『擁護』の英語表現を考える時、まず頭に浮かぶのは『championing』という動詞。スポーツのチャンピオンイメージから派生したこの言葉は、日本語より強い勝利のニュアンスを含みます。『She champions environmental causes』と言えば、単なる支持者ではなく先頭に立つ活動家のような印象。
翻訳ソフトは『擁護』を『advocacy』と訳しますが、実際の英語圏コミュニティでは『backing』『pleading』『upholding』など微妙に異なる単語が使い分けられます。『バターミルク卿物語』の騎士道精神擁護と、『文豪ストレイドッグス』の武装探偵社擁護を比較すると、後者には『standing up for』という身近な表現がしっくりくる。
最大の違いは、英語が行為者の立場を明確に示す傾向にあること。『I stand by my friend』と言えば個人間の擁護、『corporate sponsorship』は組織的な支援を指します。日本語の曖昧さが逆に幅広い解釈を可能にしている面もあり、翻訳文学を読む際にこの差異を意識すると新しい発見があります。
日本語の「虚」を英語に訳す時、一番近いのはおそらく『emptiness』かな。でも、これだけでは全然足りないんだよね。『虚』って漢字には「からっぽ」という物理的な意味だけでなく、「むなしい」「意味がない」といった精神的なニュアンスも含まれる。
英語の『void』もよく使われるけど、これだと宇宙的な広がりを連想させてしまう。『vanity』だと「虚栄心」に偏りすぎるし、『futility』は「無益さ」に焦点が当たりすぎている。『The Great Gatsby』の終盤で語られる「虚しさ」は『hollowness』と表現されてるけど、これも文化背景によって受け取り方が変わる。
面白いのは、日本語の「虚」には仏教的な「空」の概念も少し含まれていること。英語圏の人がこのニュアンスを完全に理解するのは難しいかも。翻訳って本当に深いなって思う。