細部に目をやると、物語は何度も手がかりを差し出してくることに気づく。
桜庭という名前そのものがまず重要だと思う。櫻=季節や散りゆく美しさを連想させるし、庭という語は家族や過去の痕跡を呼び起こす。作品中で名前が意味を帯びる瞬間――呼ばれ方の違いや、誰かが桜庭をあえて苗字で呼ぶ場面――を拾っておくと、後の関係性や裏の動機が見えてくるように感じる。私も何度か読み返して、キャラクターの呼称の変化だけで心情の揺れが予告されている場面を見つけた。
小物や短い回想の断片も見逃せない。壊れた時計、古い手紙、あるいは子どもの頃の遊びの記憶など、一見雑多な描写が後の決断や秘密の鍵になっていることが多い。作者が唐突に挿入したように見える比喩や反復表現は、読者に「ここは覚えておけ」というサインを送っているのだと考えると読み方が変わる。
余談になるが、'告白'のように語り手の言動そのものが伏線になっている作品を思い出した。桜庭の語り方、沈黙、あるいは意図的な省略――そのすべてが後で回収される可能性が高い。だから過去と現在の小さな齟齬、登場人物の一瞬の視線、章タイトルの裏に隠された意味に目を凝らしておくと、とても楽しめるはずだ。