ある荷物をきっかけに、私は諒を疑い始めた。それは、彼が買ったばかりのメンズ香水だった。出会ってから7年。一度だって、彼が香水をつけているところを見たことはない。私はその香水を手にしたまま、しばらく立ち尽くしていた。「最近暑くて汗をかくだろ。ゼミで学生と会うとき、少し気になってな」諒はそう言って、何でもないことのように、私の手から香水を受け取った。「そうだ、澪。夕飯はもう作ってあるから、先に食べていてくれ。今夜は研究で遅くなるし、帰れないかもしれない」その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に小さな棘が刺さったような気がした。夜遅くまで学校に残ると言うのは、これでもう5回目だった。嫌な予感を振り払えないまま、私は寝室へ戻り、諒のラインを開いた。彼のアカウントはパソコンにログインしたままだ。きっと、ログアウトし忘れたのだろう。トーク一覧を下へスクロールしていく。なぜか、その名前にだけ目が留まった。法学部4年生の天野ひなた(あまの ひなた)。背筋がひやりとした。震える指で、そのトークを開く。残されていたやり取りは、たった2件だけだった。一件目は、彼女からのメッセージ。【牧野先生、今夜も7時に校門に来てくださいね。新しく焼き肉のお店ができたんですけど、先生と一緒に食べに行ってみたくて】返信は、たった一言のようにそっけなかった。【7時に着くよ。試しに食べてみようか】それ以前の履歴は、ひとつ残らず消されていた。諒は毎日、欠かさずトーク履歴を消していたのかもしれない。ひなたのインスタを開く。昨夜投稿された写真が目に入った。街灯の下に伸びた2つの影。背の高い影と、低い影。男と女。その男の影を、私は見間違えるはずがなかった。添えられた言葉は、こうだった。【今日、彼に告白した。彼は受け入れてもくれないし、ちゃんと断ってもくれなかった。私がまだ若いから、私のことを縛りたくないんだって。でも、先生は私の勇気を甘く見ている。牧野先生、もう一度告白します。拒否は禁止!絶対にOKしてくださいね!】その投稿は、どう見ても諒に向けたものだった。昨日、彼は同窓会に行くと言っていたのに。さらにスクロールすると、彼女自身の写真が目に入った。目元が私によく似た、綺麗な女の子だった。閉じようとした、そのとき。
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