肩の力が抜ける主人公を読みたい気分だったので、まずは柔らかい筆致の作品を勧めたい。
おすすめは『舟を編む』だ。辞書編集という地味で細やかな仕事を通して、主人公の内面が少しずつ開いていく様子がとても
愛おしい。業務のルーティンや職場の人間関係、言葉に対する誠実さが丁寧に描かれていて、いわゆる「
小職」感──地味だけれど使命感のある立ち居振る舞い──が自然に伝わってくる。私は馬締のような控えめな主人公に親近感を覚えることが多く、声が小さいキャラクターの葛藤や成長に強く引き込まれる。
もう一作、雰囲気を変えたいときに手に取りたいのが『Then We Came to the End』だ。こちらはアメリカのオフィスを舞台にした群像劇で、ユーモアと皮肉が同居する筆運びが特徴。職場という枠組みの中で個人が揺れ、転がされるさまを群像で描くことで、「小職」であることの多様な顔を見せてくれる。静かな誠実さと乾いた笑い、両方を楽しみたいときにぴったりだと感じている。どちらも日常の細部が宝物のように積み上がっていく作品なので、ゆっくり味わってほしい。