All Chapters of ただ、退屈だっただけ: Chapter 51 - Chapter 60

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第49話

隣には、十二歳も年下の男がいる。そして自分は、明日会社にも行かない。いったい、どうしてこんなところまで来てしまったんだろう。考えると、笑いがこみ上げてきそうだった。ユゴンが息を整えながらソハを見た。ソハも彼を見返した。二人とも、何も言わなかった。説明する必要なんてなかった。その瞬間だけは、目的地さえそれほど重要ではなかった。ソクチョへ向かっているということより、普段の自分たちなら絶対にしないことをしているという事実のほうが、ずっと鮮明だった。ソハの手がユゴンの太ももの上を少しずつ上がっていく。やがて、熱を帯びた彼の体に触れた。ユゴンの呼吸が乱れた。「は……」熱い息がこぼれる。ソハはその息まで飲み込むようにキスをした。互いの距離はさらに近くなった。ユゴンの手もソハの服の上から彼女を強く抱き寄せた。人気のない後方座席。かすかな雨音。低く響くエンジン音。すれ違う車の風切り音。それ以外には、二人の息遣いしか聞こえなかった。ソハが触れるたびに、ユゴンの反応はますます隠しきれなくなっていった。それが妙に可笑しくて、同時に、どうしようもなく煽られた。ユゴンもまた、ソハの反応を確かめるように彼女へ触れた。ソハの呼吸が短くなっていく。「ん……」とうとうソハはユゴンのうなじをつかみ、そのまま唇を塞いだ。キスというより、漏れそうになる声を互いの口の中へ閉じ込めるためのものに近かった。ユゴンが触れるたびに、ソハの唇にも力がこもった。舌が絡み、離れ、また重なる。ソハは逃がさないようにユゴンを引き寄せた。うなじをつかむ手にも、次第に力が入った。「は……ん……」こらえきれなかった声が、唇の隙間からごく小さく漏れた。けれどすぐ、エンジン音に紛れた。濡れた路面をタイヤが切る音。窓を叩く雨。反対車線を車が通り過ぎるたびに響く短い風の音。そのすべての雑音の中に、二人の乱れた呼吸が混ざった。もっと。もう少しだけ。ソハは一瞬、これ以上のことまで求めそうになった。ユゴンも、それに気づいたようだった。至近距離で目が合う。けれど、そこまでだった。ここがどこなのかを、二人とも忘れてはいなかった。前方には他の乗客がいる。運転席には運転手もいる。暗くて静かだからといって、二人だけの空間
last updateLast Updated : 2026-10-22
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第50話

三度も互いを求め合った末、二人がようやく眠りについたのは、空が白み始める頃だった。そして翌日。ソハが目を覚ましたときには、もう昼をとうに過ぎていた。最初に目に入ったのは、見慣れない天井だった。しばらくぼんやり眺めているうちに、昨夜の記憶が一気に蘇った。ソクチョ。深夜バス。ホテル。そして――ソハは顔を横に向けた。ユゴンはまだ眠っていた。布団はいつの間にか腰より下までずり落ちていて、何も身につけないまま、うつ伏せから半分だけ寝返りを打ったような中途半端な格好で深く眠っている。ソハは横向きに寝たまま、頬杖をついた。眠っている顔から、ゆっくりと視線を下ろしていく。普段は悪戯っぽい表情のせいで幼く見えるのに、眠っていると意外なほど顔立ちがはっきりしていた。まっすぐ伸びた首。その下に続く広い肩。引き締まった胸と腹。そして長く伸びた脚。二十歳の体だった。鍛えてはいるけれど、不自然に膨らませた感じはない。まだ若さ特有の滑らかさが残っていた。ソハはしばらく眺めていた。するとふと、フィレンツェで見た彫像を思い出した。――ダビデみたい。そう思ってしまうと、本当にそう見えてきた。ソハは枕に頬を埋め、ふっと笑った。昨夜は夢中で、まともに眺める余裕なんてなかった。こうして静かに寝かせて眺めてみると、なかなか見事な被写体だった。いや。なかなかどころじゃないかも。ソハの視線がもう一度、上から下へゆっくり動いた。そのときだった。眠ったままのユゴンの体が、無意識に反応した。ソハは一瞬、起きたのかと思って顔を見た。けれどユゴンは相変わらず、気持ちよさそうに眠っている。それを見た途端、昨夜の熱がまた体の奥から蘇った。ソハはそっと身を寄せた。「……何してんの」ソハがびくっとした。いつ起きたのか、ユゴンが目もろくに開けないまま呟いていた。「欲しくなった?」ユゴンが片目だけ開いた。それから自分の体をちらりと見下ろす。「ちょっと」「ちょっと?」声には明らかな不満が混じっていた。ソハは笑いながら布団をさらに下へ押しやり、ユゴンの上にまたがった。「かなり」ようやく満足したらしく、ユゴンはまた目を閉じた。「お姉さんが動いて。俺、じっとしてるから」「はあ……なんでこんな元気なの? 昨日あんなにしたのに」「元気な二十代
last updateLast Updated : 2026-10-22
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第51話

彼氏。その言葉が、妙に耳に残った。二人はまた海辺を歩き始めた。空では数羽のカモメが群れになって、くるくると旋回していた。誰かが投げたお菓子でも見つけたのか、一斉に低く降りてきたかと思うと、また空へ舞い上がっていく。ユゴンが突然、ソハの手を握った。今度はソハも何も聞かなかった。ただ、握られたまま歩いた。周りには手をつないでいる人があまりにも多かった。だから、たいしたことではないように思えた。「お姉さん」「ん?」「俺たち、カップルみたいじゃない?」ソハがふっと笑った。「カップルじゃないでしょ」「知ってる」ユゴンも笑った。それで終わりだった。付き合おう、という言葉も。じゃあ俺たちって何なの、という問いもなかった。二人はまた海を背景に写真を撮った。今度はソハのほうからユゴンの腕をつかんだ。ユゴンが変な顔をすれば笑いながら撮り直し、ソハが目を閉じればユゴンがからかった。知らない人が見たら、長く付き合っている恋人同士だと思ったかもしれない。海辺を歩く大勢の恋人たちの中に紛れた、ただの男と女。ソハはユゴンの手を、少しだけ強く握った。ユゴンは彼女を見下ろしたが、何も言わなかった。遠くで波が砕けた。カモメたちが風に乗り、二人の頭上を飛んでいった。ソハはふと思った。日曜日が、少しだけ遅く来ればいいのに。そしてそう思った瞬間、自分が思っていた以上に、この旅行を気に入っていることに気づいた。――――――――翌日も似たような一日だった。遅い時間に目を覚まし、しばらくベッドの上でだらだら過ごしてから、一緒にシャワーを浴びた。簡単に朝食を済ませてホテルを出た頃には、太陽はもうかなり高く昇っていた。海辺を歩いた。昨日と同じ海なのに、不思議と飽きなかった。波が寄せては返り、カモメが飛び、人々が通り過ぎていった。二人はどうでもいい話をした。ユゴンは大学であったことを話し、ソハは会社でいちばん嫌いな会議のやり方について延々と愚痴った。「会議って、なんで二時間もやる必要あるのか分かんない」「お姉さんも結構しゃべるじゃん」「私は必要なことしか言わない」「今ももう十分くらい会社の話してるけど」ソハがユゴンの腕を叩いた。昼頃には市場へ行った。人混みの中を歩き回りながら、あれこれ見て回って麺を食べ
last updateLast Updated : 2026-10-23
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第52話

ここへ来る直前まで、ソハはジェヒョクの家にいた。昨夜からずっと。最初は、本当に少しだけ寄って帰るつもりだった。遅くとも日付が変わる前には自分の家へ戻るつもりだったし、朝になれば、それぞれの日常へ戻るのだと思っていた。けれど、予定どおりになったことは何ひとつなかった。一度だったセックスが、二度、三度になった。夜が過ぎて朝になり、朝が過ぎて、気づけばもう午後だった。カーテンをきちんと閉めていないリビングには、遅い午後の日差しが長く差し込んでいた。ソファの下には昨夜脱いだジェヒョクのシャツが落ちていて、テーブルの上には飲みかけの水と、すっかり冷めたコーヒーが並んでいた。ソハはシャワーを浴びたあと、しばらく窓辺に立っていた。漢江の上で陽の光がきらめいていた。あまりにも普通で、明るい午後だった。だからこそ、昨夜から続いているこの時間のほうが、かえって現実味を失っているように思えた。背後に人の気配がした。振り返らなくても、ジェヒョクだと分かった。もうすっかり覚えてしまった香りが先に近づいてきた。ムスク。その奥に重く沈むウッディノート。ジェヒョクは後ろからソハを抱きしめた。胸をつかみ、うなじに唇を押し当てる。ソハは小さく声を漏らしながら彼の頭に手を回し、そのまま振り返ってキスをした。「何時に出るって言ってたっけ」低く沈んだ声が耳元に落ちた。「七時」「まだ時間あるな」ソハが振り返った。会社で見るジェヒョクとは、まるで別人だった。気軽に着た薄手のコットンTシャツの下からは、引き締まった肩と胸の輪郭が見えていた。いつも乱れひとつない髪も、少しだけ崩れていた。会議室では、誰も気軽には声をかけられない男。仕立てのいいスーツ。きっちり整えられた髪。めったに感情を表に出さない顔。そんな男が今は、裸足に下着とTシャツ一枚だけで、自分の前に立っている。ソハはなぜか、その姿から目を離せなかった。誰にでも見せる姿ではない気がした。夜を越え、朝を迎え、また午後になるまで同じ空間にいたからこそ見られた、パク・ジェヒョクの乱れた姿。自分と二人きりになるときだけ、あの整然とした表面にひびが入る。ソハは、その瞬間が好きだった。自分のせいで、ジェヒョクがいつもの彼ではなくなる瞬間。「何ですか」「何が」「また、そんなふうに見るから
last updateLast Updated : 2026-10-23
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第53話

日曜日の朝。ソハはアラームが鳴る前に目を覚ました。しばらく天井を見つめていた。最初は見知らぬものだったホテルの天井も、今ではすっかり見慣れていた。隣ではユゴンが眠っていた。ソハは体を横に向け、彼を見る。金曜の明け方、初めてこの部屋へ入ったときは、何もかもが衝動的だった。ソウルから突然バスに乗り、午前三時にソクチョへ着いて、ホテルのスタッフから妙な目で見られながら部屋を取った。それなのに、たった三日過ごしただけなのに、この部屋を出るのが妙に惜しかった。床にはユゴンのスニーカーが無造作に転がっていた。椅子にはソハのカーディガンとユゴンのパーカーが重なるように掛けられている。テーブルの上には、昨日食べ残したタッカンジョンの箱。空になったビール缶。二本の充電器。コンビニで買ったミネラルウォーター。市場でもらった袋。たった数日のあいだに、二人がここで作った生活の痕跡だった。ソハはスマートフォンを手に取った。午前九時十二分。ロック画面には、いくつか通知が表示されていた。会社のメール。グループチャット。広告。そして――パク・ジェヒョク。ソハの指が止まった。不在着信が一件。金曜の夜だった。その下にはメッセージもあった。[何してる?]そして昨日の午後に、もう一つ。[一度電話して]ソハはしばらく画面を見つめた。妙だった。ジェヒョクから連絡が来ていたことではない。これを今になって、初めてまともに見ている自分が。金曜の夜にも確かに見た。不在着信が残っていたことを。土曜日にも、メッセージが来ていることには気づいていた。けれど、そのまま流した。あとで連絡しよう。たぶん、そう思った。そして忘れた。完全に。ソハの顔から、少しずつ笑みが消えていった。ジェヒョクを忘れていた。その事実に気づくまで、三日もかかった。ここ最近では、一度もなかったことだった。会社で顔を合わせない日でも、ふと頭に浮かんだ。連絡がなければスマートフォンを確認した。彼の家から帰った日には、まだあの香りが残っているような気がした。数日会わなければ、最後に交わした言葉を思い出した。自分からは連絡しないと決めた日ほど、むしろ余計に考えた。それなのに――ソクチョでは違った。海を歩いているときも。市場で麺
last updateLast Updated : 2026-10-24
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第54話

けれど、まだソクチョだった。ユゴンが手を差し出した。ソハは何も言わず、その手を握った。二人は海岸沿いをゆっくり歩いた。波が寄せては、また引いていった。「お姉さん」「ん?」「楽しかった?」「うん」「どれくらい?」ソハは少し考えた。「思ってたより、ずっと」「俺はめちゃくちゃ楽しかった」「分かったって」「また来る?」ソハは答えなかった。代わりに、つないだ手に少し力を込めた。ユゴンも同じように、強く握り返した。その瞬間、ソハは気づいた。ソクチョが心地よかった理由は、海だけじゃなかった。刺身でも。市場でも。観覧車でもなかった。他の誰かのことを考えなくてよかったからだ。ジェヒョクからの連絡を待つ必要もなかった。彼が何を考えているのか推し量る必要もなかった。自分と彼の関係に、いったいどんな名前がつくのか考える必要もなかった。ただ、目の前にいる人だけを見ていればよかった。ユゴンも似たようなものだった。チェウォンがどこで何をしているのか。どうして返信が遅いのか。そして、自分がどうしてそれを気にしているのか。そんなことを考える必要がなかった。ソハと一緒にいればよかった。そのことを、二人はまだ互いに口にしていなかった。もしかすると、言わないほうがいいのかもしれなかった。午後になると、二人はソクチョを離れた。ソウル行きのバスに乗り、今回も並んで座った。金曜の明け方と同じ席だった。けれど、来るときとは違った。あのときは、これから何をするかだけを考えていた。今は――帰ったら何が待っているのかを考えていた。バスが発車した。海が少しずつ遠ざかっていく。ソハのスマートフォンが震えた。画面に名前が浮かぶ。パク・ジェヒョク。ほとんど同時に、ユゴンのスマートフォンも鳴った。チェウォン。二人はそれぞれの画面を見つめた。そして不思議なことに――どちらも、すぐには電話に出なかった。先にスマートフォンを伏せたのはソハだった。少しして、ユゴンも同じように伏せた。二人の目が合った。「なんで出ないの?」ソハが聞いた。ユゴンが逆に尋ねた。「お姉さんは?」ソハは少し黙った。それから窓の外を見ながら答えた。「あとで」ユゴンも窓の外へ目を向けた。「俺も」そうして二人は、もう
last updateLast Updated : 2026-10-24
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第55話

まるで自分の家へ帰ってきたように、見慣れた廊下だった。チェウォンのワンルームのドアの前には、配達されたチキンの袋が一つ置かれていた。ユゴンの足が少し速くなった。――なんだ。家にいるじゃん。そこでようやく、少し安心した。三日間、大学にも来ていなかった。電話にも出ない。メッセージも既読にならない。何かあったんじゃないか。具合でも悪いのか。一人で部屋の中で倒れているんじゃないか。ありとあらゆることを考えた。ユゴンはインターホンを押した。ピンポーン。待っている数秒さえ、ひどく長く感じた。焦るあまり、ドアまで叩いた。カチャ。鍵が外れる音がした。ドアがほんの少し開き、ぼさぼさに乱れた髪、短いホットパンツに薄いキャミソール一枚という格好のチェウォンが姿を見せた。ブラジャーもつけていなかった。今しがた眠りから覚めたばかりのように、目元にはまだ眠気が残っている。元気だった。その顔を確認した瞬間、ユゴンは無意識に息を吐いた。「おい、お前なんで電話――」チェウォンの目が大きく見開かれた。そして慌てて、人差し指を唇へ当てる。しっ。ユゴンの言葉が止まった。――何だよ?そう聞くより早かった。部屋の奥から、男の声が聞こえた。「誰?」ユゴンの表情が固まった。チェウォンはほとんど反射的に答えた。「ううん、チキンの配達」ユゴンは何も言わなかった。開いたドアの隙間から、視線だけが部屋の中へ入る。玄関の片隅に、見覚えのない靴が置いてあった。軍靴。それだけで十分だった。誰なのか、聞く必要すらなかった。チェウォンは慌てて屈み、ドアの前に置かれていたチキンの袋を持ち上げた。それからユゴンを見て、ごく小さな声で囁いた。「あとで連絡する」カチャ。ドアが閉まった。ユゴンはその場に、固まったように立ち尽くした。閉じたドアを見つめたまま。中から何かの音がかすかに聞こえたが、何を言っているのかまでは分からなかった。いや。聞きたくもなかった。背を向けなければならないのに、足が動かなかった。ほんの少し前まで、チェウォンが心配でどうにかなりそうだった。元気な顔さえ確認できたら、まず怒ってやろうと思っていた。なんで大学に来なかったんだよ。なんで電話に出ないんだよ。人に心配かけて何してんだよ
last updateLast Updated : 2026-10-24
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第56話

ユゴンは意味もなくスパイクの紐をほどき、また結び直した。一度きつく締めてみて、気に入らなかったのか、またほどく。「ユゴンー! 早く入れー!」遠くからサークルの先輩が叫んだ。「分かったって!」ユゴンは仕方なく立ち上がった。軽く首を回し、太ももを引き寄せて体をほぐす。芝の上を何度か軽く走ってから、そのままピッチへ入った。サークルのメンバー同士でやる、軽い練習試合だった。激しく当たり合う必要もない。危険なタックルをする理由もない。だから油断していた。ユゴンのポジションは後方のディフェンダーだった。前線から長く飛んできたボールを、ユゴンは軽く収めた。近くに相手はいなかった。一度ターンして周囲を確認し、余裕を持ってキーパーへ戻そうとした、その瞬間だった。ドン――背後から強い衝撃を受けた。ユゴンの上体が前へ大きくよろける。「あ、っ……くそ」後頭部まで響いた。ユゴンが振り返った。あの性格の終わったクソ野郎だった。「あ、悪い」そいつは両手を上げた。「スピード落とせなくて」ユゴンは答えず、ただ相手を見た。わざとだ。サッカーを始めて一日二日の人間じゃない。ボールはもう離れていたし、わざわざあそこまで追って入ってくる必要もなかった。スピードを落とせなかったんじゃない。最初から、落とす気がなかっただけだ。相手のほうが先に視線をそらした。ユゴンは舌で頬の内側を押した。クソ野郎。それでも我慢した。ただの練習試合だ。わざわざ雰囲気をぶち壊す必要もない。少し休憩を挟み、後半が始まった。ユゴンは何も言わず、また自分の位置へ戻った。しばらくすると、あいつがボールを運びながらユゴンのほうへ入ってきた。ユゴンが前へ出る。距離を詰めた。相手はユゴンを見ると、ボールを反対側へ逃がした。ボールはもう足元を離れていた。なのにすれ違いざま、また肩から強くぶつかってきた。その瞬間、ユゴンの表情が変わった。今度は我慢しなかった。ユゴンの足が後ろから、相手の軸足を払った。「うわっ!」そいつはそのまま芝の上へ転がった。ユゴンは倒れた相手を見下ろした。一瞬、足が上がった。そのままふくらはぎを踏みつけたい衝動に駆られた。けれど最後の瞬間、足をずらした。ズッ。スパイクのスタッドが、相手
last updateLast Updated : 2026-10-25
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第57話

ワンルームに入るなり、彼氏がチェウォンを強く抱きしめた。「先にシャワー浴びたほうがよくない?」「先にしてから入る」「いや、でも――」言い終わる前に、彼氏がチェウォンの口を唇で塞いだ。手は背中側からTシャツの中へ入り込み、ブラジャーのホックを外す。「は……肌、めちゃくちゃ柔らかい」彼氏はチェウォンの胸を揉みながら言った。あっという間にチェウォンを裸にすると、そこでようやく自分の軍服を脱ぎ始めた。「なんか前よりボリューム出てない? やば。今日、何回もするから」「何言ってんの。ふふ」チェウォンは笑いながら、彼氏がズボンを脱ぐのを手伝った。たった二か月なのに、ずいぶん久しぶりのような気がした。そのあいだにユゴンの体に慣れてしまったのか、彼氏のそれが妙に馴染まなく感じられた。ユゴンより細く、小さい。まだ十分に体がほぐれていないのに、彼氏は性急にチェウォンを求めた。「あ……痛い……」「ちょっとだけ……ちょっと我慢して」彼氏が自分の上で夢中になっているあいだ、チェウォンはユゴンを思い出していた。あの重み。奥まで満たされる感覚。激しく揺さぶられる感覚。そして、一緒に交わしていた会話。静かな部屋には、二人の体がぶつかる湿った音だけが続いていた。そうして、休暇初日は過ぎていった。二日目も似たようなものだった。遅く起き、デリバリーを頼み、ベッドに寝転がって動画を見た。彼氏は眠るときでさえチェウォンの胸に触れ、何もしないときも、やたらと体を寄せてきた。三日目も遅く起きた。昼食というには遅く、夕食というには早い時間だった。チェウォンはベッドに横になったままデリバリーアプリを眺め、チキンを注文した。彼氏は相変わらずベッドに寝転がったまま、スマートフォンを見ていた。休暇初日はよかった。二か月ぶりに見る顔は嬉しかったし、久しぶりに一緒にいることも、昔からの習慣みたいなセックスも悪くなかった。けれど三日目になると、することがなかった。外へ出ようと言えば疲れたと言われ、映画を見ようと言えば、家で見ればいいじゃん、と返された。ピンポーン。「チキン来たみたい」チェウォンはベッドから起き上がった。ぼさぼさの髪を手で適当に整え、玄関へ向かう。ドアの前にはチキンの袋が置いてあった。
last updateLast Updated : 2026-10-26
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第58話

授業が全部終わったあと、ユゴンは日焼け止めを買うために、正門近くのオリーブヤングへ寄った。テスターを手の甲に出して伸ばしていると、さっきから女性店員が一人、妙に近くをうろうろしていた。――何だ?場所を空けようとユゴンが横へずれかけた、そのときだった。女性店員がいきなり悪戯っぽく、ユゴンの股間をがしっとつかんだ。「うわっ?」ユゴンは飛び上がるように驚いて振り返った。キャップを深くかぶった店員が、笑いをこらえようと唇を噛んでいる。チェウォンだった。「ふふっ、久しぶり」「何だよ、くそ……びっくりしただろ」「今の顔、見た?」「お前、なんで大学来なかったんだよ」笑っていたチェウォンの顔に、少しだけ申し訳なさそうな色が浮かんだ。「彼氏が急に褒賞休暇もらったって言うから。ごめん。連絡できなくて」ユゴンは唇を尖らせた。「ちぇ。もういいよ」そう言いながらも、嬉しそうな顔までは隠せていなかった。「で、彼氏はもう戻ったの?」「うん。昨日」「……そっか」「でも、あんたも人のこと言えないの分かってるよね? これでおあいこにしよ」チェウォンがユゴンの腕を軽く叩いた。「それから、私のバイト終わるまで待ってて」「なんで」「映画見に行こうよ。バイト代入ったから、晩ご飯も私がおごる」「映画?」「うん」ユゴンはわざとらしく聞いた。「彼氏とはデートしなかったの?」「してない」「なんで?」「ずっと家にいた」「五日間?」「うん」ユゴンは呆れた。何だよ、それ。いくら軍人で、久しぶりに彼女に会えたからって。こんなに天気がいいのに、五日間ずっと家にいたって?妙にチェウォンの彼氏が気に入らなかった。――彼氏、ひどくないか。チェウォンのバイトが終わると、二人は聖水へ向かった。「私、ここ初めて」地下鉄の駅を出た途端、チェウォンがきょろきょろ辺りを見回した。「マジで?」「うん。いつも一回来てみたいって思ってたのに、結局来たことなくて」初めて来た人間にしては、あまりにも楽しそうだった。路地を一本通るたびに立ち止まる。「ねえ、ここ見て」「また?」「写真撮ろう」プリクラまで撮った。映画館では、そこしか席が残っていなかったという言い訳で、二人並んでカップルシートに座った。ユゴンはごく自然にチェウォンの
last updateLast Updated : 2026-10-26
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