翻訳理論で言う「借用(foreignization)」と「俗化(domestication)」のどちらを選ぶかが鍵で、私は英語版で俗化が過ぎると感じるとき、結末の含意が平坦化される印象を受ける。反対に外来性を残した翻訳だと、読者が自分で意味を補っていく余地が残り、ハッピーエンドの受け取り方が多様になる。その点は'The Great Gatsby'の各訳を追いかけて感じたことと通じる部分がある。
たとえば'The Melancholy of Haruhi Suzumiya'のような作品では、文化に根ざしたユーモアや会話のテンポが命なので、英語版で直訳に近い形を取るか、意訳でノリを出すかで終盤の印象が変わる。翻訳版を読むときは、その選択がハッピーエンドの説得力にどう寄与しているかを見てしまう自分がいる。