「雪乃、雪乃って……悠真の頭の中には、あの人しかいないの?」黒瀬音羽は目を赤くしたままタクシーを拾い、空港へ急いだ。雪乃のためなら何をしでかすか分からない悠真のことだ。少しでも遅れれば、娘の最期にさえ間に合わないかもしれない。これまでも、大雪の高速道路に音羽と莉子を置き去りにし、莉子が6年間かわいがってきた犬を、雪乃が犬の毛にアレルギーだというだけで殺処分にした。音羽のワンピースを雪乃が褒めれば、人前で無理やり脱がせて渡したことさえある。そんな悠真が今度は、雪乃のためにエレベーターのボタンを押した莉子を、スーツケースに閉じ込めたのだ。見守りカメラの映像では、さっきまで激しく揺れていたスーツケースが次第に静まり、莉子の泣き声も小さくなっていった。「悠真、お願い……莉子を出して。あの子はあなたの娘でもあるのよ。どうして少しも莉子を可哀想だと思わないの? 莉子を出してくれるなら何だってする。離婚だってする。雪乃と一緒になっても構わない。だからお願い……莉子を出して」悠真は鼻で笑った。「音羽、俺を馬鹿にするな。離婚したら、また祖母をけしかけて雪乃を困らせる気だろ。今さら遅い。恩を盾に俺と結婚したのはお前じゃないか」言い返す間もなく電話は切れ、その直後、カメラ越しに聞こえていた莉子の泣き声まで途絶えた。音羽は初めて、悠真と結婚したことを心の底から悔やんだ。幼い頃から児童養護施設で育った音羽は、努力して凪城市(なぎしろし)の進学校へ入り、その後、難関の凪城大学へ進学した。卒業後は留学するつもりでいたが、ある日、心臓発作で倒れた黒瀬千鶴(くろせ ちづる)を偶然助けた。一命を取り留めた千鶴は音羽に感謝し、やがて孫との縁談を持ちかけてきた。「そういえば、うちの孫とは高校も大学も同じなのよね。これも何かの縁じゃないかしら」音羽には好きな人がいたため、最初は断るつもりだった。ところが、その孫こそ、高校時代から思い続けていた悠真だった。その後、悠真からプロポーズされると、音羽は舞い上がるほど喜び、留学のことも忘れて結婚した。しかし新婚初夜、音羽はひとりで夜を過ごすことになった。悠真を捜して会員制クラブまで行くと、雪乃の腰に腕を回して踊る彼の姿があった。音羽が彼に怒りをぶつけたのは、そのときが初めてだった。「悠真、会社の急用
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