壁の向こうの病室には、五人いた。登録されている患者は、四人。一人、多かった。怜司は、まず人を外へ出した。壁を完全に切断せず、封魂糸で隙間を固定し、救助隊員が一人ずつ運び出した。最後に出てきたのは、六十代の男性だった。患者衣には、名前ではなく数字が印字されていた。【BY-09-17】「お名前を、言えますか?」看護師が尋ねた。男性は、唇だけを動かした。「……田村、誠一」沙耶がすぐに端末を検索した。「入院記録がありません」「ご家族の連絡先は?」「その名前で照会できる、最近の医療記録自体がありません」澪は男性の手首を見た。採血の痕が、いくつもある。ここ数日の間にできたものだった。「入院して、どのくらいですか?」男性が、ぼんやりした目で澪を見た。「二週間……」「誰が連れてきたんですか?」「病院から……検査を、受けるようにと……」呼吸が速くなった。医療スタッフが、質問を中断させた。怜司はすぐに言った。「安静が先です。話を聞くのは、あとにします」澪は、患者衣の番号を撮影した。BY-09。「返還待機者09」と同じ数字だった。* * *病院の情報システム室。白夜病院側は、初め、アクセスを拒んだ。「患者の個人情報ですので、外部の閲覧は難しいです」怜司は、令状を持ち出さなかった。「では、現在、失踪・監禁が疑われる患者が登録されているかだけを確認してください。原本は病院で変更せず保全し、こちらはハッシュ値だけを受け取ります」病院の法務担当は、渋々同意した。資料が出るまで、二十分もかからなかった。問題は、内容だった。誠一には、二週間前に入院した記録があった。ところが、入院の四時間後には、退院扱いになっていた。退院理由。【症状なし/帰宅】同時刻の防犯カメラには、病室へ運ばれる姿が残っていた。真帆が画面を拡大した。「システムと映像が、正反対ね」澪は、ほかの四人の記録も確認した。どれも、似ていた。入院。検査。即日退院。けれど、実際には病棟の中に残されていた。「誰が書き換えたんですか?」システム責任者がログを表示した。「管理者アカウントです」「使用者の名前は?」「共用なので、特定は難しいです」真帆が乾いた笑いを漏らした。「2028年にもなって、医療記録を共用の管理者アカウントで書き換えて
Dernière mise à jour : 2026-10-02 Read More