帰る日はなく「宝来さん、あの婚約は、まだ有効ですか?」
温品南緒(ぬくしな なお)の口から婚約の話が出た瞬間、電話の向こうの男はわずかに驚きを見せた。
「もちろんだ。あの婚約は永遠に有効だ。ただ、こっちでまだ片付けなきゃならないことがある。半月後に京栄市まで迎えに行ってもいいか?それとも京栄市に留まりたいなら、そっちで一緒に暮らせるよう手配しようか……」
南緒は顎を伝った雨粒をぬぐい、静かに言った。
「大丈夫。私も、そろそろ新しい環境に移りたいと思ってますから」
電話を切ると、鏡に映る濡れた服と髪を整え、振り返って個室へ向かった。