私は彼を見ず、手元のグラスを軽く揺らした。「プロポーズなんて大事なこと、どうして私に教えてくれなかったの?」弘恭は顔色を変え、私の手を掴もうと伸ばしてきた。「渚、先に帰っててくれ。後でちゃんと説明するから」私はその手をかわし、静かな声で言った。「説明なんていらないわ。ただ聞いてみただけ」寧々が立ち上がり、唇を噛んで私を見つめた。「桐生さん、ごめんなさい。弘恭さんに言わないでって頼んだのは私なんです」彼女の声はか弱く、泣きそうに震えていた。「会社で嫌がらせをされるのが怖くて、陰口を言われるのも嫌だったんです」私はクスッと笑った。「安心して。私はそんなことしないわ」私は彼女の目をまっすぐ見つめ、静かに言葉を返した。「でも、浮気相手が陰口を言われるのは当然じゃない?そう思わない?」彼女は顔を青ざめさせ、ぽろぽろと涙をこぼした。弘恭はすぐに彼女を後ろにかばい、眉をひそめて私を睨んだ。「渚、もういい加減にしろ。話なら帰ってから聞く」まるで壊れやすい宝物でも守るように、弘恭は寧々をかばっていた。彼の顔を見つめながら、ふと見知らない他人のように思えた。10年。一人の人間の本性を見抜くのに、10年もかかってしまった。「いいわ、どうぞ続けて」グラスをテーブルに置き、私は踵を返して個室のドアへと向かった。背後から寧々のすすり泣く声と、彼女を優しくなだめる弘恭の声が聞こえてくる。私は一度も振り返らなかった。ホテルを出ると、夜風が吹き抜けた。私は道端に立ち、タクシーを拾って家へ向かった。車窓を流れるネオンを眺めながら、私の頭の中には昨日の出来事がよみがえっていた。昨日だって、鏡の前で新しく買ったワンピースを合わせては、今週末にでも弘恭に結婚の話を切り出してみようかと考えていたくらいなのに。付き合って10年。そろそろ落ち着く頃だと思っていた。今思えば、本当に滑稽だ。18歳のとき、私は弘恭の女になった。その年、妹の腎臓病が発覚した。実家が身代を潰す勢いで金をかき集めても、とても手術費用には届かない。私は高校を中退し、美容室の見習いとしてシャンプー台に立ち続けた。店に通っていた弘恭が、水仕事で赤く荒れた私の手を見て、ふと声をかけてくれたのだ。「うちの会社で働いてみないか
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