古書を漁るうちに、当時の読み手が何に惹かれたのかを強く実感した。大正から昭和初期にかけての日本文学には、今に通じる
エログロ的な関心がはっきりと現れている。代表的なのはやはり'人間椅子'や'芋虫'などで知られる江戸川乱歩だ。彼の短篇群は犯罪小説と官能、身体の変容を絡め、都市化と匿名性が生み出す不安をえぐった。研究者が当該期を語る際、乱歩はほぼ必ず登場する存在だ。
同じ時代に異なる角度から暴力と欲望を描いたのが谷崎潤一郎で、特に'刺青'はフェティシズムと美学の力学を露骨に扱っている。ユーモアと狂気を織り交ぜた夢野久作の'ドグラ・マグラ'も外せない。幻想的・砂嵐的な語り口で、読者の理性を揺さぶる手法はのちのエログロ美学に直接影響を与えた。
僕は古い雑誌や翻刻を当たる中で、こうした作家たちが単にショックを狙っていたわけではないと感じるようになった。都市化、性に関する新たな言説、そして西洋のデカダンスが混ざり合い、エログロという表現様式が文化的に根を下ろしていった過程こそが、研究者にとって興味深いのだ。これらの作品が今日まで議論され続けるのは、その複雑な磁力ゆえだろう。