海外の近代文学を追いかけると、エログロ表現の源流がより広く見えてくる。マルキ・ド・サドの'120 Days of Sodom'は逸脱と統治の関係を極限まで押し広げ、欲望と倫理の衝突を考える際の重要な比較材となる。ジョルジュ・バタイユの'Story of the Eye'は、視覚と性的喚起の結びつきを哲学的に掘り下げ、後の作家や批評家に強い影響を与えた。さらに、ロートレアモンの'Les Chants de Maldoror'やユイスマンの'À rebours'といったデカダンス文学は、退廃美学と奇怪なイメージを通じてエログロ的感性のヨーロッパ側の系譜を示している。 僕は文献を横断して読むと、翻訳や雑誌を通した思想の流入が日本の作家たちに刺激を与え、結果的に独自のエログロ表現を生み出したと考える。研究者はこうした国際的なテクストの往来を追うことで、エログロが単なる国内現象でないことを示そうとする。