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文学作品を読んでいると、この二つの感情の使い分けがよくわかる瞬間がある。たとえば『ノルウェイの森』で、主人公が直子に抱く感情は「焦がれ」に近い。すでに失われつつあるものへの執着がにじむ。対照的に、『海賊王と呼ばれた男』で出川が目指す理想像は「憧れ」の典型だ。
違いを一言で言えば、焦がれは「戻りたい」、憧れは「進みたい」という方向性の差。どちらも人間の深い感情を表すのに、これほどまでに表情が異なるのは興味深い。
この二つの言葉を比べると、感情のベクトルが真逆だということに気づく。憧れは上向きの視線で、自分より高いところにあるものを見上げる感覚。『鬼滅の刃』の炭治郎が冨岡義勇に対して抱く感情が典型例だ。反対に、焦がれは横や下に向かう。例えば『天気の子』の帆高が陽菜を探し続ける描写は、同じ空間にいない者への焦がれそのもの。
面白いのは、憧れは比較的冷静な観察から生まれるのに対して、焦がれはもっと本能に近いところから湧き上がってくること。憧れには尊敬の念が宿るが、焦がれには必ずしもそれが必要ない。ただ「そこにいたい」「触れたい」という衝動が先立つんだ。
「焦がれる」と「憧れる」はどちらも強い感情を表す言葉だけど、ニュアンスがかなり違うよね。
『焦がれる』は、手が届かないものや失ったものに対して抱く、切ないほどの想いを表現するときに使われる。例えば、『君の名は。』で瀧と三葉が互いを探し続ける感情は、まさに「焦がれる」に近い。過去の記憶や遠い存在に対する、どこか苦しいほどの執着が含まれる。
一方で『憧れる』は、明るい未来像や理想像に向けたポジティブな感情だ。『スラムダンク』の桜木花道が流川を「打倒すべき目標」として見る時、彼の感情は憧れに近い。自分もああなりたい、という前向きなエネルギーを感じさせる言葉だ。
つまり、焦がれるは喪失感を含み、憧れるは希望を含む――そんな違いが浮かび上がってくる。