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元カノ仕様の結婚式、花嫁は降ります のすべてのチャプター: チャプター 1 - チャプター 8

8 チャプター

第1話

「取り越し苦労はやめてくれ。何もせず、用意された式で花嫁になればいい。それで何が不満なんだ?」啓司の声は穏やかで、いつもどおりの余裕を含んでいた。私は静かに俯いて、握り合った手を見つめた。彼の掌はひどく熱いのに、私の指先は痺れるほどに冷たい。「啓司さん、そんな言い方しないで」亜佐子が手にしていた赤い薔薇をそっと置き、少しこちらへ近づいてくる。「もともと、花材を勝手に変えたのは私なのよ。赤い薔薇のほうが結婚式らしい雰囲気になると思って」そして、申し訳なさそうに私を見つめた。「初音さん、怒ってないよね?」襟元に付いた一枚の薔薇の花びらを見つめているうちに、喉の奥がじわじわとむず痒くなってきた。「もし気に入らないなら、明日にでも別の色の花に替えさせるから」啓司が小さくため息をつく。その声音には、気づかれないほどのかすかな疲れが混じっていた。「数百万円もの空輸費が無駄になるのは、大した問題じゃない。ただ、亜佐ちゃんはこの2日、会場に張りついてろくに眠っていないんだ。初音、自分の好みばかり優先するな。人の苦労もわかってやれ」私は口を開きかけた。決して、赤い薔薇が嫌いなわけじゃないのだと言いたかった。アレルギーなのだ。それも、重度の花粉アレルギー。3年前、付き合いはじめたばかりの頃、彼に連れられてあるパーティーに出たことがある。会場の隅に、小さな百合のフラワーウォールが飾られていた。ただそばを通り過ぎただけで、全身に赤い発疹が広がり、喘息の発作を起こしたのだ。あの日、啓司は冷たい表情のまま、その場でパーティーを中断させた。そして険しい顔つきで、主催者に百合をすべて、その夜のうちに撤去させたのだ。そして病院のベッドの脇で、ひと晩中私に付き添っていてくれた。強く手を握って、彼は言った。これから俺のいる場所では、花粉のある花は花びら一枚だって触らせない、と。それなのに、今はどうだろう。広い披露宴会場を埋め尽くしているのは、血のように赤い、ゆうに3万本の薔薇だ。呼吸はどんどん苦しくなり、息をするたびに胸が痛んだ。露出している首筋と腕には、すでに細かな赤い発疹が広がりはじめている。ドレスの背中のファスナーは引っかかったまま、半月前に抜糸したばかりの腹部の傷口は、きついドレスに圧
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第2話

市立中央病院の救急外来には、鼻を刺すような消毒薬の匂いが満ちていた。「どうしたらこうなるんですか?花粉アレルギーがこれだけ重いのに、花の山みたいな場所へ自分から飛び込むなんて」首筋一面にびっしりと広がった赤い発疹を見た当直医の声は、厳しかった。「あと30分遅かったら、喉頭浮腫で命を落としていましたよ」私はじっと俯いたまま、看護師が冷たい綿棒で手の甲の血管を探すのに身を任せていた。「すみません。油断していました」「最近の若い人は、本当に自分の体を大事にしませんね」医師は手早く処方箋を書き終えると、次の患者のほうへと行ってしまった。私は背もたれに身を預け、スマホを取り出した。画面には何の通知もなかった。不在着信もなければ、新しいメッセージもない。あの会場を出てから、もう3時間が経っている。啓司は、私を探そうとしなかった。彼にしてみれば、これは私の稚拙な抗議の仕方でしかないのだろう。外で冷たい風に当たって気が済めば、おとなしく戻ってきて謝るはずだ、と。実際、この3年間、先に折れてきたのはいつだって私の方だった。午前2時、ようやく長い点滴が終わった。タクシーを拾い、啓司と暮らすはずの新居へと帰る。半年前にふたりで買った、高層階にある広い部屋。内装にこだわるため、私はあちこちを走り回り、数えきれないほど徹夜して準備したのだ。エレベーターの扉が開く。玄関の前に立ち、いつもの手つきで暗証番号を打ち込んだ。「ピーッ。暗証番号が違います」静まり返った深夜の廊下に、冷たい機械の女声がやけに耳障りに響いた。私は一瞬、その場に固まった。番号は出会った記念日のままで、これまで一度も変えたことがない。息を大きく吸い込み、もう一度だけ丁寧に入力し直す。「ピーッ。暗証番号が違います」その場に立ったまま、赤く点滅するエラーランプを眺めていると、ふいに、なぜか滑稽に思えてきた。そのとき、不意に扉が内側から開いた。私を見た啓司の顔に、驚きが一瞬だけよぎる。「帰ってたのか?インターホンを鳴らせばいいのに」私は彼を見たまま何も言い返さず、その広い肩越しに、ただ玄関のたたきへと視線を落とした。そこには、ピンク色の女性用スリッパが1足だけ増えていた。サイズは明らかに、私のじゃない。傍ら
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第3話

翌朝、啓司は本当に亜佐子を連れてこなかった。彼の運転する車で向かった先は、街の中心部でいちばん格式の高いオーダージュエリーのサロンだった。「中臣様、浅木様。ご注文いただいておりました結婚指輪、仕上がっております」箱が開かれると、ふたつの輝くダイヤの指輪が静かに並んで収まっていた。啓司が女性ものを取り上げ、私の手を引き寄せる。「はめてみろ。合わなければ直させる」冷たい金属の輪が、薬指を通っていく。けれど、第2関節のところでつかえてしまった。押し込もうとしても、それ以上は入らない。啓司が少し力を込めると、私の指が締めつけられて赤くなる。「どういうことだ?」不快そうに眉をひそめ、彼は店長へ目を向けた。「サイズが違うんじゃないのか?」店長は少しうろたえた様子で、手元のタブレットで注文記録をたどった。「中臣様、こちらの指輪は9号でございます。先月、お電話でサイズ変更のご指示をいただいておりまして」9号。私のサイズは11号だ。啓司がふと何かを思い出したように、その目の奥に、ひどく不自然な感情がよぎった。「俺は……っ」彼が口を開きかけたそのとき、店舗の扉のベルが鳴った。亜佐子が扉を押して入ってきたのだ。その手には、テイクアウトのコーヒーを2つ持っていた。「啓司さん、初音さん。こんなところにいたのね」笑いながら歩み寄り、コーヒーをテーブルに置く。「たまたま通りかかったら、外に啓司さんの車が停まっていたから、ご挨拶だけでもと思って」啓司は彼女を見て、それから私の指に引っかかったままの指輪をじっと見た。「亜佐ちゃん、こっちに来てこの指輪をはめてみてくれ」私も店長も、一瞬言葉を失った。亜佐子も少し驚いた顔をしたが、それでもおとなしく近づいてくる。啓司は9号の指輪を、私の指から無造作に引き抜いた。きつく食い込んでいたせいで、私の関節には赤い跡が残った。彼はその手を見ようともせず、指輪を亜佐子の薬指へと通した。ぴたりと収まった。それはまるで、初めから彼女のために誂えられたかのように、ぴったりだった。「はぁ……やっぱりか」啓司は短く息をつき、私のほうを振り向いた。「先月、亜佐ちゃんが気に入った指輪があってな。サイズを伝えに電話したとき、店側で取り違えたんだ
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第4話

式まで、あと3日。式場側の手配で、式のリハーサルと、料理の試食会が行われることになった。私は長テーブルの上座に着き、スタッフが差し出した最終版の席次表を受け取った。視線は、最前列の親族席へ落ちた。本来なら、私の両親と啓司の両親のために用意されていた席だった。ところが、そこにあったはずの私の両親の名前は消え、代わりに亜佐子の両親の名前が記されている。私の両親の席は、さらに会場の隅にある別のテーブルへ移されていた。配膳スタッフが頻繁に行き来する通路のすぐそばで、披露宴会場の中でもっとも騒がしく、高砂もほとんど見えない、最悪と言っていい席だった。「これはどういうこと?」表を指さして、私はプランナーに尋ねた。プランナーは気まずそうに、少し離れて立つ啓司のほうを窺った。啓司が歩いてきて表に目を落とすと、事もなげに言う。「俺が替えさせた」私の隣に腰を下ろし、白湯を注いで差し出してくる。「亜佐ちゃんのご両親は、式のためにわざわざ海外から飛んで帰ってきてくださるんだ。目上の方だし、世間体を気にする方でもある。後ろの席に座らせるわけにはいかないだろう」「じゃあ、うちの両親は?」私は彼を真っ直ぐに見た。「初音のご両親は大らかな人だ。そういう形式には昔からこだわらない」啓司はそれが当然のことであるかのように言う。「それに、高砂から少し離れてるほうが静かでいいだろ。ゆっくりできるし。初音、全体のことを考えてくれ。こんな些細なことで目くじらを立てるな」全体のことを考えてくれ。この言葉を、彼は最近、私に言う回数が増えた。彼の言う「全体」には、亜佐子の顔を立てることも、亜佐子の両親の見栄も、そして何より、彼自身が周囲からどう見られるかということも含まれていた。私の尊厳だけが、ぽっかりと抜け落ちているのだ。私は席次表を手にしたまま、以前のように理を尽くして言い争うことはしなかった。「わかった。啓司の言うとおりにするわ」啓司は満足そうに笑い、手を伸ばして私の髪をくしゃりと撫でた。「それでいい。お前はいつも物分かりがいい。俺がいちばん気に入っているところだ」物分かりがいい。私は口の端をわずかに引き上げただけで、何も言わなかった。やがてリハーサルが始まった。傷がまだ完全には治り
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第5話

車が走り出した瞬間、窓の外を流れるネオンが、長年私を閉じ込めていた城を、遠く後ろへと置き去りにしていった。息苦しい探り合いも、幾度となく重ねてきた妥協も、すべて昨夜に置いていこう。3人で演じてきたこの歪な芝居の舞台は、まるごとあのふたりに譲ってやる。新幹線が暗い夜の中を真っ直ぐに駆けていく。窓の外の景色は滲んだ光の帯になり、次々と後ろへ流れ去っていった。スマホの電源は、もう切ってある。私が消えたと知ったとき、啓司がどんな顔をするかなど想像する必要はない。それはもう、私とは一切関わりのないことだから。2日後。本来なら、式を挙げているはずの日だった。南の海沿いの町のカフェで、私は予備のスマホを取り出し、仕事用のアカウントにログインした。ログインした途端、おびただしい数のメッセージが一気に流れ込んでくる。大半は会社の同僚や、事情を知らない取引先からの結婚祝いだった。だがその中に紛れて、啓司の秘書から大量のボイスメッセージがずらりと並んでいる。1件目を再生した。「浅木様、どちらにいらっしゃるんですか?社長が控室で、激怒しています」2件目。「浅木様、式場から、一方的にすべての進行を中止されたと連絡が。装花スタッフまで撤収してしまって、現場はもう大混乱です!」3件目。「浅木様、電話に出ていただけませんか。社長は、今すぐ戻ってくるなら今回のわがままは水に流してやる、と」焦りきった秘書の声を聞いていると、そのときの啓司の表情までありありと目に浮かぶようだった。彼はきっと、私が正気を失ったと思っている。完璧に閉じた彼の理屈の中では、私は式を人質にして彼を折れさせようとしているだけなのだ。そのうえで、水に流してやる、と安全な高みから言っている。私は秘書に返信することなく、そのままトーク画面を閉じた。SNSのタイムラインを開く。10分前、亜佐子が新しい投稿をしていた。1枚の写真だった。オーダーメイドのスーツを着た啓司が、がらんとした宴会場の椅子に座っている。彼の顔色は恐ろしいほどに暗く沈み、彼の周りには無残に引きちぎられた赤い薔薇が散らばっていた。【愛されていることにあぐらをかく人がいる。人の優しさを、わがままの免罪符だと思ってるなんて。「啓司さん、落ち込まないで。
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第6話

啓司は、すっかり人のいなくなった宴会場の中央に立ち、スマホから流れる通話終了の電子音を聞いていた。画面を睨みつける彼の胸は、激しく上下していた。「啓司さん……っ」亜佐子がおそるおそる近づき、彼の袖に手を伸ばそうとする。「初音さん、本当に怒っちゃったのかな?私が説明しに行こうか?全部私が悪いの。私があんなこと……」「消えろ」振り向きもせず、啓司は低い声で言った。亜佐子はぴたりと固まり、みるみる目を赤くした。「啓司さん、そんな言い方……」啓司が勢いよく振り返る。その目は氷のように冷たかった。「消えろと言ったんだ。分からないのか」その目に心底怯えた亜佐子は少しあとずさり、顔を覆って宴会場を駆け出していった。啓司は彼女に構いもしなかった。大股でホテルを出ると、車の鍵を秘書に投げ渡す。黒塗りのマイバッハが夜の市街地を疾走していく。後部座席にもたれ、啓司はネクタイを乱暴に外した。それでも啓司は、初音が本当に去ったとは信じていなかった。3年間、初音は彼の生活における空気のようなものだった。どこにでもあって、あって当たり前のもの。彼の身の回りの雑事はすべて初音が引き受け、彼の好みはすべて初音が完璧に覚えていた。3日もわざと放っておいたのだから、もう気も済んだ頃だろう。きっとふたりで新生活のために買ったあの広い部屋に閉じこもり、泣き腫らした目で、自分が頭を下げて機嫌を取りに来るのを待っている。啓司は、そう決めつけるようにマンションへ向かった。車がマンションの下に停まる。エレベーターを降りると、啓司は合鍵で扉を開けた。「初音、駄々をこねるにも限度があるだろう。全体のことを考えろと言った意味が分からないのか?」叱責の言葉が、喉の途中で止まった。部屋の中は静まり返り、明かりもなく、人の気配が消えた冷えきった空気が満ちていた。彼は明かりをつけ、リビングを見渡す。ソファもテレビも白い防塵カバーにすっぽりと覆われ、玄関の靴箱は完全に空っぽだった。この部屋は、すでにもぬけの殻だった。啓司の鼓動が、一拍飛んだ。今まで味わったことのない動揺が、背筋を這い上がってくる。部屋に駆け込んだ彼は、不意に足を止めた。リビングの中央、何も載っていないローテーブルの上に、箱がひとつと、
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第7話

半年後。南の海沿いの町の雨季は、いつも長く、まとわりつくように湿っている。傘をさしてスーパーから出てきた私の手には、新鮮な野菜と、カットスイカの入った袋が提げられていた。あの世界から離れてから、私の暮らしは規則正しく、そして簡素になった。終わりのない残業もなく、顔色をうかがうべき婚約者もなく、私を押し潰す『全体』とやらに振り回されることもない。自宅の下まで来て、傘をたたむ。階段の照明がセンサーで灯った。薄暗い光の中、背の高い男の影が壁にもたれている。服は雨で大半が濡れ、髪が乱れたまま額にべったりと張りついていた。足元には、高級そうな保温ボックスが置かれている。啓司だった。私は足を止め、彼を見た。心は凪いだままだった。部屋を間違えた見知らぬ他人を眺めているのと同じだった。足音に気づき、彼がはっと顔を上げる。かつては常に余裕と優越を湛えていたその目は、今はひどく血走り、底に深い疲れだけを溜め込んでいた。「初音……っ」1歩踏み出し、私が手にした袋を受け取ろうとして、けれど私の静かな目に気づくと、彼は無理やり足を止めた。「ずっと、探していた」俯いたその声には、わずかに懇願の色があった。「実家にも行った。大学の同級生にも全員あたった。最後は、退職時の社会保険の移転記録まで調べて、やっとここが分かったんだ」私は彼を見て、淡々と言った。「何か用?」啓司の身体がこわばる。彼は慌てて身をかがめ、足元の保温ボックスを拾い上げた。「これ……塩キャラメルのケーキだ。前はあの店のがいちばん好きだっただろう。2時間並んで……」不器用に蓋を開け、私に見せようとする。「もう好きじゃないの」私は彼を遮った。啓司の手が宙で止まる。ケーキの甘い香りが、湿った空気の中に広がった。「……亜佐ちゃんのせいなのか?」彼は急いた口調で説明する。「あいつはもう海外へ送り返した。二度と俺たちの前に現れさせない。約束する。初音、俺が間違っていた。独りよがりで、お前の気持ちをちっとも分かっていなかった。あの赤い薔薇も、あんなに重いアレルギーだとは本当に知らなかったんだ……ただ嫌いなだけだと思っていた。指輪も、11号で作り直させた……」言葉を必死に継ぎ接ぎしながら、遅すぎる埋め合わせで
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第8話

あの日を境に、啓司も引き際を悟るだろうと思っていた。けれど私は、彼の異常な執着心を見くびっていた。翌日の昼、本屋を出て昼食に行こうとしたときだった。赤いスポーツカーが急ブレーキをかけ、私の目の前に停まった。扉が開き、ハイヒールを履いた亜佐子が飛び降りてくる。以前よりずいぶんやつれていた。何より妙だったのは、細かったはずの腰まわりが、わずかにむくんでいることだった。「浅木初音!」彼女は詰め寄ってきた。その目は、私を食い殺しかねないほどの憎悪に濁っている。「これで満足?啓司さんをあんなふうにして、私まで追い詰めて、満足なんでしょう!」私は冷ややかに、その錯乱を眺めていた。「あの人はあなたを探すために、私のカードを全部止めた。目をつけていたタワーマンションの一室まで取り上げられたのよ!」亜佐子は私の鼻先を指さし、甲高い声を上げる。「死んでもいないくせに、被害者ぶってあの人を苦しめて、何のつもり?さっさと戻って、許すって言ってあげなさいよ!」私が口を開く前に、街角から血走った目の男が飛び出してきた。啓司だった。亜佐子を見た瞬間、その顔が底なしに暗くなる。駆け寄るなり、彼は容赦のない平手で亜佐子を地面に打ち倒した。「誰が初音に会いに来ていいと言った!」頬を押さえ、亜佐子が痛みに声を上げる。「啓司さん、どうして私を殴るの?お腹には……」「黙れ!この恥知らずが!」啓司は怒りに目を見開き、彼女の嘘を容赦なく暴き立てた。「まだ俺が、お前に踊らされる間抜けだと思っているのか?夜ごと遊び歩いて、金持ちの放蕩息子どもと好き勝手やって、どこの馬の骨とも知れない男の子供を身ごもった。行き場をなくして、俺に押しつけようと帰国してきたんだろう!初音に勘づかれるのが怖くて、俺の負い目につけ込んで、ドレスの試着でも式のリハーサルでもふたりの間を引っ掻き回した。果ては初音の両親の席まで替えさせた。全部、初音を追い出して自分がその座に収まるためだ」亜佐子の顔から血の気が引き、震えながら首を振り続ける。「違う、そうじゃないの……っ」啓司は彼女を振り払い、私のほうを向いた。その目は、おそるおそる私を窺っていた。「初音、全部調べがついた。ずっとこいつが俺たちを嵌めていたんだ。俺は目が曇っていた。今、お
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