「取り越し苦労はやめてくれ。何もせず、用意された式で花嫁になればいい。それで何が不満なんだ?」啓司の声は穏やかで、いつもどおりの余裕を含んでいた。私は静かに俯いて、握り合った手を見つめた。彼の掌はひどく熱いのに、私の指先は痺れるほどに冷たい。「啓司さん、そんな言い方しないで」亜佐子が手にしていた赤い薔薇をそっと置き、少しこちらへ近づいてくる。「もともと、花材を勝手に変えたのは私なのよ。赤い薔薇のほうが結婚式らしい雰囲気になると思って」そして、申し訳なさそうに私を見つめた。「初音さん、怒ってないよね?」襟元に付いた一枚の薔薇の花びらを見つめているうちに、喉の奥がじわじわとむず痒くなってきた。「もし気に入らないなら、明日にでも別の色の花に替えさせるから」啓司が小さくため息をつく。その声音には、気づかれないほどのかすかな疲れが混じっていた。「数百万円もの空輸費が無駄になるのは、大した問題じゃない。ただ、亜佐ちゃんはこの2日、会場に張りついてろくに眠っていないんだ。初音、自分の好みばかり優先するな。人の苦労もわかってやれ」私は口を開きかけた。決して、赤い薔薇が嫌いなわけじゃないのだと言いたかった。アレルギーなのだ。それも、重度の花粉アレルギー。3年前、付き合いはじめたばかりの頃、彼に連れられてあるパーティーに出たことがある。会場の隅に、小さな百合のフラワーウォールが飾られていた。ただそばを通り過ぎただけで、全身に赤い発疹が広がり、喘息の発作を起こしたのだ。あの日、啓司は冷たい表情のまま、その場でパーティーを中断させた。そして険しい顔つきで、主催者に百合をすべて、その夜のうちに撤去させたのだ。そして病院のベッドの脇で、ひと晩中私に付き添っていてくれた。強く手を握って、彼は言った。これから俺のいる場所では、花粉のある花は花びら一枚だって触らせない、と。それなのに、今はどうだろう。広い披露宴会場を埋め尽くしているのは、血のように赤い、ゆうに3万本の薔薇だ。呼吸はどんどん苦しくなり、息をするたびに胸が痛んだ。露出している首筋と腕には、すでに細かな赤い発疹が広がりはじめている。ドレスの背中のファスナーは引っかかったまま、半月前に抜糸したばかりの腹部の傷口は、きついドレスに圧
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