桐谷紗月は、最後のスライドを映さなかった。画面には、LUNE――リュヌの前四半期のリピート購入率が表示されていた。広告費を削っても、顧客は離れなかった。それさえ示せば話の糸口はつかめる。そう思っていた。向かいに座る投資会社の常務が、資料を閉じるまでは。「ブランドの力は認めています。桐谷社長のセンスも、相変わらず素晴らしい」褒め言葉のあとに続くのは、いつも同じだ。「ただ、現状ではリスクが大きすぎます。主要な販売先との契約更新も決まっていませんし、短期借入金の返済期限は今週でしたね?」「今回の出資金は、まず生産スケジュールの安定に充てます。秋のカプセルコレクションも、事前の反響は前シーズンを上回っています」「資金が尽きる前に服が売れる保証は、ないでしょう」「保証のある事業に投資する人はいません。いるのは、値上がりしてから買う人だけです」常務の眉がわずかに動いた。紗月は笑わなかった。機嫌を取るために来たわけではない。数字で可能性を証明しに来たのだ。けれど相手は、その数字より先に、債務者の名前を見ていた。「条件付きでも構いません。本日中に出資の確約をいただく必要があります」「申し訳ありません。今回は保留とさせてください」遠回しな断りだった。紗月はノートパソコンを閉じ、バッグに収めた。指先は冷え切っていたが、差し出した名刺を引き取る手に乱れはない。「ご検討いただき、ありがとうございました。次は、保留にしづらい数字を持ってきます」会議室を出た途端、スマートフォンが鳴った。登録していなくても、覚えてしまうほど目にした番号だった。「桐谷です」――鷹宮債権管理の佐伯です。本日午後4時をもちまして、返済猶予期間が終了いたしました。ロビーの時計は4時7分を指していた。「今週金曜までに一部を返済すると、お伝えしたはずですが」――その猶予案は、従前の債権者が社内承認前に検討していたもので、確定しておりません。譲受人は、新しい条件でのみ協議すると申しております。「誰に譲渡されたんですか?」相手は少し間を置いた。――通知書を御社へお送りしています。そちらをご確認いただくのが早いかと。通話が切れた。紗月はガラス扉に映る自分を見た。朝に整えた化粧は、少しも崩れていない。転落とは、いつだってこういうものだ。人に気づかれるより先に内側から崩れていき、見
آخر تحديث : 2026-09-24 اقرأ المزيد