編集作業を長年続けていると、題材がセンシティブなときは技術と倫理の両方を天秤にかける場面が何度も出てくる。
劣情を主題に据えた作品を評価する際、まず私が着目するのは登場人物の内面的な正当化ではなく感情の“本物さ”だ。欲望がただの刺激描写で終わらず、人物の選択や過去、矛盾とつながっているかどうかを確かめる。例えば'ヴェニスに死す'のように欲望を美学的に扱う作品は、文体と視座が読者の共感を誘う一方で、問題を意図的に曖昧にすることもある。そういうときは誤読を恐れずに、本の立ち位置を編集的に整理する必要がある。
具体的な手法としては、焦点の置き方を調整することが有効だ。内省的モノローグで読者に感情的接続を提供しつつ、行為そのものの描写は節度を持たせる。私はしばしば改稿で〈動機の明示〉と〈行為の結果を描く〉二点を重視する。欲望がもたらす葛藤や後悔、社会的コストを描かないと、読者は単なる興奮の消費者になってしまう。
編集過程では感受性リーダーやベータ読者の声も取り入れる。刊行前に読者層の感度を確認し、帯や書影、帯文で作品の読みどころと注意点を整えると誤読のリスクを下げられる。最終的には作品が問いかける倫理と美学のバランスを尊重しつつ、読者にとっての感情的な“通路”をきちんと作ることが編集者の役割だと考えている。