LOGIN私・小林青葉(こばやし あおば)は10回、生まれ変わった。けれど毎回、存在感が薄すぎるせいで、あっけなく死んだ。 だから今世は、もう足掻かない。どうせまた死ぬのなら、静かにその時を待てばいい。 5歳のとき、拉致された私は迷わず死んだふりをした。犯人は私が死んだと思い込み、病院の裏口に捨てて逃げた。 病院の職員と警察に見つかり、ストレッチャーに乗せられた私は、目を閉じたままぽつりと呟く。 「……早くして。もうこの人生は終わりでいいから」 17歳になって、ようやく実の両親が私を見つけ出した。名門・小林家へ連れ戻される道中、私は当然のように後部座席を拒み、トランクに収まった。 そんな私を見た母は、胸が張り裂けそうな声で泣いた。 「この子、きっと今までたくさんつらい思いをしてきたのね。どうしてそんな場所で平気で横になれるの……」 けれど私は、感情のこもらない声で答えた。 「大丈夫。どうせこの人生も、もうすぐ終わるから。ここは狭いし、死を待つにはちょうどいい」 それを聞いた父は怒りをあらわにした。 「馬鹿なことを言うな!小林家に戻った以上、もうお前は一人じゃない。何があっても、俺たちがお前を守る」 そうして小林家に戻った、その直後。 今まで小林家の娘として暮らしていた小林桃華(こばやし ももか)が、足を滑らせたふりをして私めがけて倒れ込んできた―― 私を、2階の階段から突き落とすために。
View Moreその日から、母はどこかぼんやりするようになった。何をするにも、私の骨壺を手放そうとしない。眠るときは胸に抱き、食事のたびには骨壺の前に小さな膳を整える。ある夕暮れ、母は豚の角煮を一切れ、骨壺の前の小鉢にそっと置いた。「青葉、これは母さんが自分で作ったの。食べてみて。口に合うかどうか分からないけど」私は宙に浮いたまま、脂がつやつやと光る角煮を見つめ、小さく呟いた。「私は胃が弱いから、脂っこいものは食べられない」その言葉がこぼれた瞬間、母の肩がびくりと震えた。何かが聞こえたかのように、母は箸でその角煮をつまみ上げ、そっと皿に戻した。そして涙を流しながら、いちばんあっさりしたお浸しや煮びたしを、骨壺の前へ少しずつ並べ直していった。「そう、そうよね。脂っこいのはだめだったわね。母さんが入れ替えるから……」父は傍らに立ち、抜け殻のようになった妻を見て、苦しそうに目を伏せた。口を出す勇気も、出す資格も、もうなかった。数日後、母が風呂に入っている隙に、父はついに耐えきれず、人に頼んで骨壺を持ち出させた。そのまま墓地へ運び、菩提寺に頼み込んで、ひそかに納骨を済ませる。風呂から出た母は、骨壺がないことに気づいた。次の瞬間、母は狂ったように家中を探し回り、部屋という部屋を滅茶苦茶にした。やがて台所に立ち尽くし、包丁を握ったまま父を振り返る。「青葉をどこへやったの」泣き叫ぶでもなく、底の抜けたような声だった。そのひと言で、小林家は地獄になった。そこへ、家を追い出された兄の大樹が戻ってきた。無精髭を生やし、目の下には濃い隈が浮かんでいる。「母さん、もうやめてくれ……」兄は床に膝をつき、嗚咽をこらえきれないまま言った。「青葉はもういないんだ……あいつはこの家にいたのに、俺たちは誰もちゃんと見ようとしなかった。気にかけてもやらなかった。俺たちは……まともな服ひとつ、買ってやったこともない」彼は震える手で顔を覆い、途切れ途切れに続ける。「この数日、俺は青葉の真似をして、押し入れや木箱みたいな狭い場所に体を押し込んでみた……あいつは、ああいうふうに囲まれていないと、落ち着けなかったんだと思う。俺たちは……青葉がここにいてもいいと思える場所を、ひとつも与えてやれなかった」その言葉を
ふと気づけば、私は皮肉にも桃華を少しだけ見直していた。彼女は悪辣で、どこまでも割り切っていた。しかも、家族の誰よりも私のことをよく分かっていた。桃華の言葉を前にして、家族は誰ひとり言い返せなかった。母は壁に手をついたまま、崩れ落ちるようにストレッチャーへ近づく。震える指で私の髪をそっとかき分け、無惨に潰れた私の顔をのぞき込む。その瞬間、母の顔からすべての表情が静かに消えていった。「そう……全部、私のせいなのね……」父はその場にへたり込み、顔を覆って泣き崩れた。「どうして……もっと早く気づいてやれなかったんだ……青葉のことを、ちゃんと見ていれば……こんなことには……」兄の取り繕いも、そこでとうとう限界を迎えた。兄は逆上し、怒鳴りながら桃華に掴みかかった。桃華を床に突き倒すと、そのまま馬乗りになり、我を忘れたように何度も頬を張った。「全部お前のせいだ!この性悪女が!」「あんたにだけは言われたくないわね!あんたのしたことのほうが、私よりずっと気持ち悪い!」桃華も悲鳴まじりに怒鳴り返し、兄の腕を必死に払いのけた。二人は病院の廊下でもつれ合った。「もうやめなさい!」母の叫びに、その場の空気が凍りついた。兄も桃華も、ぴたりと動きを止めた。母はゆっくりと立ち上がった。その目は虚ろで、まるで昔の私みたいだった。「青葉の前で騒がないで」感情の色を失った声でそう言うと、母は出口の方を指し、桃華を見る。「桃華、出て行きなさい。今日限り、あなたはもう小林家の娘じゃない。私の娘は、青葉だけよ」「私を追い出すの?」その場にへたり込んだ桃華は、目を見開いたまま母を見上げた。「私は17年間、この家の娘として育てられてきたのよ!それを、たった一言でなかったことにするの?」桃華は父の足に取りすがり、引き裂かれるような声で泣き叫んだ。「パパ、何か言ってよ!昔は桃華を一番かわいがってくれたじゃない!お姉ちゃんの死は事故よ。私が殺したわけじゃない!お姉ちゃんがこうなったのは、あなたたちが放っておいたからでしょ!どうして今になって、全部私のせいにするのよ!?」パンッ!父は足元にすがりつく桃華を振りほどくと、その頬を平手で打った。桃華はその場に崩れ落ちた。父は何も言わなかった。17年間、娘
桃華は兄に胸ぐらを掴まれ、壁に押しつけられたまま必死にもがいていた。桃華の顔が、目に見えて強張っていく。兄にこんなふうに責め立てられるなんて、思ってもいなかったのだろう。「な、何を……言ってるの……」「何だと!?」父が立ち上がった。声が震えている。「今、何て言った?もう一度言ってみろ!」母は大樹に目を向けた。「大樹、知ってたの?全部……」母は壁に手をついたまま、運ばれていく私の遺体を見つめていた。涙が、止まることなく頬を伝っていく。家は、一番安全な場所のはずだった。何があっても守ると、そう言ってくれたはずだった。なのに、どうして私は――換気ダクトや温室、木箱なんかに、身を隠さなければならなかったのだろう。その意味を、母はようやく理解したのだろう。「青葉の言っていたこと……全部、本当だったのね……」母がゆっくりと桃華のほうを向く。唇をきつく噛みしめ、今にも桃華に飛びかかりそうな形相で手を振り上げた。けれど、その手が打ったのは桃華ではなかった。パンッ!パンッ!乾いた音が、二度響く。母は、自分の頬を思いきり打っていた。けれど、父が桃華の前に歩み寄り、彼女の頬を打った。「桃華!お前は……お前は、なんてことを……!青葉はお前の姉だぞ!私たちの娘だ!お前の嘘のせいで、あの子は……あの子は絶望の淵に追い込まれたんだ!」兄も桃華を睨みつける。血走った目のまま、彼女の肩を乱暴に掴んだ。「なぜだ?俺たちはお前に十分すぎるほどよくしてやったはずだろ!なのに、どうしてこんな真似をした!」桃華は床に倒れ込み、頬を押さえた。さっきまで怯えきっていたのに、3人に見下ろされた瞬間、桃華はふいに笑った。「ふ……ふふ……」ゆっくりと顔を上げる。血走った目。引きつった口元。その笑みは、ひどく歪んで見えた。「今さら、何言ってるの……?よくそんな顔で責められるわね、お兄ちゃん」兄を指さし、桃華は吐き捨てるように言った。「あんた、私がやったって分かってたくせに、何度も言い訳して庇ってきたじゃない!自分だって青葉を邪魔者みたいに扱って、追い出そうとしてたくせに!私が手を貸してあげたのに、今さらいい兄貴ぶるつもり?」兄の顔が引きつる。桃華は今度は父と母を振り返った。笑
私の魂は宙に浮かび、廊下で起こるすべてを見下ろしていた。白い布をかけられた私の遺体が、静かに霊安室へ運ばれていく。医師の言葉を聞いた瞬間、母の顔から血の気が引いた。そのまま膝から崩れ落ちる。父が慌てて抱きとめたものの、支えきれず、二人そろって倒れ込んだ。父は自分の両手を見つめた。次の瞬間、狂ったように何度も自分の頬を張る。「俺が……あのドアを叩くべきだった!どうして叩かなかったんだ!」兄もまた、糸が切れたようにその場へ崩れ落ちた。「ありえない……なんで死んだんだよ……」ふらつきながら立ち上がると、兄は運ばれていくストレッチャーを追い、私の顔にかけられていた白布を乱暴に引き剥がした。そこにあったのは、血の気を失った私の顔だった。この家に来てから、兄は何度か私に「死んだような顔だ」と言ったことがある。けれど今、本当に「死んだような顔」になった私を前にして、兄の全身は小刻みに震えている。「死んだ?本当に、死んだのか……?」静まり返った廊下で、桃華が目に涙を浮かべ、すすり泣きながら進み出た。その場にしゃがみ込み、父と兄に縋るように手を伸ばす。そして、弱々しく、いかにも悲しげな声で言った。「パパ、ママ、お兄ちゃん……そんなに悲しまないで。お姉ちゃんがいなくなった分、これからは桃華が一生そばにいてあげるから。お姉ちゃん、家にいても、あんまり幸せそうじゃなかったから。だから今は……やっと楽になれたって思ってるのかもしれない」その言葉が落ちた瞬間、廊下の空気は凍りついた。誰も、すぐには動けなかった。やがて3人はゆっくりと顔を上げる。そして、まるで化け物でも見たかのように、桃華を見つめた。気を失いかけていた母は、父の腕にすがるようにして身を起こし、震える指で桃華を指さした。「桃華は……悲しくないの?あなたの姉なのよ。何も感じないの!?」桃華の目が泳ぎ、怯えたように一歩後ずさる。「ママ、私……」「お前か――!」次の瞬間、兄は跳ね起き、桃華の胸ぐらを掴んで壁に押しつけた。目を血走らせ、恐怖と自責の念を桃華にぶつけるように怒鳴った。「階段のことも、温室の農薬も、木箱の隙間も……全部、お前がわざとやったんだろ!今日の土砂崩れのときだって……お前、青葉が逃げたなんて嘘
reviews