「あの日、私は部室にさえ行けませんでした」「君たちが、俺のことで笑っていたと言われた。君にとっては遊びで、俺が本気にしたのがおかしかったって」蓮は昔の話をしても、声を荒らげなかった。ただ、最後の言葉だけが、痛いほど明瞭だった。もう治ったと思っていた傷を、自分で開いて見せるように。紗月の声も尖った。「私には、あなたが直哉の出資を受けたと言っていました。サーバーを増強するお金が必要だから、私と進めていた企画を捨てて行ったと」「その話は断った」「私に、どうしてわかるんです? あの日、大学で捜してもいなかった。直哉は、もう行ったと言ったんです」「俺は、夜9時まで裏庭にいた」「父の会社に捜査が入ったのは、午後4時でした」ぶつかり合っていた言葉が、同時に途切れた。紗月は鉄の手すりを握った。父の会社のロビーを埋める記者。母が持ち出せなかった薬。家の前で待つ債権者たち。あの日の光景が、順に浮かんだ。「父の秘書が、大学まで迎えに来ました。携帯も捜査のために押さえられたままで、その夜は郊外の別荘へ。翌日、国外に出ました。誰にも説明できなかった」蓮の顎に力が入った。「わざと連絡を切られたんだと思った」「私は、あなたがお金を選んだと思いました」2人の間に、1人の名が残った。鷹宮直哉。蓮が先に尋ねた。「サーバー代と、企画を捨てたって話は、どういう意味だ?」「そのままです。直哉が、自分のお金でサーバーを動かすと提案したでしょう。あなたが、それを受けたと」「サーバー代は、サークル宛ての匿名の支援金だった」「匿名にしてほしいと、私が頼んだからです」蓮の表情が、初めて崩れた。紗月は手首を見下ろした。8年前、いつも身につけていた細いサファイアのブレスレットは、とっくになくなっている。それでも留め具が触れていた感覚は、妙に鮮明だった。「あのとき、先生にお願いして、業者の口座へ送ってもらったんです。私の名前を出したら、受け取らない気がして」「いくらだったか、知ってるか?」「180万円。6か月分のサーバー使用料と、外部データの購入費です」蓮が近づいた。「そのお金を、どうやって用意した?」「ブレスレットを売りました。20歳の誕生日に、母がくれたものを」「あのブレスレットを、売ったのか?」否定というより、衝撃の声だった。それでも紗月の表情は冷たく
Last Updated : 2026-09-24 Read more