Tous les chapitres de : Chapitre 41 - Chapitre 43

43

40.アリスター・ケイル

「おいおい、今日はやけに煙たいな」 アリスター・ケイルはひっきりなしにパイプをふかすヒューを冷ややかな眼差しで見つめて、揶揄いを十分に含んだ口調で言った。「だったら出て行け」 ヒューはパイプを持つ手に力を入れると、アリスターを睨みつけた。「待てよ。お前のために頑張って絨毯を手に入れた親友に対する言葉がそれか?」「俺は今機嫌が悪い。親友なら察しろ」「奥方と喧嘩でもしたのか?」 アリスターは相変わらず軽薄な笑顔を浮かべている。 いつもなら好ましいこの表情も、今日は殊更腹が立つ。「絨毯の礼なら十分にしただろ」 吐き捨てるように言ったヒューからパイプを取り上げると、アリスターはそれをうまそうに口に含んだ。「そう言うなって。まぁ楽園のアラベスクを作ってる工房があったのは奇跡だったけどな。お前のいう期限に間に合わせるために俺がどれだけ骨を折ったか教えてやろうか?」 アリスターの言葉に、ヒューは苦虫を嚙み潰した顔で睨みつけるだけだった。 アリスターからの伝言には「注文の品を手に入れた。3日後の船で送る」とだけ書かれてあったことを考えると、かなり危ない橋を渡ったことは間違いないのだ。「その依頼主がルセの|地方名士《アヤーン》だと割り出して、シリストラの|軍司令官《パシャ》にちょっとした小銭を握らせてだな——」「もういい。聞かなくてもわかる」 予想通りだった。 つまり、あの絨毯を手に入れるためにアリスターはオスマン帝国の地方名士を失脚までさせていたのだ。 危ない橋どころの話ではない。 それでも、わずか2か月足らずでオスマン帝国からこの国に運び入れるのは、アリスターだからできたことに違いないと思うと何も言えなかった。「それもこれも、お前が奥方のために彼女の気に入る絨毯が欲しいなんて言うから、危険を冒してまでケイル商会の|腕木通信《シャップ・システム》まで動かしてやったんだぜ?」「それについては感謝している。だから今日お前が来ることを許したんだろうが」 ヒューはアリスターからパイプを奪い返すと、不機
last updateDernière mise à jour : 2026-11-04
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41.16歳

 16歳のヒューは時間さえあれば本屋に行き、店主の目を盗んで、本をこっそりと読んでいた。  数年前ほど前に父の小さなレンガ小屋は、いつの間にか町一番のレンガ工場になっていた。  商売が広がると使用人の数も増えた。その中には文字の読める使用人も数人いたので、ヒューは使用人から字の読み書きを本格的に学んでいた。  読書は学習したことを反復するだけでなく、知識を身に付けるためにも最適だった。  だが、父は「職人が勉強なんかしてどうする」と言って本を買うことを許してはくれなかった。  工場を建てて、飛ぶようにレンガが売れても家はまだ貧しいままだったからだ。  父は学はないが先見の明はあったと、ヒューは大人になってからも思い返す。  だから周りから笑われても、母に泣かれてもレンガを焼き続けたのだ。  工場を建てるにはまとまった数のレンガが必要になる。  父はその事実だけでひたすらレンガを焼き続けていた。 「100や200あってもはした金で買い叩かれるだけだ。工場の壁一面を作れるくらいの量を持ってって初めてまともに商売相手として見てくれる。そんなもんだ」  のちに父がぼそりと言っていた言葉は正しかった。  しかし、金が手に入ると窯を増やしたり、原料や石炭の高騰でレンガ小屋を続けられなくなった窯を買ったりしていたおかげで、いつまでも金は貯まらなかった。  それでもレンガはまだまだ売れて、気が付くとちょっとした規模の工場にまでなっていた。  もちろん、レンガが売れた金だけで建ったわけじゃない。ほとんどが借金だったが、返済には苦労しなかったし少しずつだが、生活は楽になっていた。  ヒューはそれでいいのかもしれないと思ったが、勉強をやめようとは思わなかった。  侯爵家のお嬢様が言っていた通り、得られるものを得られる時に得なければもったいないと思ったからだ。  あのお嬢様のことは正直覚えていなかった。だが、その言葉だけはいつまでもヒューの胸に刻み込まれていた。 ある日、いつも通りヒューが本屋の目を盗んで本を読んでいると、いきなり後ろから頭を殴り飛ばされた。  やせっぽっちのヒューの体が吹っ
last updateDernière mise à jour : 2026-11-05
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42.ヒューとアリスター

「ラングフォード式簿記……ねぇ」 買い取った本を興味深そうに眺めながら、アリスターは呟いた。 町の中心部から少し離れた公園のベンチで、アリスターとヒューは並んで座っていた。「複式簿記ってやつか。複雑なだけでよくわからないってうちの使用人は言ってたな」 先程の言動といい、やはりこの男は金持ちなのかとヒューは思ったが、金持ちに見せかけて人を騙す奴もいると思い直すと、ヒューは警戒したままじっと座っていた。「そりゃヴェネチア式はあっちこっちの帳簿に転記して管理するからな。一つ間違えれば全部の数字が狂う。そうなったらその原因を探し出すのに下手すりゃ何日もかかる。複数の人間が帳簿をつけるなら余計だ」 ヒューはイラついた口調で独り言のように答えた。「へえ。お前には違いが分かるのか?」「ラングフォード式簿記は、日記帳で管理するんだ。その日の取引を全部そこに書いてから元帳に仕分けるのも同じだけど、その元帳の形が素人が見てもわかるくらいうんと簡単なんだ。だから、たとえ間違えても日記帳を追えばどこが間違えたのかすぐに追える。それなら複数人で管理しても混乱しにくい」 ヒューは従来の複式簿記と、発表されたばかりのラングフォード式簿記の違いを的確に説明してみせた。 アリスターは口元をにやりと歪めると、ヒューの顔を覗き込んだ。 黒曜石のような透明な黒い瞳が、好奇心に溢れているのがわかる。「それを、盗み読んだだけで理解したのか?お前は」「まさか——そんな程度のことは冒頭に書かれてる説明を読めば十分だ」 ヒューが不貞腐れて答えると、アリスターは堪らず吹き出した。「なんだよ。そんなんで簿記がわかるのかよ」「わかってたら本なんて読むわけないだろ。わからないから勉強するんだ」 ヒューが不貞腐れて答えると、アリスターは黒曜石のような黒い瞳を輝かせて、本をヒューに見せびらかすように掲げた。「欲しいか?この本」 ヒューはこの男の考えが読めなかったが、もしここで欲しいと言ったら、この男はくれるのだろうかと悩んだ。 もし、
last updateDernière mise à jour : 2026-11-06
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