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水入らずの語源について調べるうちに、意外な事実を発見しました。実は古代の神事で『斎水(いみみず)』と呼ばれる神聖な水があり、これを汚す行為が禁忌とされていたのです。
そこから『水が入らない状態』が『神聖な』『穢れのない』という意味を持ち、中世には身分の異なる者が交わらないことを指すようになりました。現在の家族愛を表す用法へと変化した背景には、こうした宗教観の影響もあったんですね。
この言葉を調べてみたら、能楽の世界で使われていた『水揚げ』という表現に行き着きました。演者が汗をかくと能面がずれるため、水で顔を拭く『水入り』の時間が必要だったとか。
そこから『中断』や『割り込み』の意味が派生し、江戸時代には『邪魔者が入る』という意味で使われるように。家族の時間を『水入らず』と表現するようになったのは比較的新しく、大正時代以降の用法のようです。伝統芸能の用語が日常会話に溶け込んだ面白い例だと思います。
語源を辿ると面白いことに、平安貴族の和歌の会が関係していると言われています。当時、歌の下手な参加者がいると『水を差す』と言って笑いものにしたそう。
これが転じて、『水が入る』=『調和が乱れる』という表現が生まれ、後に親しい者だけの集まりを『水入らず』と呼ぶようになりました。特に江戸後期の町人文化で広まり、商家の家族団らんを描写する浮世絵にもこの表現が見られます。言葉の変遷から当時の社会状況が窺えるのが魅力的です。
水入らずという言葉の背景には、日本の伝統的な酒宴の習慣が深く関わっています。
酒席で水を注ぐ行為は、酒の濃度を薄めることを意味し、それが転じて「純粋さが損なわれる」というニュアンスを持つようになりました。室町時代の連歌会では、参加者の実力に差があると水を入れて調整したことから、『水入り』が『不完全な状態』を表すようになったそうです。
現代では家族だけで過ごす時間を指すことが多いですが、本来は『混じりけのない』という意味合いが強かったことが興味深いですね。酒文化から生まれた表現が、家族の絆を表す言葉へと変化した過程に日本文化の奥深さを感じます。