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存在感ゼロのまま死んだら、家族が狂い始めた
存在感ゼロのまま死んだら、家族が狂い始めた
Author: カーボン煎餅

第1話

Author: カーボン煎餅
抵抗する気力もなく、私はそのまま目を閉じた。静かに死を待つつもりだった。

けれど。

鈍い音と短い悲鳴がして、次の瞬間、階段を転げ落ちていったのは私ではなく、桃華のほうだ。勢い余って、自分で足を踏み外したらしい。

おかげで私は、桃華の突き落としからあっさり逃れることになった。

私はそっと目を開け、小さく肩をすくめた。

残念。死ねなかった。

階下から、桃華の引き裂くような泣き声が響いてくる。

私はそれを無視して、静かに死ねそうな場所を探すことにした。

ぐるりと見回した先で、トイレの天井にある、半端に開いた換気ダクトが目に入る。

薄暗い。狭い。鉄板に囲まれている。

棺桶みたいで、落ち着く。

手際よく這い上がると、その中に身を収め、両手を腹の上で組んで目を閉じた。

ほどなくして、下の階から桃華の泣き声が聞こえてきた。

「お姉ちゃんが……本当の娘が戻ってきたんだから、私はもう邪魔なんだって……」

しゃくり上げる声に混じって、途切れ途切れの訴えが聞こえてくる。

「それで、階段から突き落とそうとしたの……」

その声に、下の階が一気に騒がしくなった。

両親と兄の小林大樹(こばやし たいき)が、怒りをあらわにしたまま2階へ駆け上がってきた。

家中の部屋を探し回り、最後に兄がトイレのドアを乱暴に開け放つ。

懐中電灯の光が天井をなぞり、換気ダクトの中で横たわる私を照らし出す。

一瞬、空気が凍りつく。

桃華の泣き声が、嘘みたいにぴたりと止んだ。

母の美由利(みゆり)が震える指で天井を指す。

「今……この子が、あなたを突き落としたって?」

桃華の顔色がさっと変わる。

けれど次の瞬間には、もう泣き顔を作り直していた。母にしがみつき、しゃくり上げる。

「ちがうの……私、お姉ちゃんに挨拶しようとしただけなの。

なのに避けられて、そのあと天井のほうから音がして……

びっくりして足を滑らせちゃって、その拍子に、お姉ちゃんに押されたんだって思い込んじゃったの……」

母の服を握りしめたまま、桃華は涙声で続ける。

「お姉ちゃん……私のこと嫌いなの?お化けの真似までして、私を追い出したいの?」

それを聞いた大樹は、ダクトの中の私をきつく睨みつけた。

「青葉!何を考えてる。なんでそんなところに潜り込んでるんだ!

桃華を怯えさせて、階段から落とすつもりだったのか!」

私は薄く目を開け、虚ろな目で彼らを見下ろす。

「あ、ごめん。ここで横になってただけなんだけど、そんなに驚くと思わなかった。

じゃあ、もう少し奥に入る。音も立てないから。これで平気?」

そう言って身じろぎすると、背中が鉄板に当たり、鈍い音が響いた。

その音で、父の正人(まさと)もさすがに堪忍袋の緒が切れたらしい。

いつの間にか手にしていたゴルフクラブを、ダクトに乱暴に叩きつけた。

「こら!桃華はこの17年、ずっと大事にされてきたんだ!

それをお前、帰ってきた途端に家の中をかき回して……何をするつもりだ!」

父は露骨な嫌悪を浮かべたまま、吐き捨てるように言った。

「家にベッドがないとでも思っているのか!さっさと出てこい!」

私は出なかった。

出たくても、どの部屋へ行けばいいのか分からない。

私のための部屋は、ひとつも用意されていなかったからだ。

結局、ボディーガードに無理やり引きずり出され、私は全身ほこりまみれのままリビングの床へ下ろされた。

母は桃華を抱き寄せたまま、ようやく私に視線を向ける。

「先に体を洗ってきなさい。部屋は……空いているところを使えばいいわ。

でも、もう二度と桃華を怖がらせるような真似はしないで」

そのあと父は使用人に命じて、屋敷中の換気口を塞がせた。私がまた潜り込めないようにするためだろう。

私はほこりまみれのまま、2階を一周した。

家にはたくさん部屋がある。

ピアノ室。書斎。アトリエ。ジム。衣装部屋。

けれど、そのどれもが、もう桃華のものだった。

廊下の突き当たりにある一番奥の物置でさえ、例外じゃなかった。

使用人は目を伏せ、申し訳なさそうに言った。

「申し訳ありません。あちらも昨日、桃華お嬢様のお部屋に決まってしまいまして……」

私は小さくうなずいた。

この家には、私が生きて過ごすための部屋はないらしい。なら、死ぬための場所を探すほうが早いかもしれない。

そう思って、裏庭の温室へ向かった。

隅には、土の入った長いプランターがいくつか並んでいる。

私はその中から、いちばん土の柔らかいものを選び、そっと横たわった。

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