All Chapters of 存在感ゼロのまま死んだら、家族が狂い始めた: Chapter 1 - Chapter 10

11 Chapters

第1話

抵抗する気力もなく、私はそのまま目を閉じた。静かに死を待つつもりだった。けれど。鈍い音と短い悲鳴がして、次の瞬間、階段を転げ落ちていったのは私ではなく、桃華のほうだ。勢い余って、自分で足を踏み外したらしい。おかげで私は、桃華の突き落としからあっさり逃れることになった。私はそっと目を開け、小さく肩をすくめた。残念。死ねなかった。階下から、桃華の引き裂くような泣き声が響いてくる。私はそれを無視して、静かに死ねそうな場所を探すことにした。ぐるりと見回した先で、トイレの天井にある、半端に開いた換気ダクトが目に入る。薄暗い。狭い。鉄板に囲まれている。棺桶みたいで、落ち着く。手際よく這い上がると、その中に身を収め、両手を腹の上で組んで目を閉じた。ほどなくして、下の階から桃華の泣き声が聞こえてきた。「お姉ちゃんが……本当の娘が戻ってきたんだから、私はもう邪魔なんだって……」しゃくり上げる声に混じって、途切れ途切れの訴えが聞こえてくる。「それで、階段から突き落とそうとしたの……」その声に、下の階が一気に騒がしくなった。両親と兄の小林大樹(こばやし たいき)が、怒りをあらわにしたまま2階へ駆け上がってきた。家中の部屋を探し回り、最後に兄がトイレのドアを乱暴に開け放つ。懐中電灯の光が天井をなぞり、換気ダクトの中で横たわる私を照らし出す。一瞬、空気が凍りつく。桃華の泣き声が、嘘みたいにぴたりと止んだ。母の美由利(みゆり)が震える指で天井を指す。「今……この子が、あなたを突き落としたって?」桃華の顔色がさっと変わる。けれど次の瞬間には、もう泣き顔を作り直していた。母にしがみつき、しゃくり上げる。「ちがうの……私、お姉ちゃんに挨拶しようとしただけなの。なのに避けられて、そのあと天井のほうから音がして……びっくりして足を滑らせちゃって、その拍子に、お姉ちゃんに押されたんだって思い込んじゃったの……」母の服を握りしめたまま、桃華は涙声で続ける。「お姉ちゃん……私のこと嫌いなの?お化けの真似までして、私を追い出したいの?」それを聞いた大樹は、ダクトの中の私をきつく睨みつけた。「青葉!何を考えてる。なんでそんなところに潜り込んでるんだ!桃華を怯えさせて、階段から落とすつ
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第2話

真夜中、温室のドアがそっと開いた。私はプランターの土に身を預けたまま、うとうとしていた。物音には気づいたけれど、わざわざ目を開ける気にはならなかった。やがて、鼻を刺すような薬品臭が漂い始める。誰かが温室の花を次々と踏みにじり、除草剤を温室中に無造作に撒き散らした。最後に、温室のドアに外からしっかりと鍵をかけた。むせ返るような臭いが、じわじわと温室の中を満たしていく。喉がひりつき、呼吸が少しずつ苦しくなってくる。10回も生まれ変わった私にとって、農薬で死ぬことなど、別に珍しくもない。私は少しだけ体勢を整えると、毒を含んだ空気を肺いっぱいに吸い込んだ。これなら、今度こそちゃんと死ねるはず。意識が遠のきかけた、そのとき。外から大きな音が響き、夜間の見回りをしていたボディーガードが、温室のガラスドアを蹴り開けた。冷たい夜気が一気に流れ込み、私は半ば乱暴に引きずり出される。ほどなくして、屋敷のあちこちで明かりがついた。両親と兄が、慌ただしい足音を立てて温室へ駆け込んでくる。母は無残に荒らされた温室を見て、胸を押さえた。「三年もかけて育てた蘭なのに……!」父は振り返るなり私の襟元を掴み、思い切り頬を打った。「青葉!母さんがやっと咲かせた蘭を、よくもめちゃくちゃにしてくれたな!」頬が焼けるように痛む。私は打たれた頬に手をやり、残念そうにため息をつくと、天井の隅を指さした。「私じゃない。そこに監視カメラがあるから、見ればわかる」その瞬間、桃華の顔がさっと青ざめた。けれど、スカートの裾をぎゅっと握りしめたまま、何も言わない。兄が冷笑を浮かべて歩み寄った。「いいだろう。見せてもらおうじゃないか。またあとで、お前に被害者面されても鬱陶しい」桃華が慌てて何か言おうとしたけれど、その前に執事が監視映像を再生した。映像には、桃華が辺りを見回し、蘭を踏みにじり、最後には正気を失ったみたいに除草剤を撒き散らしている姿が、はっきり映っている。もう言い逃れはできないだろう。桃華はその場に崩れ落ち、ぼろぼろと涙をこぼした。「ママ、わざとじゃないの……お姉ちゃんがプランターの中で寝てるのを見たら、小林家がコケにされたみたいで……私、ついカッとなっちゃって……」除草剤を撒かれた温室
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第3話

どれだけ経ったのか、木箱の中をかすかに流れ込んでいた空気が、とうとう止まった。外から、かすかな足音が聞こえる。そして最後に残っていた通気口の隙間まで、ガムテープでぴったり塞がれた。箱の中の温度が上がっていく。息をするたび、喉が焼けるように痛い。頭もぼんやりしてきた。意識が朦朧とする中、過去10回分の人生の記憶がよみがえった。炎の中で。深い海の底で。瓦礫の下で。私は何度も助けを求めた。でも、誰一人として、私のために立ち止まってはくれなかった。だから今回も、息が詰まりそうでも、指先ひとつ動かさなかった。声も出さなかった。ただ静かに、息ができなくなるが訪れるのを待っていた。これで、ろくでもない11回目の人生も、やっと終わる。――そう思ったのに。また目が覚めた。地獄はない。あるのは、鼻を刺す消毒液の匂いだけだ。父がベッドの前に立ち、青ざめた顔で私を怒鳴っている。「青葉!お前、頭がおかしいのか!救急車が家に来たんだぞ。近所にどう思われるか、わかってるのか!人死にでも出たら、小林家が実の娘を虐待してるって町中に知れ渡るんだぞ!」私は無表情のまま、天井を見つめる。兄は腕を組み、虫でも見るような目で私を見下ろしている。「だから言っただろ、父さん。こいつはわざとだって。丸1日箱に閉じ込められて、板も叩かない、助けも呼ばない。そんなやついるかよ。どうせまた、命懸けの芝居を打って、俺たちに気味の悪い思いをさせたいだけだろ」桃華はすかさず兄の袖をつかみ、目を真っ赤にして涙をぽろぽろこぼした。「お兄ちゃん、お姉ちゃんを怒らないで。悪いのは私なの。もっと早く見に行けばよかった……」しゃくりあげながら、悲しそうに顔を歪める。「でもお姉ちゃん、窒息しそうになっても、助けを呼ぼうともしなかったの。きっと私を恨んでいて、こんなやり方で仕返ししようとしたんだわ……」「何言ってるんだよ」兄はすぐに言い返した。「桃華、お前が気にすることじゃない。こんなの、あいつが勝手にやったことだ!」母はベッドのそばに腰を下ろし、私の青白い顔を見て、困ったようにため息をついた。そっと布団を整える手つきはやさしいのに、言葉はひとつひとつ胸に刺さる。「青葉、あなたは考えすぎなのよ。頑固すぎるの。
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第4話

退院して3日後、私たち家族はそろって別荘へ向かった。今回は、言われたとおり渋々後部座席に座った。ここ数日降り続いた雨で、山道はひどくぬかるんでいる。別荘に着くなり、両親と兄は真っ先に桃華のもとへ向かった。「桃華、この部屋はお前の好みに合わせて整えたんだ。どうだ、気に入ったか?」「足りないものがあれば、すぐ言いなさい。すぐに持ってこさせるから」桃華は父の腕に甘えるようにしがみつき、いかにも愛らしく微笑んだ。「パパとママが用意してくれたものなら、桃華、何でもうれしい」みんなの部屋が決まってから、母はようやく私にどの部屋がいいかと尋ねた。けれど、どうせ残っているのは山側のいちばん奥の部屋だけだ。聞く意味なんてない。部屋に入ると、私はいつもの癖で中を見回した。悪くない。ベッドの下は、身を潜めるには十分な広さがある。私は慣れた手つきでベッドの下に潜り込み、両手を腹の上で組んだ。夜明けを待つ。あるいは、死を待つ。真夜中、外から鈍い轟音が響いた。次の瞬間、地面が大きく揺れる。裏山が崩れ、土砂が一気に別荘へなだれ込む。山側に最も近い私の部屋が、真っ先に直撃を受ける。目を開けたときには、梁と岩がベッドの上に落ち、ベッドはほとんど押し潰されていた。残骸の隙間に、どうにか私の頭上だけわずかな空間が残っている。折れた木片がふくらはぎに深く食い込み、焼けつくような痛みが走った。息が詰まり、思わず歯を食いしばる。額には冷や汗がにじんだ。これまでの10回は、どれもあっさり終わった。どうやら今回は、死ぬまできっちり苦しめということらしい。「みんな無事か!」父の切羽詰まった声が、外から響いてくる。「俺が気づいて叩き起こさなかったら危なかったぞ。別荘が土砂を受け止めてくれなきゃ、逃げ場なんてなかった」懐中電灯の光が闇の中をせわしなく走る。瓦礫の隙間から差し込んだ細い光が、ちょうど私の顔をかすめた。私は黙って、そのやり取りを聞いていた。瓦礫の隙間越しに、外の様子がぼんやり見えた。「青葉は?青葉は出てきたの?」母は少し離れた庭石にもたれ、肩を震わせながら息を切らしている。そのそばで、桃華が兄の背に身を寄せ、青ざめた顔のまま、おびえたように口を開く。「さっき……お姉ちゃんが裏口
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第5話

大樹の表情が、ぴたりと固まった。「何を言ってるんだ?監視カメラが壊れてるに決まってる!」大樹は管理人を突き飛ばし、桃華を指さした。「桃華が見たんだ!あいつが逃げるのを、この目で!」管理人はごくりと唾をのみ込んだ。それでも、震える声で必死に訴えた。「大樹さん……この赤外線カメラは、そう簡単に故障なんかしません……」正人は桃華を振り返り、低い声で問い詰める。「桃華、本当に見たのか?」桃華はびくりと肩を震わせた。視線をさまよわせ、消え入りそうな声で答えた。「雨がひどくて……見間違えたのかも……」「見間違えるわけないだろ!」大樹が苛立ちを隠さず怒鳴った。「たとえ外に出てなかったとしても、どうせどこかに隠れてるだけだ!」「黙りなさい!」美由利の怒声が、大樹の言葉をかき消した。美由利は桃華を押しのけるように前へ出ると、正人に詰め寄った。「青葉の部屋はどこ?あの子はどの部屋にいたの!」正人は口を開いた。だが、何も言えなかった。顔から、みるみる血の気が引いていく。部屋割りを決めたとき、誰も青葉がどの部屋に入ったのか、気にも留めていなかったからだ。救助隊長は瓦礫のいちばん奥へ目を向けた。「着陸直前、あの奥から微弱な救難信号を受信しました!」その瞬間、美由利は瓦礫へ駆け寄った。「青葉!青葉っ!返事をして!」素手で瓦礫をかき分ける美由利に、大樹が駆け寄って腕をつかんだ。「母さん!やめろ!あいつがそんな簡単に死ぬわけないだろ!」大樹はなおも叫び続けた。「昔だって外で野宿して生き延びたんだ!どうせまた、どこかの死角に隠れてるだけだ!また俺たちを騙そうとしてるに決まって――」大樹の声が、そこで止まった。次の瞬間、クレーンの駆動音が場の空気を震わせた。巨大なコンクリートパネルが、ゆっくりと持ち上げられていく。救助隊員たちの強力なライトが、一斉にその下を照らし出した。大樹はごくりと喉を鳴らし、言葉を失った。瓦礫の奥深く。泥水と血が、どす黒く混ざり合っている。その中から、紙のように白い手が力なく突き出ていた。骨も肉も無残に潰れ、変形した指は、それでも白いボタンを握りしめていた。美由利はその場に崩れ落ちた。「いやああああっ!」悲鳴を上げ、そのまま泥の中
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第6話

大樹は担架の前へ飛び出す。青葉の肩をつかんで揺さぶろうとした瞬間、救助隊員が咄嗟にその腕を押さえた。「青葉、起きろ!目を開けろ!」大樹は叫び続けた。「また死んだふりなんだろ!?俺たちを騙そうとしてるだけなんだろ!?身体だってまだ温かいんだ!こんなことで死ぬわけない!起きろよ、青葉!」桃華も後ろで涙を拭いながら、泣き声まじりに声を上げた。「そうよ、お兄ちゃんの言う通りよ。お姉ちゃんが、こんなところで死ぬわけない!きっと前から隠れる場所を見つけてたのよ。また、こんなふうにして……私たちを怖がらせようとしてるだけよ。きっと、そうよ……」――パンッ!鋭い平手打ちの音が、桃華の言葉を断ち切った。美由利の手が打ったのは、桃華ではない。大樹の頬だ。美由利はよろめくように立ち上がり、血走った目で大樹を睨み据える。震える指で、青葉の血まみれの手を指さして叫ぶ。「この子は助けを求めてたのよ……!何度も、何度もそのボタンを押し続けてた!スマホだって鳴ってたでしょう!なのにあなたは、青葉はもう外に出てるって言い張った!仕返しだとか、底意地が悪いだとか……勝手に決めつけて、通知まで切った!そんなやつに付き合う必要はないって言ったのも、あなたじゃない!」大樹は打たれた頬を押さえることもできず、その場に立ち尽くした。「俺……」かすれた声が、震える唇からこぼれる。「俺、また……芝居だと思って……」一歩、後ずさる。これまで感じたことのない恐怖が、今になって胸の奥から込み上げてきた。「医者!早く医者を!」正人がようやく我に返り、震える声で叫んだ。待機していた医師が駆け寄り、青葉の首元に指を当てて脈を確かめ、呼吸と瞳孔の反応も素早く確認した。全員が固唾をのんで、その手元を見つめた。数秒後、医師が顔を上げ、切迫した声で叫ぶ。「脈がある!呼吸は浅いが、まだ続いている!すぐにヘリへ!急げ、まだ間に合う!」
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第7話

「まだ助かる!」医師のその一声で、美由利の全身から張り詰めていた力が一気に抜けた。荒い息をつきながらその場に膝をつき、担架の脇に崩れ落ちる。「助けて、お願い……早く、この子を助けて……!」青葉はすぐにヘリに運び込まれ、市内の総合病院へ搬送された。手術室の前には、息が詰まるような沈黙が落ちていた。「手術中」の赤いランプだけが、冷たく光っている。大樹は壁にもたれている。服に染み込んだ泥水も、まだ乾ききっていない。しばらく黙っていたが、やがて不機嫌そうに口を開く。「……母さんたち、ひどいよ。桃華があれだけ怖い思いをしたのに、誰も桃華のことなんか気にもかけない。一言も聞こうとしないで、みんなここに張りついたままだ」彼は手術室の扉を見やり、納得がいかないというように言葉を継いだ。「言っただろ。あいつがこんなんで死ぬわけないんだよ。あんな岩の下敷きになって、まだ息があるほうがおかしい。どこかに逃げ込める場所でも見つけて、隠れてるだけだ。また俺たちを振り回してるんだよ」美由利はゆっくりと振り返り、大樹の前まで歩み寄った。次の瞬間、乾いた音が廊下に響く。美由利の平手が、大樹の頬を打った。「黙りなさい!」掠れた声には、もう以前の穏やかさは欠片もなかった。「まだそんなことを言うの!?この子を、これ以上どれだけ苦しめれば気が済むの!」大樹は頬を押さえたまま、信じられないものを見るように目を見開いた。その様子を見て、桃華は目を赤くしたまま一歩前に出た。「お母さん、お兄ちゃんを叩かないで……お兄ちゃんの言う通りだよ……」両手の指をきつく組み合わせ、怯えた声で続けた。「あれだけの騒ぎだったんだから、お姉ちゃんが何もしないまま巻き込まれるわけないもん。小さい頃から外で暮らしてたんだから、危ないときにどこへ隠れればいいかくらい、ちゃんと分かってるはずよ。だからきっと、そんなにひどいけがなんてしてないよ。またみんなの気を引こうとしてるだけかもしれない……」美由利は何も言わなかった。ただ、桃華をじっと見つめている。17年間育ててきた娘に、あれほど冷えた眼差しを向けたのは、そのときが初めてだった。その目に射抜かれ、桃華の背筋に冷たいものが走った。思わず一歩後ずさる。「もういい、やめ
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第8話

私の魂は宙に浮かび、廊下で起こるすべてを見下ろしていた。白い布をかけられた私の遺体が、静かに霊安室へ運ばれていく。医師の言葉を聞いた瞬間、母の顔から血の気が引いた。そのまま膝から崩れ落ちる。父が慌てて抱きとめたものの、支えきれず、二人そろって倒れ込んだ。父は自分の両手を見つめた。次の瞬間、狂ったように何度も自分の頬を張る。「俺が……あのドアを叩くべきだった!どうして叩かなかったんだ!」兄もまた、糸が切れたようにその場へ崩れ落ちた。「ありえない……なんで死んだんだよ……」ふらつきながら立ち上がると、兄は運ばれていくストレッチャーを追い、私の顔にかけられていた白布を乱暴に引き剥がした。そこにあったのは、血の気を失った私の顔だった。この家に来てから、兄は何度か私に「死んだような顔だ」と言ったことがある。けれど今、本当に「死んだような顔」になった私を前にして、兄の全身は小刻みに震えている。「死んだ?本当に、死んだのか……?」静まり返った廊下で、桃華が目に涙を浮かべ、すすり泣きながら進み出た。その場にしゃがみ込み、父と兄に縋るように手を伸ばす。そして、弱々しく、いかにも悲しげな声で言った。「パパ、ママ、お兄ちゃん……そんなに悲しまないで。お姉ちゃんがいなくなった分、これからは桃華が一生そばにいてあげるから。お姉ちゃん、家にいても、あんまり幸せそうじゃなかったから。だから今は……やっと楽になれたって思ってるのかもしれない」その言葉が落ちた瞬間、廊下の空気は凍りついた。誰も、すぐには動けなかった。やがて3人はゆっくりと顔を上げる。そして、まるで化け物でも見たかのように、桃華を見つめた。気を失いかけていた母は、父の腕にすがるようにして身を起こし、震える指で桃華を指さした。「桃華は……悲しくないの?あなたの姉なのよ。何も感じないの!?」桃華の目が泳ぎ、怯えたように一歩後ずさる。「ママ、私……」「お前か――!」次の瞬間、兄は跳ね起き、桃華の胸ぐらを掴んで壁に押しつけた。目を血走らせ、恐怖と自責の念を桃華にぶつけるように怒鳴った。「階段のことも、温室の農薬も、木箱の隙間も……全部、お前がわざとやったんだろ!今日の土砂崩れのときだって……お前、青葉が逃げたなんて嘘
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第9話

桃華は兄に胸ぐらを掴まれ、壁に押しつけられたまま必死にもがいていた。桃華の顔が、目に見えて強張っていく。兄にこんなふうに責め立てられるなんて、思ってもいなかったのだろう。「な、何を……言ってるの……」「何だと!?」父が立ち上がった。声が震えている。「今、何て言った?もう一度言ってみろ!」母は大樹に目を向けた。「大樹、知ってたの?全部……」母は壁に手をついたまま、運ばれていく私の遺体を見つめていた。涙が、止まることなく頬を伝っていく。家は、一番安全な場所のはずだった。何があっても守ると、そう言ってくれたはずだった。なのに、どうして私は――換気ダクトや温室、木箱なんかに、身を隠さなければならなかったのだろう。その意味を、母はようやく理解したのだろう。「青葉の言っていたこと……全部、本当だったのね……」母がゆっくりと桃華のほうを向く。唇をきつく噛みしめ、今にも桃華に飛びかかりそうな形相で手を振り上げた。けれど、その手が打ったのは桃華ではなかった。パンッ!パンッ!乾いた音が、二度響く。母は、自分の頬を思いきり打っていた。けれど、父が桃華の前に歩み寄り、彼女の頬を打った。「桃華!お前は……お前は、なんてことを……!青葉はお前の姉だぞ!私たちの娘だ!お前の嘘のせいで、あの子は……あの子は絶望の淵に追い込まれたんだ!」兄も桃華を睨みつける。血走った目のまま、彼女の肩を乱暴に掴んだ。「なぜだ?俺たちはお前に十分すぎるほどよくしてやったはずだろ!なのに、どうしてこんな真似をした!」桃華は床に倒れ込み、頬を押さえた。さっきまで怯えきっていたのに、3人に見下ろされた瞬間、桃華はふいに笑った。「ふ……ふふ……」ゆっくりと顔を上げる。血走った目。引きつった口元。その笑みは、ひどく歪んで見えた。「今さら、何言ってるの……?よくそんな顔で責められるわね、お兄ちゃん」兄を指さし、桃華は吐き捨てるように言った。「あんた、私がやったって分かってたくせに、何度も言い訳して庇ってきたじゃない!自分だって青葉を邪魔者みたいに扱って、追い出そうとしてたくせに!私が手を貸してあげたのに、今さらいい兄貴ぶるつもり?」兄の顔が引きつる。桃華は今度は父と母を振り返った。笑
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第10話

ふと気づけば、私は皮肉にも桃華を少しだけ見直していた。彼女は悪辣で、どこまでも割り切っていた。しかも、家族の誰よりも私のことをよく分かっていた。桃華の言葉を前にして、家族は誰ひとり言い返せなかった。母は壁に手をついたまま、崩れ落ちるようにストレッチャーへ近づく。震える指で私の髪をそっとかき分け、無惨に潰れた私の顔をのぞき込む。その瞬間、母の顔からすべての表情が静かに消えていった。「そう……全部、私のせいなのね……」父はその場にへたり込み、顔を覆って泣き崩れた。「どうして……もっと早く気づいてやれなかったんだ……青葉のことを、ちゃんと見ていれば……こんなことには……」兄の取り繕いも、そこでとうとう限界を迎えた。兄は逆上し、怒鳴りながら桃華に掴みかかった。桃華を床に突き倒すと、そのまま馬乗りになり、我を忘れたように何度も頬を張った。「全部お前のせいだ!この性悪女が!」「あんたにだけは言われたくないわね!あんたのしたことのほうが、私よりずっと気持ち悪い!」桃華も悲鳴まじりに怒鳴り返し、兄の腕を必死に払いのけた。二人は病院の廊下でもつれ合った。「もうやめなさい!」母の叫びに、その場の空気が凍りついた。兄も桃華も、ぴたりと動きを止めた。母はゆっくりと立ち上がった。その目は虚ろで、まるで昔の私みたいだった。「青葉の前で騒がないで」感情の色を失った声でそう言うと、母は出口の方を指し、桃華を見る。「桃華、出て行きなさい。今日限り、あなたはもう小林家の娘じゃない。私の娘は、青葉だけよ」「私を追い出すの?」その場にへたり込んだ桃華は、目を見開いたまま母を見上げた。「私は17年間、この家の娘として育てられてきたのよ!それを、たった一言でなかったことにするの?」桃華は父の足に取りすがり、引き裂かれるような声で泣き叫んだ。「パパ、何か言ってよ!昔は桃華を一番かわいがってくれたじゃない!お姉ちゃんの死は事故よ。私が殺したわけじゃない!お姉ちゃんがこうなったのは、あなたたちが放っておいたからでしょ!どうして今になって、全部私のせいにするのよ!?」パンッ!父は足元にすがりつく桃華を振りほどくと、その頬を平手で打った。桃華はその場に崩れ落ちた。父は何も言わなかった。17年間、娘
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