歴史を紐解くと、左大臣や右大臣の辞任には政治的な駆け引きが絡んでいることが多いですね。例えば、平安時代の藤原道長は権力を掌握する過程で多くの
貴族を退任に追い込みましたが、その背景には天皇との確執や他氏族との対立があったと言われています。
面白いのは、表向きの理由と真の理由が全く異なるケース。『栄花物語』にも描かれるように、病気を理由にした
隠居が実は政敵からの圧力を避けるための方便だったり、逆に自ら進んで辞任することでより高い地位を得ようとした例も。当時の朝廷社会では、辞任がひとつの戦術として機能していたことが伺えます。
最も劇的なのは
謀反の嫌疑をかけられた場合で、これは文字通り命がけの選択でした。菅原道真の左大臣辞任と大宰府への
左遷は、冤罪説も強いですが、当時の政治情勢を知る上で非常に示唆に富む事例です。