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存在感ゼロのまま死んだら、家族が狂い始めた

存在感ゼロのまま死んだら、家族が狂い始めた

By:  カーボン煎餅Completed
Language: Japanese
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私・小林青葉(こばやし あおば)は10回、生まれ変わった。けれど毎回、存在感が薄すぎるせいで、あっけなく死んだ。 だから今世は、もう足掻かない。どうせまた死ぬのなら、静かにその時を待てばいい。 5歳のとき、拉致された私は迷わず死んだふりをした。犯人は私が死んだと思い込み、病院の裏口に捨てて逃げた。 病院の職員と警察に見つかり、ストレッチャーに乗せられた私は、目を閉じたままぽつりと呟く。 「……早くして。もうこの人生は終わりでいいから」 17歳になって、ようやく実の両親が私を見つけ出した。名門・小林家へ連れ戻される道中、私は当然のように後部座席を拒み、トランクに収まった。 そんな私を見た母は、胸が張り裂けそうな声で泣いた。 「この子、きっと今までたくさんつらい思いをしてきたのね。どうしてそんな場所で平気で横になれるの……」 けれど私は、感情のこもらない声で答えた。 「大丈夫。どうせこの人生も、もうすぐ終わるから。ここは狭いし、死を待つにはちょうどいい」 それを聞いた父は怒りをあらわにした。 「馬鹿なことを言うな!小林家に戻った以上、もうお前は一人じゃない。何があっても、俺たちがお前を守る」 そうして小林家に戻った、その直後。 今まで小林家の娘として暮らしていた小林桃華(こばやし ももか)が、足を滑らせたふりをして私めがけて倒れ込んできた―― 私を、2階の階段から突き落とすために。

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Chapter 1

第1話

抵抗する気力もなく、私はそのまま目を閉じた。静かに死を待つつもりだった。

けれど。

鈍い音と短い悲鳴がして、次の瞬間、階段を転げ落ちていったのは私ではなく、桃華のほうだ。勢い余って、自分で足を踏み外したらしい。

おかげで私は、桃華の突き落としからあっさり逃れることになった。

私はそっと目を開け、小さく肩をすくめた。

残念。死ねなかった。

階下から、桃華の引き裂くような泣き声が響いてくる。

私はそれを無視して、静かに死ねそうな場所を探すことにした。

ぐるりと見回した先で、トイレの天井にある、半端に開いた換気ダクトが目に入る。

薄暗い。狭い。鉄板に囲まれている。

棺桶みたいで、落ち着く。

手際よく這い上がると、その中に身を収め、両手を腹の上で組んで目を閉じた。

ほどなくして、下の階から桃華の泣き声が聞こえてきた。

「お姉ちゃんが……本当の娘が戻ってきたんだから、私はもう邪魔なんだって……」

しゃくり上げる声に混じって、途切れ途切れの訴えが聞こえてくる。

「それで、階段から突き落とそうとしたの……」

その声に、下の階が一気に騒がしくなった。

両親と兄の小林大樹(こばやし たいき)が、怒りをあらわにしたまま2階へ駆け上がってきた。

家中の部屋を探し回り、最後に兄がトイレのドアを乱暴に開け放つ。

懐中電灯の光が天井をなぞり、換気ダクトの中で横たわる私を照らし出す。

一瞬、空気が凍りつく。

桃華の泣き声が、嘘みたいにぴたりと止んだ。

母の美由利(みゆり)が震える指で天井を指す。

「今……この子が、あなたを突き落としたって?」

桃華の顔色がさっと変わる。

けれど次の瞬間には、もう泣き顔を作り直していた。母にしがみつき、しゃくり上げる。

「ちがうの……私、お姉ちゃんに挨拶しようとしただけなの。

なのに避けられて、そのあと天井のほうから音がして……

びっくりして足を滑らせちゃって、その拍子に、お姉ちゃんに押されたんだって思い込んじゃったの……」

母の服を握りしめたまま、桃華は涙声で続ける。

「お姉ちゃん……私のこと嫌いなの?お化けの真似までして、私を追い出したいの?」

それを聞いた大樹は、ダクトの中の私をきつく睨みつけた。

「青葉!何を考えてる。なんでそんなところに潜り込んでるんだ!

桃華を怯えさせて、階段から落とすつもりだったのか!」

私は薄く目を開け、虚ろな目で彼らを見下ろす。

「あ、ごめん。ここで横になってただけなんだけど、そんなに驚くと思わなかった。

じゃあ、もう少し奥に入る。音も立てないから。これで平気?」

そう言って身じろぎすると、背中が鉄板に当たり、鈍い音が響いた。

その音で、父の正人(まさと)もさすがに堪忍袋の緒が切れたらしい。

いつの間にか手にしていたゴルフクラブを、ダクトに乱暴に叩きつけた。

「こら!桃華はこの17年、ずっと大事にされてきたんだ!

それをお前、帰ってきた途端に家の中をかき回して……何をするつもりだ!」

父は露骨な嫌悪を浮かべたまま、吐き捨てるように言った。

「家にベッドがないとでも思っているのか!さっさと出てこい!」

私は出なかった。

出たくても、どの部屋へ行けばいいのか分からない。

私のための部屋は、ひとつも用意されていなかったからだ。

結局、ボディーガードに無理やり引きずり出され、私は全身ほこりまみれのままリビングの床へ下ろされた。

母は桃華を抱き寄せたまま、ようやく私に視線を向ける。

「先に体を洗ってきなさい。部屋は……空いているところを使えばいいわ。

でも、もう二度と桃華を怖がらせるような真似はしないで」

そのあと父は使用人に命じて、屋敷中の換気口を塞がせた。私がまた潜り込めないようにするためだろう。

私はほこりまみれのまま、2階を一周した。

家にはたくさん部屋がある。

ピアノ室。書斎。アトリエ。ジム。衣装部屋。

けれど、そのどれもが、もう桃華のものだった。

廊下の突き当たりにある一番奥の物置でさえ、例外じゃなかった。

使用人は目を伏せ、申し訳なさそうに言った。

「申し訳ありません。あちらも昨日、桃華お嬢様のお部屋に決まってしまいまして……」

私は小さくうなずいた。

この家には、私が生きて過ごすための部屋はないらしい。なら、死ぬための場所を探すほうが早いかもしれない。

そう思って、裏庭の温室へ向かった。

隅には、土の入った長いプランターがいくつか並んでいる。

私はその中から、いちばん土の柔らかいものを選び、そっと横たわった。

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松坂 美枝
松坂 美枝
生まれ変わってもすぐ死ぬ主人公がようやく…?な話 来世に期待だな 十代にして人をここまで苦しめられる妹こそ次の生ではもっと反省した方がいい。 部屋すらないことに気づかない両親や兄も来世ではもっと早くまともになって欲しい
2026-10-26 09:16:02
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11 Chapters
第1話
抵抗する気力もなく、私はそのまま目を閉じた。静かに死を待つつもりだった。けれど。鈍い音と短い悲鳴がして、次の瞬間、階段を転げ落ちていったのは私ではなく、桃華のほうだ。勢い余って、自分で足を踏み外したらしい。おかげで私は、桃華の突き落としからあっさり逃れることになった。私はそっと目を開け、小さく肩をすくめた。残念。死ねなかった。階下から、桃華の引き裂くような泣き声が響いてくる。私はそれを無視して、静かに死ねそうな場所を探すことにした。ぐるりと見回した先で、トイレの天井にある、半端に開いた換気ダクトが目に入る。薄暗い。狭い。鉄板に囲まれている。棺桶みたいで、落ち着く。手際よく這い上がると、その中に身を収め、両手を腹の上で組んで目を閉じた。ほどなくして、下の階から桃華の泣き声が聞こえてきた。「お姉ちゃんが……本当の娘が戻ってきたんだから、私はもう邪魔なんだって……」しゃくり上げる声に混じって、途切れ途切れの訴えが聞こえてくる。「それで、階段から突き落とそうとしたの……」その声に、下の階が一気に騒がしくなった。両親と兄の小林大樹(こばやし たいき)が、怒りをあらわにしたまま2階へ駆け上がってきた。家中の部屋を探し回り、最後に兄がトイレのドアを乱暴に開け放つ。懐中電灯の光が天井をなぞり、換気ダクトの中で横たわる私を照らし出す。一瞬、空気が凍りつく。桃華の泣き声が、嘘みたいにぴたりと止んだ。母の美由利(みゆり)が震える指で天井を指す。「今……この子が、あなたを突き落としたって?」桃華の顔色がさっと変わる。けれど次の瞬間には、もう泣き顔を作り直していた。母にしがみつき、しゃくり上げる。「ちがうの……私、お姉ちゃんに挨拶しようとしただけなの。なのに避けられて、そのあと天井のほうから音がして……びっくりして足を滑らせちゃって、その拍子に、お姉ちゃんに押されたんだって思い込んじゃったの……」母の服を握りしめたまま、桃華は涙声で続ける。「お姉ちゃん……私のこと嫌いなの?お化けの真似までして、私を追い出したいの?」それを聞いた大樹は、ダクトの中の私をきつく睨みつけた。「青葉!何を考えてる。なんでそんなところに潜り込んでるんだ!桃華を怯えさせて、階段から落とすつ
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第2話
真夜中、温室のドアがそっと開いた。私はプランターの土に身を預けたまま、うとうとしていた。物音には気づいたけれど、わざわざ目を開ける気にはならなかった。やがて、鼻を刺すような薬品臭が漂い始める。誰かが温室の花を次々と踏みにじり、除草剤を温室中に無造作に撒き散らした。最後に、温室のドアに外からしっかりと鍵をかけた。むせ返るような臭いが、じわじわと温室の中を満たしていく。喉がひりつき、呼吸が少しずつ苦しくなってくる。10回も生まれ変わった私にとって、農薬で死ぬことなど、別に珍しくもない。私は少しだけ体勢を整えると、毒を含んだ空気を肺いっぱいに吸い込んだ。これなら、今度こそちゃんと死ねるはず。意識が遠のきかけた、そのとき。外から大きな音が響き、夜間の見回りをしていたボディーガードが、温室のガラスドアを蹴り開けた。冷たい夜気が一気に流れ込み、私は半ば乱暴に引きずり出される。ほどなくして、屋敷のあちこちで明かりがついた。両親と兄が、慌ただしい足音を立てて温室へ駆け込んでくる。母は無残に荒らされた温室を見て、胸を押さえた。「三年もかけて育てた蘭なのに……!」父は振り返るなり私の襟元を掴み、思い切り頬を打った。「青葉!母さんがやっと咲かせた蘭を、よくもめちゃくちゃにしてくれたな!」頬が焼けるように痛む。私は打たれた頬に手をやり、残念そうにため息をつくと、天井の隅を指さした。「私じゃない。そこに監視カメラがあるから、見ればわかる」その瞬間、桃華の顔がさっと青ざめた。けれど、スカートの裾をぎゅっと握りしめたまま、何も言わない。兄が冷笑を浮かべて歩み寄った。「いいだろう。見せてもらおうじゃないか。またあとで、お前に被害者面されても鬱陶しい」桃華が慌てて何か言おうとしたけれど、その前に執事が監視映像を再生した。映像には、桃華が辺りを見回し、蘭を踏みにじり、最後には正気を失ったみたいに除草剤を撒き散らしている姿が、はっきり映っている。もう言い逃れはできないだろう。桃華はその場に崩れ落ち、ぼろぼろと涙をこぼした。「ママ、わざとじゃないの……お姉ちゃんがプランターの中で寝てるのを見たら、小林家がコケにされたみたいで……私、ついカッとなっちゃって……」除草剤を撒かれた温室
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第3話
どれだけ経ったのか、木箱の中をかすかに流れ込んでいた空気が、とうとう止まった。外から、かすかな足音が聞こえる。そして最後に残っていた通気口の隙間まで、ガムテープでぴったり塞がれた。箱の中の温度が上がっていく。息をするたび、喉が焼けるように痛い。頭もぼんやりしてきた。意識が朦朧とする中、過去10回分の人生の記憶がよみがえった。炎の中で。深い海の底で。瓦礫の下で。私は何度も助けを求めた。でも、誰一人として、私のために立ち止まってはくれなかった。だから今回も、息が詰まりそうでも、指先ひとつ動かさなかった。声も出さなかった。ただ静かに、息ができなくなるが訪れるのを待っていた。これで、ろくでもない11回目の人生も、やっと終わる。――そう思ったのに。また目が覚めた。地獄はない。あるのは、鼻を刺す消毒液の匂いだけだ。父がベッドの前に立ち、青ざめた顔で私を怒鳴っている。「青葉!お前、頭がおかしいのか!救急車が家に来たんだぞ。近所にどう思われるか、わかってるのか!人死にでも出たら、小林家が実の娘を虐待してるって町中に知れ渡るんだぞ!」私は無表情のまま、天井を見つめる。兄は腕を組み、虫でも見るような目で私を見下ろしている。「だから言っただろ、父さん。こいつはわざとだって。丸1日箱に閉じ込められて、板も叩かない、助けも呼ばない。そんなやついるかよ。どうせまた、命懸けの芝居を打って、俺たちに気味の悪い思いをさせたいだけだろ」桃華はすかさず兄の袖をつかみ、目を真っ赤にして涙をぽろぽろこぼした。「お兄ちゃん、お姉ちゃんを怒らないで。悪いのは私なの。もっと早く見に行けばよかった……」しゃくりあげながら、悲しそうに顔を歪める。「でもお姉ちゃん、窒息しそうになっても、助けを呼ぼうともしなかったの。きっと私を恨んでいて、こんなやり方で仕返ししようとしたんだわ……」「何言ってるんだよ」兄はすぐに言い返した。「桃華、お前が気にすることじゃない。こんなの、あいつが勝手にやったことだ!」母はベッドのそばに腰を下ろし、私の青白い顔を見て、困ったようにため息をついた。そっと布団を整える手つきはやさしいのに、言葉はひとつひとつ胸に刺さる。「青葉、あなたは考えすぎなのよ。頑固すぎるの。
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第4話
退院して3日後、私たち家族はそろって別荘へ向かった。今回は、言われたとおり渋々後部座席に座った。ここ数日降り続いた雨で、山道はひどくぬかるんでいる。別荘に着くなり、両親と兄は真っ先に桃華のもとへ向かった。「桃華、この部屋はお前の好みに合わせて整えたんだ。どうだ、気に入ったか?」「足りないものがあれば、すぐ言いなさい。すぐに持ってこさせるから」桃華は父の腕に甘えるようにしがみつき、いかにも愛らしく微笑んだ。「パパとママが用意してくれたものなら、桃華、何でもうれしい」みんなの部屋が決まってから、母はようやく私にどの部屋がいいかと尋ねた。けれど、どうせ残っているのは山側のいちばん奥の部屋だけだ。聞く意味なんてない。部屋に入ると、私はいつもの癖で中を見回した。悪くない。ベッドの下は、身を潜めるには十分な広さがある。私は慣れた手つきでベッドの下に潜り込み、両手を腹の上で組んだ。夜明けを待つ。あるいは、死を待つ。真夜中、外から鈍い轟音が響いた。次の瞬間、地面が大きく揺れる。裏山が崩れ、土砂が一気に別荘へなだれ込む。山側に最も近い私の部屋が、真っ先に直撃を受ける。目を開けたときには、梁と岩がベッドの上に落ち、ベッドはほとんど押し潰されていた。残骸の隙間に、どうにか私の頭上だけわずかな空間が残っている。折れた木片がふくらはぎに深く食い込み、焼けつくような痛みが走った。息が詰まり、思わず歯を食いしばる。額には冷や汗がにじんだ。これまでの10回は、どれもあっさり終わった。どうやら今回は、死ぬまできっちり苦しめということらしい。「みんな無事か!」父の切羽詰まった声が、外から響いてくる。「俺が気づいて叩き起こさなかったら危なかったぞ。別荘が土砂を受け止めてくれなきゃ、逃げ場なんてなかった」懐中電灯の光が闇の中をせわしなく走る。瓦礫の隙間から差し込んだ細い光が、ちょうど私の顔をかすめた。私は黙って、そのやり取りを聞いていた。瓦礫の隙間越しに、外の様子がぼんやり見えた。「青葉は?青葉は出てきたの?」母は少し離れた庭石にもたれ、肩を震わせながら息を切らしている。そのそばで、桃華が兄の背に身を寄せ、青ざめた顔のまま、おびえたように口を開く。「さっき……お姉ちゃんが裏口
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第5話
大樹の表情が、ぴたりと固まった。「何を言ってるんだ?監視カメラが壊れてるに決まってる!」大樹は管理人を突き飛ばし、桃華を指さした。「桃華が見たんだ!あいつが逃げるのを、この目で!」管理人はごくりと唾をのみ込んだ。それでも、震える声で必死に訴えた。「大樹さん……この赤外線カメラは、そう簡単に故障なんかしません……」正人は桃華を振り返り、低い声で問い詰める。「桃華、本当に見たのか?」桃華はびくりと肩を震わせた。視線をさまよわせ、消え入りそうな声で答えた。「雨がひどくて……見間違えたのかも……」「見間違えるわけないだろ!」大樹が苛立ちを隠さず怒鳴った。「たとえ外に出てなかったとしても、どうせどこかに隠れてるだけだ!」「黙りなさい!」美由利の怒声が、大樹の言葉をかき消した。美由利は桃華を押しのけるように前へ出ると、正人に詰め寄った。「青葉の部屋はどこ?あの子はどの部屋にいたの!」正人は口を開いた。だが、何も言えなかった。顔から、みるみる血の気が引いていく。部屋割りを決めたとき、誰も青葉がどの部屋に入ったのか、気にも留めていなかったからだ。救助隊長は瓦礫のいちばん奥へ目を向けた。「着陸直前、あの奥から微弱な救難信号を受信しました!」その瞬間、美由利は瓦礫へ駆け寄った。「青葉!青葉っ!返事をして!」素手で瓦礫をかき分ける美由利に、大樹が駆け寄って腕をつかんだ。「母さん!やめろ!あいつがそんな簡単に死ぬわけないだろ!」大樹はなおも叫び続けた。「昔だって外で野宿して生き延びたんだ!どうせまた、どこかの死角に隠れてるだけだ!また俺たちを騙そうとしてるに決まって――」大樹の声が、そこで止まった。次の瞬間、クレーンの駆動音が場の空気を震わせた。巨大なコンクリートパネルが、ゆっくりと持ち上げられていく。救助隊員たちの強力なライトが、一斉にその下を照らし出した。大樹はごくりと喉を鳴らし、言葉を失った。瓦礫の奥深く。泥水と血が、どす黒く混ざり合っている。その中から、紙のように白い手が力なく突き出ていた。骨も肉も無残に潰れ、変形した指は、それでも白いボタンを握りしめていた。美由利はその場に崩れ落ちた。「いやああああっ!」悲鳴を上げ、そのまま泥の中
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第6話
大樹は担架の前へ飛び出す。青葉の肩をつかんで揺さぶろうとした瞬間、救助隊員が咄嗟にその腕を押さえた。「青葉、起きろ!目を開けろ!」大樹は叫び続けた。「また死んだふりなんだろ!?俺たちを騙そうとしてるだけなんだろ!?身体だってまだ温かいんだ!こんなことで死ぬわけない!起きろよ、青葉!」桃華も後ろで涙を拭いながら、泣き声まじりに声を上げた。「そうよ、お兄ちゃんの言う通りよ。お姉ちゃんが、こんなところで死ぬわけない!きっと前から隠れる場所を見つけてたのよ。また、こんなふうにして……私たちを怖がらせようとしてるだけよ。きっと、そうよ……」――パンッ!鋭い平手打ちの音が、桃華の言葉を断ち切った。美由利の手が打ったのは、桃華ではない。大樹の頬だ。美由利はよろめくように立ち上がり、血走った目で大樹を睨み据える。震える指で、青葉の血まみれの手を指さして叫ぶ。「この子は助けを求めてたのよ……!何度も、何度もそのボタンを押し続けてた!スマホだって鳴ってたでしょう!なのにあなたは、青葉はもう外に出てるって言い張った!仕返しだとか、底意地が悪いだとか……勝手に決めつけて、通知まで切った!そんなやつに付き合う必要はないって言ったのも、あなたじゃない!」大樹は打たれた頬を押さえることもできず、その場に立ち尽くした。「俺……」かすれた声が、震える唇からこぼれる。「俺、また……芝居だと思って……」一歩、後ずさる。これまで感じたことのない恐怖が、今になって胸の奥から込み上げてきた。「医者!早く医者を!」正人がようやく我に返り、震える声で叫んだ。待機していた医師が駆け寄り、青葉の首元に指を当てて脈を確かめ、呼吸と瞳孔の反応も素早く確認した。全員が固唾をのんで、その手元を見つめた。数秒後、医師が顔を上げ、切迫した声で叫ぶ。「脈がある!呼吸は浅いが、まだ続いている!すぐにヘリへ!急げ、まだ間に合う!」
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第7話
「まだ助かる!」医師のその一声で、美由利の全身から張り詰めていた力が一気に抜けた。荒い息をつきながらその場に膝をつき、担架の脇に崩れ落ちる。「助けて、お願い……早く、この子を助けて……!」青葉はすぐにヘリに運び込まれ、市内の総合病院へ搬送された。手術室の前には、息が詰まるような沈黙が落ちていた。「手術中」の赤いランプだけが、冷たく光っている。大樹は壁にもたれている。服に染み込んだ泥水も、まだ乾ききっていない。しばらく黙っていたが、やがて不機嫌そうに口を開く。「……母さんたち、ひどいよ。桃華があれだけ怖い思いをしたのに、誰も桃華のことなんか気にもかけない。一言も聞こうとしないで、みんなここに張りついたままだ」彼は手術室の扉を見やり、納得がいかないというように言葉を継いだ。「言っただろ。あいつがこんなんで死ぬわけないんだよ。あんな岩の下敷きになって、まだ息があるほうがおかしい。どこかに逃げ込める場所でも見つけて、隠れてるだけだ。また俺たちを振り回してるんだよ」美由利はゆっくりと振り返り、大樹の前まで歩み寄った。次の瞬間、乾いた音が廊下に響く。美由利の平手が、大樹の頬を打った。「黙りなさい!」掠れた声には、もう以前の穏やかさは欠片もなかった。「まだそんなことを言うの!?この子を、これ以上どれだけ苦しめれば気が済むの!」大樹は頬を押さえたまま、信じられないものを見るように目を見開いた。その様子を見て、桃華は目を赤くしたまま一歩前に出た。「お母さん、お兄ちゃんを叩かないで……お兄ちゃんの言う通りだよ……」両手の指をきつく組み合わせ、怯えた声で続けた。「あれだけの騒ぎだったんだから、お姉ちゃんが何もしないまま巻き込まれるわけないもん。小さい頃から外で暮らしてたんだから、危ないときにどこへ隠れればいいかくらい、ちゃんと分かってるはずよ。だからきっと、そんなにひどいけがなんてしてないよ。またみんなの気を引こうとしてるだけかもしれない……」美由利は何も言わなかった。ただ、桃華をじっと見つめている。17年間育ててきた娘に、あれほど冷えた眼差しを向けたのは、そのときが初めてだった。その目に射抜かれ、桃華の背筋に冷たいものが走った。思わず一歩後ずさる。「もういい、やめ
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第8話
私の魂は宙に浮かび、廊下で起こるすべてを見下ろしていた。白い布をかけられた私の遺体が、静かに霊安室へ運ばれていく。医師の言葉を聞いた瞬間、母の顔から血の気が引いた。そのまま膝から崩れ落ちる。父が慌てて抱きとめたものの、支えきれず、二人そろって倒れ込んだ。父は自分の両手を見つめた。次の瞬間、狂ったように何度も自分の頬を張る。「俺が……あのドアを叩くべきだった!どうして叩かなかったんだ!」兄もまた、糸が切れたようにその場へ崩れ落ちた。「ありえない……なんで死んだんだよ……」ふらつきながら立ち上がると、兄は運ばれていくストレッチャーを追い、私の顔にかけられていた白布を乱暴に引き剥がした。そこにあったのは、血の気を失った私の顔だった。この家に来てから、兄は何度か私に「死んだような顔だ」と言ったことがある。けれど今、本当に「死んだような顔」になった私を前にして、兄の全身は小刻みに震えている。「死んだ?本当に、死んだのか……?」静まり返った廊下で、桃華が目に涙を浮かべ、すすり泣きながら進み出た。その場にしゃがみ込み、父と兄に縋るように手を伸ばす。そして、弱々しく、いかにも悲しげな声で言った。「パパ、ママ、お兄ちゃん……そんなに悲しまないで。お姉ちゃんがいなくなった分、これからは桃華が一生そばにいてあげるから。お姉ちゃん、家にいても、あんまり幸せそうじゃなかったから。だから今は……やっと楽になれたって思ってるのかもしれない」その言葉が落ちた瞬間、廊下の空気は凍りついた。誰も、すぐには動けなかった。やがて3人はゆっくりと顔を上げる。そして、まるで化け物でも見たかのように、桃華を見つめた。気を失いかけていた母は、父の腕にすがるようにして身を起こし、震える指で桃華を指さした。「桃華は……悲しくないの?あなたの姉なのよ。何も感じないの!?」桃華の目が泳ぎ、怯えたように一歩後ずさる。「ママ、私……」「お前か――!」次の瞬間、兄は跳ね起き、桃華の胸ぐらを掴んで壁に押しつけた。目を血走らせ、恐怖と自責の念を桃華にぶつけるように怒鳴った。「階段のことも、温室の農薬も、木箱の隙間も……全部、お前がわざとやったんだろ!今日の土砂崩れのときだって……お前、青葉が逃げたなんて嘘
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第9話
桃華は兄に胸ぐらを掴まれ、壁に押しつけられたまま必死にもがいていた。桃華の顔が、目に見えて強張っていく。兄にこんなふうに責め立てられるなんて、思ってもいなかったのだろう。「な、何を……言ってるの……」「何だと!?」父が立ち上がった。声が震えている。「今、何て言った?もう一度言ってみろ!」母は大樹に目を向けた。「大樹、知ってたの?全部……」母は壁に手をついたまま、運ばれていく私の遺体を見つめていた。涙が、止まることなく頬を伝っていく。家は、一番安全な場所のはずだった。何があっても守ると、そう言ってくれたはずだった。なのに、どうして私は――換気ダクトや温室、木箱なんかに、身を隠さなければならなかったのだろう。その意味を、母はようやく理解したのだろう。「青葉の言っていたこと……全部、本当だったのね……」母がゆっくりと桃華のほうを向く。唇をきつく噛みしめ、今にも桃華に飛びかかりそうな形相で手を振り上げた。けれど、その手が打ったのは桃華ではなかった。パンッ!パンッ!乾いた音が、二度響く。母は、自分の頬を思いきり打っていた。けれど、父が桃華の前に歩み寄り、彼女の頬を打った。「桃華!お前は……お前は、なんてことを……!青葉はお前の姉だぞ!私たちの娘だ!お前の嘘のせいで、あの子は……あの子は絶望の淵に追い込まれたんだ!」兄も桃華を睨みつける。血走った目のまま、彼女の肩を乱暴に掴んだ。「なぜだ?俺たちはお前に十分すぎるほどよくしてやったはずだろ!なのに、どうしてこんな真似をした!」桃華は床に倒れ込み、頬を押さえた。さっきまで怯えきっていたのに、3人に見下ろされた瞬間、桃華はふいに笑った。「ふ……ふふ……」ゆっくりと顔を上げる。血走った目。引きつった口元。その笑みは、ひどく歪んで見えた。「今さら、何言ってるの……?よくそんな顔で責められるわね、お兄ちゃん」兄を指さし、桃華は吐き捨てるように言った。「あんた、私がやったって分かってたくせに、何度も言い訳して庇ってきたじゃない!自分だって青葉を邪魔者みたいに扱って、追い出そうとしてたくせに!私が手を貸してあげたのに、今さらいい兄貴ぶるつもり?」兄の顔が引きつる。桃華は今度は父と母を振り返った。笑
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第10話
ふと気づけば、私は皮肉にも桃華を少しだけ見直していた。彼女は悪辣で、どこまでも割り切っていた。しかも、家族の誰よりも私のことをよく分かっていた。桃華の言葉を前にして、家族は誰ひとり言い返せなかった。母は壁に手をついたまま、崩れ落ちるようにストレッチャーへ近づく。震える指で私の髪をそっとかき分け、無惨に潰れた私の顔をのぞき込む。その瞬間、母の顔からすべての表情が静かに消えていった。「そう……全部、私のせいなのね……」父はその場にへたり込み、顔を覆って泣き崩れた。「どうして……もっと早く気づいてやれなかったんだ……青葉のことを、ちゃんと見ていれば……こんなことには……」兄の取り繕いも、そこでとうとう限界を迎えた。兄は逆上し、怒鳴りながら桃華に掴みかかった。桃華を床に突き倒すと、そのまま馬乗りになり、我を忘れたように何度も頬を張った。「全部お前のせいだ!この性悪女が!」「あんたにだけは言われたくないわね!あんたのしたことのほうが、私よりずっと気持ち悪い!」桃華も悲鳴まじりに怒鳴り返し、兄の腕を必死に払いのけた。二人は病院の廊下でもつれ合った。「もうやめなさい!」母の叫びに、その場の空気が凍りついた。兄も桃華も、ぴたりと動きを止めた。母はゆっくりと立ち上がった。その目は虚ろで、まるで昔の私みたいだった。「青葉の前で騒がないで」感情の色を失った声でそう言うと、母は出口の方を指し、桃華を見る。「桃華、出て行きなさい。今日限り、あなたはもう小林家の娘じゃない。私の娘は、青葉だけよ」「私を追い出すの?」その場にへたり込んだ桃華は、目を見開いたまま母を見上げた。「私は17年間、この家の娘として育てられてきたのよ!それを、たった一言でなかったことにするの?」桃華は父の足に取りすがり、引き裂かれるような声で泣き叫んだ。「パパ、何か言ってよ!昔は桃華を一番かわいがってくれたじゃない!お姉ちゃんの死は事故よ。私が殺したわけじゃない!お姉ちゃんがこうなったのは、あなたたちが放っておいたからでしょ!どうして今になって、全部私のせいにするのよ!?」パンッ!父は足元にすがりつく桃華を振りほどくと、その頬を平手で打った。桃華はその場に崩れ落ちた。父は何も言わなかった。17年間、娘
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