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『プラダを着た悪魔』のニューヨーク・ファッション界隈の描写は、現代的なハイソサエティの縮図のよう。ミランダ・プリーストのような冷酷な編集長の存在は、業界の冷酷さを象徴しています。
アン・ハサウェイ演じるアンドレアの成長物語として見ることもできますが、背景にある高級アパートメントやレストランのディテールが実に精巧。服飾デザイナーたちの派手な生活ぶりと、それを支えるアシスタントたちの過酷な労働環境の対比が考えさせられます。
特に印象的なのは、一流誌のオフィスという閉鎖空間で繰り広げられる権力ゲーム。ハイソサエティの裏側にある熾烈な競争をユーモアを交えつつ描き出しています。
『サタデー・ナイト・フィーバー』のディスコシーンは1970年代のブルックリン富裕層カルチャーを鮮烈に切り取りました。ジョン・トラボルタの白いスーツ姿は当時のトレンドセッターとしての地位を象徴。
ダンスフロアでの階級間の緊張関係や、イタリア系コミュニティの価値観の変化を、派手なネオンライトと共に描き出す手法が秀逸。表面的には陽気なナイトライフを題材にしながら、移民社会の上昇志向や挫折を深層心理レベルで表現しています。
『グレート・ギャツビー』の華やかで退廃的な世界観は、ハイソサエティを描く傑作として常に挙がりますね。レオナルド・ディカプリオ演じるギャツビーの豪邸でのパーティーシーンは、虚栄と空虚が交錯する様を圧倒的な映像美で表現しています。
一方で、『ティファニーで朝食を』のホリー・ゴライトリーは、上流社会にあこがれながらも自由を求める複雑な女性像が印象的。オードリー・ヘプバーンの演技と共に、表面的な優雅さの裏側にある孤独を浮き彫りにしています。
こういった作品を見ると、豪華な装飾やファッションだけでなく、人間関係の葛藤や階級社会の矛盾にも焦点が当てられている点が興味深いです。
最近観た中では『クラッシュ』の描写が強烈に記憶に残っています。ロサンゼルスの富裕層エリアを舞台にしながら、人種や階級の衝突を多層的に描く手法は秀逸。ダイナミックなカメラワークと共に、豪邸に住む検事夫妻の偽善や、メキシコ人家政婦の苦悩が交差します。
ハイソサエティを単なる羨望の対象としてではなく、そこに潜む偽装と緊張関係を暴き出す点がこの映画の真骨頂。宝石のように輝く生活の裏側にある亀裂を、あえて誇張せずに淡々と提示する手法が逆に迫力があります。