緑の小さな生き物たちを見ると、すぐに思い浮かぶのがオリマーと彼の“責任”に関する論点だ。俺はオリマーの行為とそれに伴う倫理的な含意に注目している。
『Pikmin 2』や『Pikmin 3』を踏まえたファン理論のひとつは、オリマーがピクミンを単なる道具以上に認識しているのか否か、というものだ。ゲームプレイ的にはピクミンは指示で動く存在だが、ストーリーの断片や反応アニメーションを読むと、感情的な結びつきや悲哀が感じられる場面もある。これを受けて「彼はピクミンを守る親のような立場なのか、それとも利害に基づいて扱っているのか」という二択的な読みが生まれる。俺は後者だけで片付けられない複雑さがあると思っていて、その曖昧さが議論を面白くしている。
別の観点では、オリマーの知識レベルや技術力も話題になる。航行可能な
宇宙船を持ちながらも現地での迅速な対応が必要になる点から、「彼は科学者タイプか、それとも実務家タイプか?」という解釈が分かれる。これが物語の解釈を左右して、例えば彼が意図的にピクミンと接触したのか、事故の産物として協力関係ができたのかで見え方が変わる。
個人的に結論めいたことは言わないが、こうした対立する理論を読み比べるのが楽しい。オリマーはシンプルに見えて、読み出すと深みが出るキャラで、だからこそコミュニティで語り合う価値があると思っている。