紗月は美緒と、顧客の注文を地域別に仕分けし直した。独立系セレクトショップには、従来の委託販売条件を見直し、売れた分の精算を7日ごとに短縮することと、リュヌから顧客データを共有する案を持ちかけた。物流スタートアップには空き倉庫を貸してくれと頼む代わりに、夜間の集荷量を保証した。最も難しかったのは、生産工場だ。先行予約に応じた生産では、工場側が何度もラインを切り替えなくてはならない。紗月は工場の社長の前に、過去3年分の発注書を広げた。「最低ロットを下げてほしいというお願いではありません。12品目で生地を共通化します。裁断日程はこちらが合わせますし、1次分の代金は、予約金が入った当日に支払います」「栄林も抜けたんでしょう。何を信じて乗れと?」「私を信じてとは言いません。こちらは、6,000人のお客様からいただいた発売通知の登録です。今夜までに8,000人を超えたら、1次生産を進めてください。届かなければ、生地の予約金まで私が責任を持ちます」締切の20分前、通知登録者は9,000人を超えた。セレクトショップ9店がポップアップ展示に合意し、物流会社とは首都圏の当日集荷契約を結んだ。アルデンの審議室へ送った補足案の最終ページには、栄林がなくても、初月の固定費の大半を回収できる計算が載っていた。審査は、条件付き承認に変わった。条件は、合意した予約購入への転換率と、セレクトショップ5店からの確定発注。紗月は承認メールをそのまま社員へ共有した。祝いのスタンプが続々と届いたが、まだ出資金が振り込まれたわけではないと、念を押した。「今日は、生き返った日じゃない。次の関門に進めるようになった日。週末は休んで、来週は実際の注文で条件を満たそう」言葉はしっかりしていた。それでも、電話を置く手には3日分の疲労がにじんでいた。オフィスを出た途端、3日分をため込んだような雨が降り出した。傘は美緒が工場に忘れてきた。呼んだ車は、あと20分かかるという。黒いセダンが、路肩に止まった。後部座席のドアを開けた蓮が、紗月を見た。「乗って」「今日は、運転手まで引き受けるんですか?」「契約相手が風邪をひくと、予定が狂う」紗月は雨の中を走った。蓮が自分のコートを脱ぎ、彼女の肩に掛ける。乾いたウールに、体温が残っていた。ペントハウスに着いたときには、2人とも濡れていた。
Last Updated : 2026-09-24 Read more