アヒルも数えられない僕は、愛されもしなかった両親と一緒にヨットで遊びに出かけたときのことだった。甲板の上で、お父さんの木村陽斗(きむら はると)がふいに僕に聞いた。
「橋の下のあひるさんは、何羽いるのかな?」
僕が口を開いて、童謡の続きを歌おうとした瞬間、お父さんは僕を蹴り飛ばして海に落とした。
「こんな簡単な歌でもすぐ答えられないのか?お前、本当に頭ついてるのか!」
冷たい海水が肺の中まで流れ込み、僕は必死に声を絞り出した。
「お父さん、僕、泳げないんだ。助けて……」
けれどお母さんの木村千夏(きむら ちなつ)は、そのままヨットを出すように命じた。
「泳げないなら、そのまま水の中でもう少し浸かってなさい。極限状態になれば才能が開くものよ。案外、誰にも教わらなくても泳げるようになるかもしれないわ」
僕は必死に両腕を振った。けれど恐怖で右足がつってしまった。
そして最後には、遠ざかっていくヨットをただ見ていることしかできなかった。
僕の魂はふわりと宙に浮かび、ようやくお父さんとお母さんのヨットに追いついた。
橋の下にアヒルが何羽いるのか、もうわかったんだって、二人に伝えたかった。
でも、もう僕の声は二度と届かなかった。