信号待ちをしていると、バイクが歩道ぎりぎりを通り過ぎた。湊が朱里の肘の上へ軽く触れ、内側へ寄せる。そしてすぐ手を離した。驚くような接触ではない。なのに朱里が最初に思い出したのは、昨夜悠真につながれた手のひらだった。「大丈夫ですか?」「はい。ちょっと考え事してました」信号が青になった。湊は歩幅を合わせるが、それ以上近づいてはこない。「今日、僕、質問しすぎたかなって心配してたんですけど、大丈夫でした?」朱里は笑った。「それ、私が心配するほうです。紹介の場に行くと面接官みたいになるって怒られたんですよ」「誰にです? さっきの15年の友達?」「はい。今日も質問リスト持っていくなって没収されました」「かなり本格的なコーチングですね」「成果ありました?」「すごく」湊は笑いをおさめ、少しだけ真面目な声になった。「よければ来週、展覧会に行きませんか? さっき話していた原画展、僕も気になってきました」決断を急かさない。朱里は今日の会話を頭の中で早送りした。無理して合わせたところはない。また会いたいと思える理由も十分ある。「行きたいです。土曜は午後から空いてます」次の約束を決めると、初めての紹介を無事に終えた安堵と、小さな期待が一緒に湧いた。悠真のコーチングは、思ったより効果があったらしい。湊はタクシーが来るまで待ってくれた。朱里が乗ったあとには「今日は楽しかったです」とメッセージも届いた。朱里も同じように返し、悠真とのチャットを開く。【終わった。今から帰る】すぐ返信が来た。【タクシー?】【うん。20分くらい】【車のナンバー送って】【アプリに全部残るから。小言やめて】返事はなかった。代わりに、タクシーがマンションの入口へ入ったとき、オートロックが遠隔で開いた。*部屋にはリビングの間接照明だけがついていた。悠真はソファに座り、会員の記録を見ている。ジャケットは背もたれへ。ネクタイもほどかれていた。ローテーブルには、氷がほとんど溶けたグラス。「まだ起きてたの?」「まだ何時だと思ってる」普段なら自室で仕事をする人が、わざわざリビングにいた。「ミーティングはうまくいった?」「うん」返事は短い。悠真の視線はまたタブレットへ落ちたが、画面をスクロールしない。朱里はソファの反対側に座った。かかとが
Last Updated : 2026-09-19 Read more