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第4話

作者: 酒井よりこ
買取専門店に連絡をとる。

結婚指輪は、240万円で売れた。

残りは、昔の友人たちに一人ずつ電話をかけて頼み込む。

無言で電話を切る人もいれば、「また金を騙し取って逃げるつもり?」と問い詰めてくる人もいた。

ただ一人、大学時代の親友だけは何も聞かず、自分の貯金をすべて振り込んでくれた。

深夜になって、ようやく1000万円をかき集め、病院への支払いを済ませた。

看護師は、私がまだ高熱があるから気をつけるよう告げる。

「お子さんの父親に連絡しましょうか?」

「……いいえ、結構です」

俯いて、海人を見つめる。

「この子に、父親はいません」

病院を出る前、海人の荷物から1枚の絵を取り出す。

そこには太陽と海、そして手をつなぐ3人の姿が描かれている。

「病気が治ったら、パパとママと一緒に海を見に行きたい」そう言っていた。

絵を丁寧に折りたたみ、ポケットにしまう。

「ごめんね。パパは忙しくて、来られないの。

ママが連れていくから」

……

タクシーが海辺に到着したとき、空はまだ暗かった。

道中、運転手はバックミラー越しに、何度もこちらを見ていた。

「お客さん、こんな朝早くに一人で海へ?」

「ええ、海を……見たくて」

運転手はそれ以上何も聞かなかった。

車を降りる前、運転手は私に傘を差し出してくれたが、私は受け取らなかった。

「ありがとうございます。でも、もう必要ないので」

潮風が冷たい。

私は海人が大好きだったクジラのぬいぐるみを抱きしめ、一歩ずつ波打ち際へ向かった。

昨夜、葬儀社に連絡し、遺体搬送を依頼したあと、一度だけ灰原家に戻った。

結婚生活の末に、持ち出したのは小さなリュック一つだけだ。

中には海人のカルテ、クジラのぬいぐるみ、そしてあの未完成の家族の絵が入っている。

私の荷物は、もともと少なかった。

朔也は、私に彼のお金を使わせなかった。

服は安売りで買ったもの、スキンケア用品も一番安いものだ。スマホだって、7年前に買った古い機種のままだ。

そんなものを、わざわざ持っていく必要などない。

リビングのテーブルに、署名済みの離婚協議書と家の鍵を置いた。

灰原家のものは、何一ついらない。

手持ちのお金はすべて使い切った。結婚指輪も売った。

これでようやく、私を縛るものは何一つなくなったのだ。

風をしのげる岩場を見つけ、そこで腰を下ろす。

水平線の向こうが、少しずつ白み始める。

顔を伏せ、クジラのぬいぐるみにそっと頬を当てる。

「海人、海だよ。

見えてる?」

ふっと笑い、ポケットからあの絵を取り出す。

強い潮風にあおられ、紙がパタパタと震えている。

絵の中の3人は、しっかりと手をつないでいる。

けれど現実には、結局、私と海人の2人だけだ。

……

郁実を監視しているボディガードが、ほどなくして異変に気づく。

近づくことはせず、その場の様子を動画に撮って朔也の秘書へ送る。

秘書は送られてきた動画を見て、すぐに朔也へ電話をかける。

その頃、朔也は明紗の撮影に付き添い、日の出のシーンを撮り直している。

監督がスタッフを現場から下がらせたあと、朔也は自らモニターの前に座っている。

着信音が何度も鳴り、ようやく朔也は面倒くさそうに電話に出る。

「何だ?」

秘書は慌てて答える。

「社長、奥様は今、坊ちゃんのぬいぐるみを抱えていて、一人で海辺にいらっしゃいます。

海に飛び込もうとしているようです!」

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