顔を上げると、雅之のまっすぐな眼差しと視線が重なった。「今から婚姻届を出しに行く。これからは俺にお前の面倒を見させてくれ」頭がぼうっとして、無意識に言葉がこぼれる。「でも、先生が退院を許可してくれなくて……」雅之は立ち上がり、身をかがめると、ベッドから私の体を軽々と抱き上げた。病室の入り口で、看護師が慌てて声を張り上げる。「お待ちください!患者さんの外出は――」「ちょっと結婚してくるだけだ。すぐ戻る」雅之はそう言い放ち、堂々と歩き出した。廊下を行き交う人々が怪訝そうに振り返り、ひそひそとささやき合う。私は彼の肩に顔をうずめて目を閉じた。規則正しい胸の鼓動を聞いているうちに、余計な不安はすべて消え去っていく。この瞬間だけは、穏やかな温もりに満たされていた。*役所の窓口で、婚姻届に受理印が押される。その光景を眺めながら、私はまだ夢の中にいるような錯覚を覚えていた。刷り上がったばかりの『婚姻届受理証明書』には、「妻:武内柚晴」の文字が鮮明に印字されている。白い照明の下、職員が証明書を両手で差し出してきた。「すべての手続きが完了いたしました。お2人とも、ご結婚おめでとうございます。それでは、次の方どうぞ」手渡された証明書を見つめたまま、指先1つ動かせない。生涯をかけてこの紙を交わす相手は敏昭だと信じ込んでいた。それなのに、いま私の隣に座っているのは雅之だ。雅之が横から証明書を受け取り、私の名前に視線を走らせると、わずかに口元を緩めた。そのまま書類袋へ丁寧に収め、まるで宝物のように胸元へ抱き寄せる。その仕草を眺めていると、なぜか鼻の奥がツンと熱くなった。役所の玄関を出ると、冷たい風が吹き荒れていた。私の薄着に気づいた雅之は、着ていたコートを脱いで私の肩に掛けてくれた。身をかがめてボタンを1つひとつ留め、顔を上げて私の瞳をじっと覗き込む。数秒の沈黙。やがて雅之は再び私を抱き上げ、階段を下りて車へと向かった。運ばれる中、低く澄んだ声が耳に届く。その声は、ほんのわずかに震えている。「柚晴、お前から奪われたものはすべて取り返してやる」雅之はひと呼吸置き、言い聞かせるように続けた。「これからは何の心配もいらない。堂々と俺の妻でいろ」顔を上げると、前を見据え
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