』「平気」『ありがと』 少し沈黙。 陽菜の向こうから、布が擦れるような音がする。 たぶんベッドか何かに座っているのだろう。「記録会、怖いって」『うん』「何かあった?」『別に特別なことはないよ』「じゃあ何で」『分かんない』「またそれか」『今日は怒らないで』「怒ってない」『今ちょっと呆れたでしょ』「少し」『ほら』「でも聞くから」 向こうで小さく笑う気配がした。『ほんと、そういうところあるよね』「何が」『雑なのに、途中で帰らないところ』「褒めてる?」『今日は褒めてる』「じゃあ受け取っとく」 少し空気が軽くなった。 それでも陽菜はすぐに黙った。「緊張してる?」『うん』「記録会だから?」『それもある』「他にも?」『ある』 声が少し低くなる。「何」『悠真が来るから』 予想していなかった。「俺?」『うん』「何で俺が行くと怖くなるんだよ」『だから、そういう言い方しないでよ』「いや、本当に分からないから」『分かんないならいい』「よくないだろ。お前が言い出したんだから」『……見てほしいって思ったのは本当なの』「うん」『だから誘ったし、来てって何回も言った』「何回どころじゃないけどな」『そこ今言う?
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第13話 走り終わったら、最初に君を探した

第13話 走り終わったら、最初に君を探した スタートの銃声が鳴った瞬間、陽菜は飛び出した。 俺には四百メートル走の細かい駆け引きなんて分からない。 最初から飛ばしすぎると後半が苦しくなるとか、バックストレートでどこまで速度を維持するかとか、最後の百メートルで身体が動かなくなるとか。数日前に少し調べた知識はある。 でも実際に目の前で始まってしまうと、そんなものはほとんど役に立たなかった。 ただ走っている。 それだけなのに、目が離せない。 外側のレーンを走る陽菜は、序盤から前へ出ていた。「速いじゃん」 隣で神崎先輩が言う。「ですね」「香坂君、詳しくないんでしょ?」「全然」「なのにものすごい真剣な顔してる」「今それ言います?」「ちょっと面白くて」「見ててくださいよ」「はいはい」 俺はすぐトラックへ視線を戻した。 最初のコーナー。 陽菜のフォームは練習の時と同じように見える。 でも今日は、明らかに力が入っていた。 腕の振りも大きい。 脚もよく動いている。「陽菜、ちょっと速いかも」 千紗が小さく言った。「悪い意味?」「分かんない。最初からかなり行ってる気がする」 俺の胸がざわついた。「大丈夫なの?」「だから私に聞かれても」「友達だろ」「友達でも陸上の専門家じゃないよ」 そりゃそうだ。 でも、何か聞かずにはいられなかった。 バックストレートに入る。 陽菜はまだ前のほうにいる。 だが、外側の選手との位置関係が分かりづらい。 四百メートルはレーンごとにスタート位置がずれている。 今誰が何番目なのか、俺にははっきり判断できなかった。 ただ、陽菜が走っている。 それだけは分かる。「……頑張れ」 気づけば口から出ていた。 声は小さかった。 たぶん届かない。 それでも、次の瞬間にはもう一度言っていた。「陽菜、頑張れ」 少し大きく。 千紗が横を見る。 神崎先輩も。 でも何も言わなかった。 三百メートルを過ぎたあたりから、明らかに陽菜の動きが変わった。 さっきまで軽く見えていた脚が重くなる。 腕の振りも大きくなる。 顔も苦しそうだった。「きつそう」 俺が言う。「四百は最後が本当にきついらしいよ」 澪先輩が静かに答えた。「知ってるんですか」「玲奈に聞いた」「私も昨日ちょっ
last updateLast Updated : 2026-09-22
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第14話 それ、俺の匂いを覚えてるってことじゃないか?

第14話 それ、俺の匂いを覚えてるってことじゃないか? 記録会が終わって三日。 俺の日常は、少しずついつもの形へ戻り始めていた。 朝は講義へ行き、昼は陽菜や千紗と学食で食べ、空き時間があれば図書館へ寄る。フェチ研には入っていない。そこは重要なので何度でも言うが、俺はまだ入っていない。 ただし、入っていない割には部室へ行く回数が増えている。「それ、もう入ってるのと同じじゃない?」 神崎先輩にそう言われた時は全力で否定した。「違います。毎回来るよう仕向けられてるだけです」「誰に?」「主に先輩と陽菜」「私も?」 陽菜が自分を指差す。「お前が一番だろ」「そんなことないよ」「この前なんて『唐揚げ定食おごるから来て』って言ったじゃん」「実際おごったでしょ」「そういう問題じゃない」「じゃあ何が問題なの」「買収されてるみたいで嫌なんだよ」「でも食べた」「……食べた」 その時点でかなり負けている気がした。 そして今日も俺は、フェチ研の部室にいた。 長机の中央には、小さな紙が山のように積まれている。 神崎先輩が大学構内で集めた「落ち着く匂いアンケート」らしい。「集まったねえ」 神崎先輩は満足そうだった。「百二十七件」「そんなに答える人いるんですね」「大学生、暇だから」「大学生全体を巻き込まないでください」「悠真も暇だからここにいるじゃん」 陽菜が隣から言う。「お前に言われたくない」「私は好きで来てるから」「俺も嫌々ではないけど」「じゃあ好きで来てるんじゃん」「その二択やめろ」 陽菜が笑った。 記録会が終わってから、こいつは少し機嫌がいい。 自己ベストが出たせいもあるだろう。 それに加えて、最近は俺の顔を見るたび、「ちゃんと来てくれた人」 みたいな顔をする。 表情でそこまで分かるわけがないと思うかもしれない。 でも分かる。 少なくとも俺には。「じゃあ集計するよ」 神崎先輩がアンケート用紙をいくつかの束に分ける。「まず定番から」 澪先輩が紙を読み上げる。「洗いたての布団」「強い」 神崎先輩がホワイトボードへ書く。「次」「雨上がりの地面」「それ俺好きです」「知ってる」 陽菜が即答した。「何でお前が答えるの」「前に電話で聞いたじゃん」「覚えてたのか」「会話は覚えるタイプ
last updateLast Updated : 2026-09-22
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第15話 今度は俺が、匂いを気にする番だった

第15話 今度は俺が、匂いを気にする番だった 昼休みの学食で、俺は箸を持ったまま固まっていた。 隣に座った陽菜が、何でもないことのように言ったからだ。「今日、いつもの匂いしない。洗剤、変えた?」「……は?」「だから、洗剤」「聞こえてる」「じゃあ何、その顔」「いや、お前」 言葉が続かなかった。 数日前までなら、こんなことで困るとは思わなかった。 人の匂いを覚えるのは俺の側だった。陽菜が汗をかけば分かるし、ボディシートを変えれば気づく。朝にコーヒーを飲んだことまで言い当てて、散々「変な鼻」と言われてきた。 それが今は逆だ。 陽菜が俺の匂いの違いに気づいた。「何で分かるんだよ」「え?」「洗剤変えたの」「本当に変えたの?」「ああ」 昨日、母親が新しい洗剤を買ってきた。 理由は単純だった。いつも使っていた商品が近所の店で売り切れていた。それだけの話である。「やっぱり」 陽菜が妙に嬉しそうに笑った。「当たった」「何で嬉しそうなんだ」「だって分かったから」「何が」「悠真の匂い」 その言い方はよくない。 かなりよくない。「声大きい」「大きくないよ」「周りに聞こえたらどうする」「別にいいじゃん。洗剤の話でしょ?」「お前、この前まで自分の匂いの話されるたびに真っ赤になってただろ」「それとこれは違う」「何が違うんだ」「私のは汗の匂いだったし」「俺だって人間なんだから洗剤だけじゃないだろ」 言った瞬間、陽菜がこちらを見る。「そうなんだ」「何が」「自覚あるんだと思って」「何の自覚」「悠真自身の匂い」 俺は箸を置いた。「今日、飯食うだけでこんな疲れると思わなかった」「私何も悪いこと言ってないよ」「悪くはないけど、最近お前、匂いに対する抵抗なくなりすぎじゃない?」「誰のせいだと思ってるの」「俺?」「悠真以外にいる?」 即答だった。 陽菜はテーブルの上の水を一口飲んでから、少しだけ笑う。「最初は本当に嫌だったんだよ。誰かに自分の匂いの話されるの」「知ってる」「でも悠真が何回も普通に言うから」「何回もって」「汗の匂いするとか、今日は制汗剤強いとか、昨日のほうが私っぽいとか」「並べるとだいぶ危ないな」「今さら?」「今さらだな」 二人で少し笑った。 陽菜は続ける。「だから最近
last updateLast Updated : 2026-09-22
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第16話 好きになる瞬間なんて、自分では分からない

第16話 好きになる瞬間なんて、自分では分からない 神崎先輩がホワイトボードに大きく書いた文字を見た瞬間、俺は帰りたくなった。『誰かを好きになるのは、どの瞬間からなのか』 今日に限って、テーマが妙に重い。「先輩」「何?」「もっとどうでもいい話に戻しません?」「どうでもいい話って何」「袖をまくる仕草とか」「あれも大事な研究だけど」「今の百倍楽です」 俺がそう言うと、隣に座っていた陽菜が小さく頷いた。「今日は悠真に賛成」「珍しいな」「だってこれ、答えにくいじゃん」「陽菜ちゃんも?」 神崎先輩が楽しそうに振り返る。「普通に難しくないですか?」「難しいから面白いんだよ」「大学の先生みたいなこと言い始めた」「一応大学生だからね」「学生側じゃないですか」 澪先輩はいつもの窓際でノートを開いていた。 今日は千紗までいる。 アルバイトが休みらしく、陽菜に半ば強引に連れてこられたらしい。「私は面白いと思うけど」 千紗が言う。「でしょ?」 神崎先輩がすぐ味方を得た顔になる。「水野さん、やっぱり入らない?」「入りません」「即答」「外から見てる分には面白いだけです」「賢いな」 俺が言うと、陽菜がこちらを見る。「悠真も同じようなものじゃん」「俺はまだ入ってない」「でも出席率高いよ」「それを言うな」「もう準会員くらい」「勝手に制度作るな」 神崎先輩がホワイトボードの前へ戻った。「今日は簡単。みんなに紙を配るから、自分が思う『人を好きになる瞬間』を書いて」「また書くんですか」 俺は澪先輩を見る。 案の定、こちらを見ていた。「香坂君の字、見てもいい?」「もう先に言います?」「駄目?」「駄目ではないですけど」 陽菜が横から言う。「白石先輩、最近かなり悠真の字集まってません?」「うん」「何枚くらいですか」「十五枚」「そんなに?」 俺まで驚いた。「いつの間に」「図書館で会った時とか」「俺そんなに書いてたんだ」「書いてた」 澪先輩は悪びれない。 陽菜が少しだけ口を尖らせた。「十五枚かあ」「何」「別に」「また始まった」「今日はほんとに別に」「最近その言葉の信用度ほぼゼロ」「悠真に言われたくない」 神崎先輩が紙を配る。「はい。じゃあ五分」「制限時間あるんですか」「
last updateLast Updated : 2026-09-22
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第17話 嫉妬する資格なんて、俺にはない

第17話 嫉妬する資格なんて、俺にはない それを見た瞬間、自分でも驚くほど機嫌が悪くなった。 昼休みが終わる少し前、次の講義棟へ向かって歩いていた時だった。 陸上競技場の近くを通りかかると、入口脇の自動販売機の前に陽菜がいた。部活用のジャージ姿で、手にはスポーツドリンクを持っている。 そこまでは何も問題ない。 問題があるとすれば、その隣に男がいたことくらいだった。 背が高い。 大学生らしい短い黒髪で、陽菜と同じ陸上部のジャージを着ている。胸元の学年表示を見る限り、二年生だろう。 二人で何か話している。 陽菜が笑った。 相手の男も笑う。 ただそれだけだった。「……何見てるんだ、俺」 立ち止まっていたことに気づき、歩き出す。 先輩と後輩。 同じ陸上部。 話すのは当たり前だ。 陽菜は誰にでも明るい。 男の友達だって普通にいるだろう。 俺には関係ない。 そもそも俺と陽菜は付き合っていない。 友達だ。 毎日昼を一緒に食べることが増えて、メッセージをして、たまに電話をする。 それだけ。 なのに十歩ほど歩いたところで、もう一度振り返っていた。 男が陽菜の持っているペットボトルを指差し、何か言う。 陽菜が自分の額を押さえて笑った。 距離が近い。「いや、普通だろ」 誰に言い訳しているのか分からない。 部活仲間ならあれくらい普通だ。 それに俺だって、澪先輩と図書館で話す。 陽菜はその時に機嫌を悪くした。 あの時、俺は面倒だと思った。 いや、少し嬉しくもあった。 まさか今度は自分が同じ立場になるとは思わなかった。「……馬鹿みたいだな」 今度こそ歩く。 しかし妙に胸の奥が落ち着かない。 講義室へ入っても同じだった。 教授が前で話している。 ノートを取る。 それなのに、ふとした瞬間に思い出す。 陽菜が笑っていた。 俺と話す時と同じように。 いや、むしろ少し違ったかもしれない。 部活の話だから、俺には分からない話題だったのだろう。 そう思うと、さらに面白くない。「……最悪だな」 隣の席の学生がこちらを見る。「あ、ごめん」 小声で謝る。 何をやっているんだ。 授業が終わった。 スマートフォンを見る。 陽菜からメッセージはない。 いつもなら別に気にしない時間だ。 なのに今日は、ないこ
last updateLast Updated : 2026-09-22
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第18話 友達なら、どこまで特別でいていいんだろう

第18話 友達なら、どこまで特別でいていいんだろう 千紗に「もう好きにして」と言われた翌日、俺と陽菜は妙に普通だった。 朝、大学の正門で会った。「おはよう、悠真」「おはよう」「今日、暑くない?」「昨日より少し」「もう走ったら絶対汗やばい」「五月でそれ言ってたら夏どうするんだよ」「考えたくない」 いつもどおり。 昼も一緒に食べた。「それ一個ちょうだい」「唐揚げ?」「うん」「嫌だ」「何で」「最後の一個」「じゃあ私の卵焼きあげる」「それなら考える」「交換成立」「まだ考えるって言っただけだけど」「もう取った」「おい」 これもいつもどおり。 昨日、俺は嫉妬した。 陽菜はそれを嬉しいと言った。 その前には、俺がよく考えている相手がかなり近くにいると話した。 普通に考えれば、何か変わってもおかしくない。 でも俺たちは結局、昨日までと同じように飯を食べていた。 そこが少し安心でもあり、少しだけ物足りなくもある。「悠真」「何」「さっきから何か考えてない?」「考えてる」「珍しく素直」「昨日から疲れてる」「まだ?」「主にお前のせい」「何で私」「水野に全部話したから」「あれは事故」「どういう事故だよ」「千紗が聞き方うまいの」「尋問でもされた?」「そんな感じ」「お前すぐ喋るだろ」「悠真のことだと、ちょっと喋りたくなる」 箸が止まる。「……そういうのまた普通に言う」「何」「いや」「本当のこと」「最近その言葉強いな」「悠真から覚えた」「悪い影響受けてる」 陽菜は笑いながら卵焼きを食べる。 俺は唐揚げを一つ失った。「でもさ」「うん」 陽菜が少し声を落とした。「昨日のこと、今日になったらちょっと恥ずかしくなった」「嫉妬?」「言わないで」「お前が言い出したんだろ」「昨日は昨日。今日は今日」「便利だな」「悠真は?」「何が」「恥ずかしくないの?」「死ぬほど」「やっぱり?」「昨日帰ってから何回か後悔した」「何を」「『少し嫉妬した』って言ったこと」 陽菜は少し笑った。「私は嬉しかったけど」「それ聞くたびに余計恥ずかしい」「じゃあもう言わない」「それも何か嫌」「面倒」「お互い様」 俺たちは顔を見合わせて笑った。 昨日よりも、こういう話を普通にでき
last updateLast Updated : 2026-09-22
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第19話 それって、誰のこと?

第19話 それって、誰のこと? 目の前に置かれた入部届を見ながら、俺は何となく負けた気分になっていた。 氏名。 学部。 学年。 連絡先。 ここまではいい。 問題は最後の欄だった。『入部を希望する理由』 そんなもの、わざわざ書かせる必要があるのだろうか。「先輩」「何?」「これ本当に必要ですか」「必要」 神崎先輩は即答した。「何で」「顧問に出す書類だから」「じゃあ『興味があるため』でいいですよね」「それでも通るけど、つまらない」「先輩の娯楽のためにある欄じゃないですよね」「半分くらいは」「絶対違う」 向かいでは陽菜がもう書き始めている。 迷いがない。「お前、何書いてるの」「見ないで」「まだ見てない」「今見ようとした」「してない」「目がこっち向いた」「目くらい自由だろ」 陽菜は腕で用紙を隠した。「自分で考えて」「何でそんな秘密にするんだよ」「悠真に先に見られるの恥ずかしいから」「入部理由だろ」「そうだけど」「何書いたんだ」「教えない」 神崎先輩が楽しそうに俺たちを見ている。「入部前から仲いいねえ」「その話はもういいです」「まだ何も言ってないけど」「顔が言ってます」「最近、香坂君まで顔読むようになったね」「悪い環境に慣れました」「褒められた」「褒めてません」 澪先輩は窓際で静かに本を読んでいる。 たまにこちらを見て笑っているところを見ると、完全に他人事として楽しんでいる。 俺はもう一度、入部理由の欄を見る。 正直、ここへ来るようになった理由は一つではない。 最初は陽菜に連れてこられた。 神崎先輩に興味を持たれた。 変なアンケートをやらされた。 澪先輩に字を集められた。 匂いの実験をした。 声の話をした。 嫉妬までした。 どう考えても、普通の大学生活から少しずつ外れている。 でも。 嫌ではなかった。 むしろ最近は、ここへ来ること自体が普通になっている。 それ以上に。 最初の頃の俺は、自分の嗅覚も、自分が人と違うところも、あまり好きではなかった。 面倒だから。 人を傷つけることもあるから。 余計なものに気づくから。 でも今は少し違う。 この鼻があったから、陽菜のことを覚えた。 最初の日。 汗とボディシートと洗剤と、外の空気が混ざった匂い
last updateLast Updated : 2026-09-22
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第20話 それ、俺にだけ許してるってこと?

第20話 それ、俺にだけ許してるってこと? フェチ研へ正式加入して、まだ二日目。 俺はすでに退部を考えていた。「じゃあ今日のテーマは、『好きな人にだけ許せること』です」 神崎先輩がホワイトボードへ大きく書く。「先輩」「何?」「昨日入ったばっかりの新入部員にやらせる内容じゃないですよね」「そう?」「もうちょっと『好きな季節』とか『好きな食べ物』とかないんですか」「それ普通のアンケートじゃん」「普通でいいんですよ」 隣の陽菜が笑った。「私は面白そうだけど」「お前は昨日の夜のこと忘れた?」「忘れてないよ」「なら警戒しろ」「何を?」「自分の発言」 昨日の夜。 陽菜はメッセージで、『今の悠真、結構好きだよ』 と送ってきた。 俺は意味を聞けなかった。 そして今日。 本人は驚くほど普通の顔をしている。 こっちは朝から何度もその一文を思い出しているというのに。「悠真、今日ちょっと変じゃない?」「誰のせいだと思ってる」「私?」「かなり」「何かした?」 本気で分かっていないような顔をする。「……もういい」「何それ」 神崎先輩がこちらを見て笑う。「何かあった?」「ないです」「あります」 陽菜が俺より先に答えた。「おい」「だって悠真、朝からちょっと変だし」「何が変」「私と目合うと微妙に逸らす」「よく見てるな」「毎日見てるから」 またさらっと言う。 俺は頭を抱えたくなった。「陽菜」「何?」「お前、最近自分の発言に責任持って」「何で」「人の心臓に悪い」 言った瞬間、陽菜が止まった。「……それって」「何でもない」「今の絶対何かあるでしょ」「今日のテーマ始めまーす」 神崎先輩が妙に明るい声で遮った。 助かったのか、余計悪化したのか分からない。「先輩、今わざとですよね」「何が?」「いや、もういいです」 窓際では澪先輩がいつものようにノートを開いている。 今日は四人だけだ。 千紗はいない。 少し安心する。 あいつがいれば、たぶん開始五分で全部見抜かれる。「ルールは簡単」 神崎先輩が小さなカードを配る。「自分が『この人なら許せるかも』と思うことを三つ以上書いてください」「相手は恋人前提ですか」 俺が聞く。「恋人でも、好きな人でも、気になる人でもいいよ」「範
last updateLast Updated : 2026-09-22
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