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私を傷つける言葉が、実は聞こえている
私を傷つける言葉が、実は聞こえている
作者: 川端まこと

第1話

作者: 川端まこと
私は三枝紗季(さえぐさ さき)。

軽い聴覚障害があり、右耳が少し聞き取りにくい。

幼いころから、幼なじみの白川有博(しらかわ ありひろ)は、決まって私の右側に立とうとした。

「そうすれば、誰かがお前の悪口を言っても、俺のほうが先に聞けるだろ」

有博は、いつもそう言っていた。

やがて私たちは婚約し、結婚式の招待状も、もう出来上がっていた。

周囲の誰もが、私は幸せ者だと言った。

十年以上もそばで私を守ってくれた幼なじみと結婚するのだから、と。

それも、本間日菜(ほんま ひな)が有博の会社に転職してくるまでの話だった。

日菜は美人で、ぱっと目を引く人だった。

話すときはいつも、声に笑みを含ませていた。

初めて私に会った日、日菜は私の補聴器をじっと見つめたあと、笑顔のまま有博に尋ねた。

「夜、彼女に甘い言葉を囁いたって、その耳でちゃんと聞こえるの?」

私は血の気が引いた。

けれど有博は日菜を責めることもなく、わずかに眉を寄せただけだった。

「彼女の言葉に悪気はないんだ。気にするな」

結婚式のリハーサルの日。

私は扉の外に立っていた。

中からは、日菜が笑いながら、私の誓いの言葉をふざけて読み上げる声が聞こえてきた。

「有博、私はあなたの耳になります。杖になります。……一生、あなたのお荷物になります」

部屋中がどっと笑い、有博も一緒になって笑っていた。

「勝手に変えるなよ。紗季が聞いたら、また傷つくだろ」

日菜が尋ねた。

「それでも結婚するの?」

有博はわずかに間を置いた。

「招待状ももう出したんだ。今さら結婚をやめられるわけないだろ」

私は廊下の突き当たりに立っていた。

手にしていた有博からもらった傘は、まだぽたぽたと雫を落としていた。

雨がまだ降っているのに、私は中へ入る気になれなかった。

……

中から有博が出てきたとき、私はうつむいて手についた水を拭っていた。

私に気づいた有博は、一瞬足を止めた。

「いつ来たんだ」

私は顔を上げて、有博を見た。

「今来たところ」

日菜は有博の後ろから出てきて、何もなかったように笑った。

「紗季さん、さっきのはただの冗談ですよ。まさか聞こえてます?」

そう言いながら、日菜はわざと私の右側に立った。ちょうど、私が聞き取りにくい位置だった。

有博は眉をひそめ、日菜に目を向けた。

「やめろよ」

日菜はぺろりと舌を出した。

「はあい、もうやめます。紗季さんは耳が悪いんですもんね。これからはちゃんと左側から話しかけます」

気遣っているかのような口ぶりだった。

けれど、周りにいた友人たちは笑った。

私は有博を見た。

以前なら、誰かが私の耳をからかっただけで、有博はすぐに相手をたしなめてくれた。

右耳が聞こえづらいのは、紗季のせいじゃない。そんなことで人を笑うほうが恥ずかしいんだ。

有博がいつもそう言っていた。

なのに今の有博は、日菜の手から一枚の紙を抜き取ると、何でもないことのように私へ差し出した。誓いの言葉の原稿だった。

「深く考えるな。日菜は言い方がきついだけだ」

私はその紙を受け取った。

紙にはあちこち線が引かれ、私の書いた言葉が乱雑に書き換えられていた。

もともと私が書いたのは、「十年以上、私の右耳でいてくれてありがとう」という一文だった。

それを日菜が、「十年以上、私というお荷物を我慢してくれてありがとう」に書き換えていた。

その一文を指でなぞると、指先についていた雨水が紙に少し滲んだ。

それを見た有博が、紙を取ろうと手を伸ばした。

「新しいのを用意させる」

私は身を引いた。

「もういい」

有博の手が宙で止まった。

「紗季」

私を呼ぶ有博の声には、はっきりと不機嫌さが混じっていた。

そばで日菜が小さく咳払いをした。

「有博、そんなに怖い顔しないでください。紗季さん、きっと私に主役を取られた気がしてるだけですから」

有博は疲れたように眉間を押さえた。

「だって、そうでしょ?」

日菜は笑ったまま、私を見た。

「今日のリハーサル、みんな私のほうばかり見てましたし。紗季さんが面白くないと思うのも無理ないですよね」

そばにいた誰かが、その場を取りなした。

「まあまあ、式の前なんだから。少し気が立ってるだけだよ。

紗季さんも怒らないで。白川くんが今までどれだけあなたを大事にしてきたか、みんな知ってるんだから」

その言葉でようやく思い出したように、有博は私のところへ来て、手を取った。

「もう帰るぞ。送っていく。外、雨が強いから」

有博の手のひらは、相変わらず温かかった。

けれど私は、さっき有博が言った言葉を思い出していた。

「招待状ももう出したんだ。今さら結婚をやめられるわけないだろ」

有博が私と結婚するのは、私と結婚したいからではない。

ただ、もう引き返せなくなったからだ。

私はそっと手をほどいた。

「大丈夫。一人で帰る」

有博は行き場をなくした手を見下ろし、表情を険しくした。

「今度は何だよ」

その言い方に、胸の奥がすっと冷えた。

日菜が一歩前に出て、急にしおらしい声を出した。

「紗季さん、私、本当にわざとじゃないんです。すみませんでした」

そう言って日菜が腰を折ろうとしたところで、有博がとっさに支えた。

日菜はそのまま有博の腕に寄りかかり、私にだけわかるように、勝ち誇ったように笑った。

「ほら。有博って、やっぱり私のこと放っておけないんです」

入口付近にいた人たちが、一瞬しんとした。

有博はすぐに日菜から手を離し、気まずそうに目をそらした。

「今のは日菜がふざけて言っただけだ。変な意味じゃない」

私は黙ってうなずいた。

有博は、私がまだ何か言うと思っているようだった。

けれど私は何も言わず、その紙をきれいに折ってバッグにしまった。

「先に帰る」

有博が手を伸ばし、私を引き止めた。

「式まであと3日だぞ。リハーサルはどうするんだ」

私は有博の手首にある時計を見た。去年の誕生日に、私が贈ったものだ。

ベルトの内側には、「これからもずっと一緒」という短い言葉が刻んである。

そのとき有博は、「重すぎるだろ」と笑っていた。

それでも、毎日身につけてくれていた。

今はその手が私の前をふさぎ、手首の時計まで枷のように見えた。

私は静かに言った。

「有博、少し疲れた」

有博はさらに眉をしかめた。

「疲れたなら帰って寝ろ。こんなときに面倒を増やすな」

日菜が有博の後ろから顔をのぞかせた。

「紗季さん、式の前って段取りが多いですもんね。体調が悪いなら、私が代わりにリハーサルに出てもいいですよ。さっきの誓いの言葉も、けっこううまく読めましたし」

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