ホテルから家まで、車内には息の詰まる沈黙が続いた。雅人はコンソールの携帯をちらちら見て、苛立たしげに爪を噛んでいた。沙耶からの不在着信が3件。激しい抗議のメッセージが、途切れず画面を埋めている。家に着くなりネクタイを乱暴に外し、書斎へ入って鍵をかけた。紗月はそのドアを冷たく見てから寝室へ入り、理沙に電話した。『紗月、会食は無事に終わった?』「うん。今日、高瀬文化財団の玲子理事長に会ったの」食事中にあったことと、財団の統括ディレクターを任せたいと言われたことを、落ち着いて話した。電話の向こうで、理沙が声を上げた。『すごいじゃない! 玲子理事長って、政財界にも文化界にも影響力のある大物よ。その仕事を受けられれば、復帰の足がかりになるし、離婚の手続きでも経済的に自立できることを示せる。花音ちゃんの養育の話をするうえでも、大きな材料になるわ』「本当に、頑張ってみたい。花音に恥ずかしくない、胸を張れる母親になりたいの」『なれるわよ。もともと仕事のできる人だったじゃない。それと、調べてもらっていた会社のお金の動き、最初の報告が来た』理沙の声が鋭く低くなった。『雅人さん、会社のお金から3,000万円、沙耶のマンションの取得資金に出してる。毎月40万円のケルブランのリース料も。それに、百貨店で数百万円使った伝票まである。これは浮気だけの話では終わらない。横領や背任も検討できるわ』「……ありがとう。順番に、全部そろえておく」電話を終え、紗月は胸に手を当てた。夫の身勝手な犯罪と裏切り。その証拠が、一つずつ手元に集まっていた。* * *翌朝、向かいの席に座った雅人は、目の下に隈を作っていた。沙耶の癇癪をなだめるのに、一晩かかったらしい。冷えたコーヒーを飲み、にらむように言った。「昨日の財団の仕事、今すぐ断れ」「どうして、そんなことをしなければいけないの?」紗月はカップを置き、静かに聞き返した。雅人の眉間に、深いしわが寄った。「お前が仕事だ何だと出歩いたら、花音は誰が見る? 家のことは誰がやるんだ。ルミナスもだ。今すぐやめろ」「トレーニングまで?」「あそこの講師もトレーナーも、ろくなもんじゃないな。会員のことを陰で調べ回って。今日、俺が解約して返金させる。二度と行くな」沙耶の処分を聞き、自分の口をふさごうとしている。その狙いは、あま
Last Updated : 2026-09-24 Read more